第133話 Sランクの危機。
宮崎は失った腕を紐で強く縛り上げ、溢れ出る血を無理やり止めながら、地面へ転がっていた双剣同士を鎖で繋ぎ合わせる。片腕を失った以上、本来の戦闘スタイルは既に崩壊していたが、それでも彼女は無理やり片手で双剣を扱う形を取り、どうにかして戦闘を継続出来る状態へと持ち込んでいた。
だが、問題はそこではない。
片腕を失ったことなど、今の宮崎にとっては些細な問題でしかなく、本当に致命的だったのは、目の前に存在している“敵との実力差”そのものであった。
先程の一撃は、Sランクである宮崎をもってしても視認することすら出来ず、反応する間もなく腕を切り飛ばされていた。それはつまり、相手の攻撃速度が宮崎の知覚や反射を完全に上回っていることを意味しており、その時点で両者の実力差が決定的であることを、彼女自身が誰よりも理解していた。
このまま真正面から戦い続けたとしても、勝てる可能性が極めて低いことを宮崎は既に理解していた。いや、正確には勝機などほぼ存在しておらず、このまま戦闘を続ければ、いずれ確実に自分が殺されることも理解している。
だからこそ宮崎は、戦闘を継続しながらも既に次の行動へ意識を切り替えており、生き残る為には逃走という選択肢を取るしかないと判断していた。
だが、自分より遥かに速い相手から逃げ切ることが、どれほど困難なことなのかも宮崎は理解している。下手に背を向ければ、その瞬間に殺される可能性すら高かった。
だからこそ彼女は、ただ逃げるという選択ではなく、“救援を呼びながら生き残る”という道を選ぶ。
幸いにも、ここはSランク探索者が担当する高階層区域であり、他の探索者たちが周囲にいる可能性も十分にある。ならば、自分一人で倒すことに拘る必要はない。
生き残る為に、使えるものは全て使う。
そう判断した宮崎は、即座に緊急救援信号を発信しながら、救援が到着するまでの時間をどうにか耐え抜くことへ意識を切り替えていく。
「ふぅ~~」
肺の奥に溜まっていた空気をゆっくりと吐き出しながら、宮崎は意識を極限まで研ぎ澄ませていく。視線の動き、呼吸の乱れ、筋肉の収縮、空気の流れ――周囲のあらゆる情報へ神経を張り巡らせながら、彼女は人生の中でも間違いなく最高レベルの集中状態へと到達していた。
一瞬でも判断を誤れば、その瞬間に死ぬ。
そんな極限状態の中、宮崎 日葵は迫り来る死を真正面から受け止めながら、己の全てを懸けた本気の戦いへと身を投じていた。
◇
そして、同時刻――研究室では。
「大変です!!65層から緊急救援信号を確認しました。信号の発信者はSランクの宮崎 日葵です!!」
研究室内に緊迫した報告が響き渡った瞬間、それまでモニターを監視していた研究員たちの空気が一変する。
先程までマナ反応の観測を続けていた研究員たちも、その言葉を聞いた瞬間に一斉に顔を上げ、それぞれのモニターへ視線を向けていた。
「やはり、謎の魔物と戦闘中だったか。周りに迎える者はいるか?他のSランクは何処にいる?」
研究責任者の男も表情を険しくしながら即座に指示を飛ばしていく。
Sランク探索者による緊急救援信号――それがどれほど異常な事態なのかを、この場にいる全員が理解していた。
「えーーっと‥‥ですね。一番近いのは夜空楓花で55層です。立花翔に関しては40層です。他の探索者もそれ以下にいるので、迎えるのは夜空楓花が最速です。」
「なら、全員にメールを送れ!!特にSランクの二人には緊急性を強くして伝えるんだ!!」
「了解です!!」
その命令を受けた瞬間、研究員たちは一斉に動き出す。
通信機器を操作する者、現在地を確認する者、ダンジョン内部のマナ変動を解析し続ける者――研究室内には慌ただしくキーボードを叩く音と緊迫した声が飛び交っていた。
まさか、国の中でも最強戦力として扱われているSランク探索者が、救援信号を出さなければならないほど追い込まれているなど、研究員たちは一度たりとも想定したことがなかった。
それはつまり、Sランク探索者ですら単独では対処しきれない存在がダンジョン内部に現れているということであり、その異常性と危険性を、日頃からダンジョンや魔物を研究している彼らだからこそ誰よりも深く理解していたのである。




