表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
17/28

第17話 戻れない境界

夕焼けに染まった教室。


静寂。


誰も動けない。


結菜は目の前の“氷月”を見つめたまま、言葉を失っていた。


「……氷月?」


震える声。


確認するみたいに。


縋るみたいに。


その呼びかけに、口元がゆっくり笑う。


違う。


その笑い方は、私じゃない。


「うん」


声は柔らかい。


でも。


“私の声じゃない”。


「結菜さん」


その呼び方。


その距離感。


その喋り方。


全部が、知らない。


結菜が小さく後退る。


恐怖というより、“理解できない”顔だった。


その表情を見た瞬間。


胸の奥が軋む。


やめろ。


怖がらせるな。


そう思っても、身体は動かない。


意識だけが、深い場所へ沈んでいる。


「そんな顔しないで」


“ワタシ”が言う。


「ワタシ、何もしてないよ?」


結菜は答えられない。


窓の外で風が鳴る。


赤い光が、教室を歪ませて見せる。


「……誰」


結菜がやっと絞り出す。


その問いに、“ワタシ”は少しだけ嬉しそうに笑った。


「緋月」


その名前が落ちた瞬間。


空気が凍る。


「ひ、づき……」


結菜の声が震える。


“妹”。


聞いていた名前。


でも。


今ここにいるはずのない存在。


「やっと、お兄ちゃん以外にも見つけてもらえた」


嬉しそうな声。


その感情が本物すぎて、逆に怖い。


氷月は内側で必死に身体を動かそうとする。


喋れ。


止めろ。


でも。


指一本、動かない。


「返せ……」


やっと声が漏れる。


小さい。


かすれた声。


すると、“ワタシ”が小さく笑う。


「起きてたんだ」


その言葉で、背筋が冷える。


意識はあった。


最初から全部、見えていた。


「返して……」


今度は少し強く言う。


すると。


視界の奥で、緋月が少しだけ寂しそうに目を細めた。


「どうして?」


優しい声。


傷ついたみたいな声。


「ワタシ、お兄ちゃんと一緒にいたいだけなのに」


その瞬間。


頭の奥で、記憶が揺れる。


小さな手。


泣き声。


離した感触。


“終わらせた”。


違う。


事故だった。


そう思うのに。


感情だけが否定する。


「……違う」


“私”が呟く。


「私は……」


言葉が続かない。


すると緋月は、結菜の方を見た。


「結菜さん」


結菜の肩が震える。


「お兄ちゃん、優しいでしょ?」


笑う。


嬉しそうに。


でも、その笑顔の奥には壊れた執着が滲んでいる。


「だからね」


緋月は小さく言った。


「ワタシがいないと、一人になっちゃうの」


その言葉で。


氷月は、理解してしまう。


緋月は“奪いたい”んじゃない。


消えたくないんだ。


忘れられたくない。


一緒にいたい。


それだけ。


だから。


終わらない。


「……もう、やめて」


結菜の声。


震えている。


でも、逃げない。


「氷月、苦しそうだから」


その一言で。


“ワタシ”の表情が止まる。


教室が静かになる。


赤い光だけが揺れている。


そして。


緋月は、初めて少しだけ傷ついた顔をした。


「……苦しい?」


小さな声。


まるで、自分でも分からなかったみたいに。


その瞬間。


身体が揺れる。


視界がぶれる。


意識が急浮上する。


「っ……!」


氷月は机に手をついて息を荒げた。


身体が戻る。


指が動く。


呼吸ができる。


でも。


耳元で、最後に声がした。


――お兄ちゃん。


優しい声。


泣きそうな声。


――ワタシ、間違ってるの?

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ