出会いと別れは人だけにあらず
季節の変わり目がやってくる。
冬から春へと変わり、さまざまな転換期を迎える三月の終わり。
そんな春の訪れを告げるこのタイミング、別れと出会いが様々なところで咲き誇る。
それは学校、会社、人間関係だけではない。
冬に放送されていた作品が終わりを迎え、春の作品が始まりを告げ始める今日この頃。今日もまた一つの物語が幕を下ろした。
ドラマやアニメを見ている人にとってみれば、三ヶ月といういわゆるワンクールもまた、出会いと別れのタイミングである。毎クールどんな作品があるのだろうか、そわそわとし出す人さえいるであろう。
私自身もその一人であり、毎回のようにどんな作品が始まるのだろうかと、胸を躍らせる。
ドラマやアニメというのは、人によっては日常のメイン的な存在であったり、まるで料理の調味料的な役割だったりする。
そこで思う。なぜ、物語の多くは『ワンクール』という単位で区切られているのだろうか。
調べてみれば、放送業界の用語で、四半期というわかりやすい区切りに基づいてるのだという。かつてはドラマは十二話前後、アニメは半年から一年という長くお茶の間に残り続けていくのが多かったが、時代が進むに伴って、それは大きく転換していった。
今は、ドラマは十話前後、アニメは分割放送というスタイルが多く、主流だ。
けれど、そんな作り手の事情は私たち視聴者にはまるで関係がない。私たちがなぜ『三ヶ月』というのが丁度いいのかと考える時、一番に思いつくのが季節の変わり目である。
実際の四季折々の季節とは違うところもあるが、春、夏、秋、冬という明確な季節という区切りがあるからだと私は思う。
冬の厳しい季節に見る作品は、部屋を暖かくして見る。
春の陽気を感じる季節に見る作品は、暖房や床暖などから解放され、ちょうどいい暖かさを感じながら見る。
夏の暑さを感じる季節に見る作品は、冷房を付けて、アイスを食べながら見る。
秋の寒さを感じ始める季節に見る作品は、毛布を膝に掛けて軽く羽織ものを身に付けて見る。
三ヶ月という時間は、季節の始まりから終わりをほどよく感じさせる区切りであり、そんな季節の流れをより濃密に感じるのが、ドラマやアニメという物語なのだ。
そうして、冬の作品たちにお別れを告げる。
新たな期待を胸に抱き、私は新たな別れと出会いを求め、今日もまた、情報を漁っていくのである。




