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第14話 ワタシの声

朝。


目が覚めた瞬間、自分が誰なのか分からなかった。


天井。


カーテン。


薄い朝の光。


見慣れているはずの景色なのに、“知らない部屋”みたいに感じる。


「……ぁ」


声を出す。


少し掠れていた。


氷月はゆっくり身体を起こす。


頭が重い。


昨日、何をしていた?


どこまでが夢だった?


どこからが現実だった?


思い出そうとした瞬間。


――お兄ちゃん。


耳元で声がした。


反射的に振り返る。


誰もいない。


でも。


“今ここにいた”感覚だけが残っている。


「……緋月」


名前を呼ぶ。


返事はない。


代わりに、頭の奥が少しだけ熱くなる。


鏡を見る。


そこには、いつもの自分。


そのはずだった。


けれど。


「っ……」


鏡の中の“私”が、一瞬だけ口を動かした。


声は聞こえない。


でも、確かに言っていた。


――見つけて。


氷月は後ろへ下がる。


呼吸が乱れる。


瞬きをする。


もう普通の鏡だった。


学校。


教室に入った瞬間、陽菜が駆け寄ってくる。


「氷月! 今日大丈夫!?」


「……何が」


「昨日やばかったじゃん!」


周囲の空気が少し重い。


結菜は静かにこちらを見ている。


雫は何も言わない。


でも、一番見ている。


「昨日、途中から全然話聞いてなかったし」


陽菜が続ける。


「急に窓の方見て固まるし」


記憶が曖昧だ。


窓。


赤い夕焼け。


笑う“ワタシ”。


そこまでしか思い出せない。


「……ごめん」


小さく謝る。


すると陽菜は少し困った顔をした。


「いや、別に怒ってないけど」


その言葉で気づく。


最近、自分は謝ってばかりいる。


何に対して?


分からない。


昼休み。


廊下を歩いていると、後ろから結菜に呼び止められた。


「氷月」


「なに」


「今日、帰り一緒に帰ろ」


その言い方が少しだけ優しい。


まるで、放っておけないものを見るみたいに。


「……うん」


頷く。


すると結菜は少し安心したように笑った。


その笑顔を見た瞬間。


胸の奥が痛む。


“こんな顔をさせたかったわけじゃない”


その感情だけが、強く残る。


放課後。


結菜と二人、静かな道を歩く。


夕焼け。


赤い光。


嫌な色だと思った。


「氷月」


結菜が静かに口を開く。


「最近、ちゃんと眠れてる?」


またその質問。


でも今日は、誤魔化せなかった。


「……夢を見る」


結菜が足を止める。


「夢?」


「うん」


言葉が少しずつ零れる。


「同じ場所」


「同じ声」


「ずっと、呼ばれてる」


結菜は黙って聞いている。


否定しない。


茶化さない。


ただ隣にいる。


それが少しだけ苦しかった。


「妹、なんだよね」


結菜が小さく言う。


氷月は答えない。


答えられない。


すると結菜は続ける。


「まだ、会いたいの?」


その瞬間。


頭の奥で声が響いた。


――会いたいよね?


呼吸が止まる。


視界が揺れる。


夕焼けが滲む。


「……違う」


否定した。


誰に向けてか分からないまま。


結菜が驚いた顔をする。


「氷月?」


でも、止まらない。


「違う」


「もう終わってる」


「終わらせた」


気づけば、そう繰り返していた。


結菜の顔が青ざめる。


「氷月、落ち着いて」


その声が遠い。


頭の中で、別の声が重なる。


――終わってないよ。


優しい声。


甘い声。


壊れた声。


――だって、お兄ちゃん。


視界の端。


電柱の影に、“長い髪”が見えた。


「っ……!」


振り返る。


誰もいない。


でも、確かにいた。


結菜が不安そうにこちらを見る。


「誰かいた?」


答えられない。


代わりに、耳元で声がする。


――やっと、こっち見てくれた。


その瞬間。


氷月は理解してしまう。


緋月は、夢の中だけじゃない。


もう、“現実側”に来ている。

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