第134話 師弟で姉妹。
《――夜空楓花 視点》
夜空楓花も宮崎と同じSランク探索者であり、かつて八王子で発生した大規模スタンピードを解決へ導いた立役者として、日本中にその名を轟かせている存在だった。当時、まだ五歳だった悠真と雪を死の淵から救い出したのも彼女であるが、二人はその時に意識を失っていた為、その時の記憶は残っていない。
そんな国を代表するSランク探索者である楓花も、現在はギルドからの要請を受けて渋谷ダンジョンの救援へ駆け付けており、既に“新種の主”に関する情報も共有されていたことで、その危険性を理解しながら高階層を積極的に探索していた。
だが、未だ主との接触には至っておらず、周囲への索敵を続けながら高速でダンジョン内を移動していたその時、ギルドから緊急用として支給されていたスマホから、突如として耳障りな警報音が鳴り響く。
――ピィーー!! ――ピィーー!!
静まり返っていたダンジョン内へ警報音が鋭く響き渡る中、楓花は瞬時に足を止めると、すぐさまスマホの画面を確認した。そこに表示されていたのは、『Sランク 宮崎 日葵 65層』という文字であり、その表示を見た瞬間、楓花の表情が目に見えて変わる。
次の瞬間には床を蹴り砕く勢いで加速し、その姿はまるで弾丸のような速度で通路の奥へ消えていた。その速度は常人どころか高ランク探索者ですら視認出来ないほどであり、周囲にいた魔物たちも、ただ凄まじい風圧だけを感じながら何が通り過ぎたのか理解することすら出来ない。
日葵と楓花は、ただのSランク同士ではない。
楓花は日葵がまだDランク探索者だった頃から、その才能と努力を見抜いており、戦い方から立ち回り、探索者としての在り方に至るまで数多くのことを教えてきた。共に戦い、共に食事をし、時には私生活にまで口を出しながら長い時間を共にしてきたことで、二人の関係は単なる師弟を超え、もはや本当の姉妹と呼んでも差し支えないほど深いものになっていた。
だからこそ、そんな妹であり弟子でもある日葵が、Sランクでありながら救援信号を出した意味を、楓花は誰よりも理解していたのである。
それはつまり、日葵が単独ではどうにも出来ないほどの存在と対峙しているということであり、下手をすれば既に命の危機に瀕している可能性すら高いということだった。
だから楓花は、周囲に現れる魔物など一切視界に入れず、ただ一秒でも早く日葵の元へ辿り着くことだけへ全神経を集中させながら、凄まじい速度でダンジョン内を駆け抜けていく。
「待っててね‥‥日葵。お姉ちゃんが今、向かうから!!」
その声には焦りだけではなく、妹を傷付けた存在への怒りと、必ず助け出すという強い決意が滲んでいた。
◇
《――宮崎 日葵 視点》
逃げに徹することを決めた宮崎だったが、この新たに生まれた主の前では、ただ逃げるという行為そのものが既に困難だった。片腕を失ったことで本来の戦闘バランスは完全に崩壊しており、機動力も攻撃力も大幅に低下している中、それでも宮崎は双剣を鎖で繋いだ特殊な形で無理やり戦闘を継続しながら、迫り来る攻撃を紙一重で回避し続けていた。
――ヒュンッ!!
耳元を掠めるように高速の斬撃が通り抜けた直後、背後の壁が轟音と共に深々と斬り裂かれる。その斬撃速度は異常と言う他なく、最初こそ視認すら出来なかった攻撃も、何度も死線を潜り抜ける内にようやく“見える”ようになってきてはいた。
だが、見えることと避けられることは別問題であり、重傷を負った今の宮崎には、その全てを完璧に捌き続けるだけの余力など残されていない。
――ザシュッ!!
脇腹が浅く裂け、鮮血が宙へ飛び散る。
完全に回避し切れない攻撃が徐々に宮崎の体を削り始めており、腕の傷口を紐で縛ることで最低限の止血を行っていたとしても、そこへ新たな裂傷が増え続ければ出血量は無視出来るものではなかった。
大量出血による貧血、極度の疲労、酸欠による思考力の低下――それら全てが宮崎の体を確実に蝕んでおり、視界は徐々に霞み始め、体そのものも鉛のように重くなっていく。
「はぁ‥‥はぁ‥‥体が‥‥いつもの‥‥何倍も重いし、目も開かなくなって‥‥きた。」
荒く乱れた呼吸と共に吐き出される言葉には、隠し切れない消耗が滲んでいた。
だが、魔物がそんな事情を気にするはずもなく、宮崎へ呼吸を整える時間すら与えないまま、再び高速の斬撃が放たれる。
――ヒュンッ!!
空気を裂きながら迫る斬撃を、宮崎は反射的に体を捻ることで何とか回避するが、その動きは既に限界に近く、足は重く、呼吸も乱れ、集中力すら途切れかけていた。
それでも宮崎が倒れないのは、ここで止まれば死ぬという本能的な危機感と、生き残らなければならないという執念だけで体を無理やり動かしているからに他ならない。
その時だった。
突如として宮崎の視界がぐわんと大きく揺れ、脳を直接掻き回されるような強烈な浮遊感が全身を襲う。大量出血による貧血と、限界を超え続けた肉体疲労によって、ついに宮崎の体は限界へと達してしまい、膝から力が抜けたことで体勢が大きく崩れてしまった。
その一瞬で生まれた致命的な隙を、主が見逃すはずもなく、まるでその瞬間を待っていたかのように高速の斬撃を放つ。
――グシャ!!
とその場に鮮血が舞った。




