第127話 一人で。
渋谷ダンジョンからの翌日、三連休の最終日。
この日は、異様なほどに静かな朝だった。初日のような姉の襲撃もなく、咲と雪からの連絡も来ないまま時間だけが過ぎていき、本来であれば日頃の疲れを癒す為にゆっくりと過ごすはずの朝であるにも関わらず、今日に限っては身体の奥が落ち着かず、じっとしていることすら出来ないほどに、何かが内側からせり上がってくるような感覚に襲われていた。
眠っていても意味がないと判断した俺は、ゆっくりと身体を起こし、そのまま無言で支度を整え始める。
そして全ての準備を終えた俺が向かう先は――八王子ダンジョンだった。
咲と出会う前までは一人での探索が当たり前だったが、二人とパーティーを組むようになってからは、自然と単独で動く機会はなくなり、それと同時に戦い方そのものも、どこか仲間の存在を前提としたものへと変化していた。
もちろん、それが間違っているとは思わない。仲間がいる以上、互いの力を信頼し、補い合うのは当然のことだ。
だが――それに頼り切ってしまうのは違う。
個としての力を鈍らせてはいけない。どれだけ連携が優れていようと、最後に立っているのは自分自身なのだと改めて自分に言い聞かせるようにして、俺は初心へと立ち返ることを決めた。
その為に、俺はここへ来た。
だが、いざダンジョンの前に立つと、どの層を選ぶべきかで足が止まる。
普段であればBランクとして40層から45層を主戦場にしているが、今回は単独での探索だ。流石にその階層へ踏み込むのはリスクが高すぎると判断し、俺は思考を一段階落とす。
ならば、Cランク相当の35層から39層あたりが妥当だろう。無理はしない、危険を感じた時点で即座に引き返す――そう決めておけば、あの時のような無謀な状況にはならない。
そして何より、今回は“初心に帰る”ことが目的だ。
だからこそ、装備の確認から細かな準備に至るまで、いつも以上に丁寧に整え直し、万全の状態を作り上げた上で――俺はダンジョンの中へと足を踏み入れた。
◇
――第30層。
事前に設定していた階層へと到達した俺の視界に映ったのは、通路の奥からゆっくりとこちらへ歩み寄ってくる三体の影だった。
「スケルトンナイトが‥‥3体。」
スケルトンナイト――それは通常のスケルトンが進化した個体であり、全身を騎士のような鎧で覆い、その手には弓ではなく朽ちかけた剣を握る近接特化の魔物だ。骨だけの身体でありながらも物理攻撃に対する耐性は高く、単純な打撃では砕ききれない厄介な特性を持っている。
この階層では主流となる魔物であり、ドロップ品としては魔石に加えて稀に装備品を落とすこともある――そんな情報が、過去の鑑定結果として頭の中に浮かぶ。
だが、今はそんなことはどうでもいい。
俺は無言のまま拳を構え、静かに重心を落とす。
本来であれば剣で対処するのが最適だが、あの戦いで武器は失っており、今の俺にあるのはこの身一つとこの拳だけだが――それでも十分だと確信する。
スケルトンナイトが三体程度であれば問題にもならないと判断した俺は、呼吸を一つ整えた瞬間に潜伏を解除すると同時に神速を発動させ、地面を蹴り砕くように踏み込んで一気に間合いを消し去る。
視界が流れた次の瞬間には既に一体目の懐へと潜り込んでおり、振り上げられようとしていた剣よりも先に俺の拳が軌道に乗ると、無駄のない踏み込みと共に放たれた正拳が鎧ごと骨を打ち砕き、そのまま内部構造を崩壊させるようにして一体目を粉砕する。
さらに間髪入れず、崩れ落ちるその身体を足場にするように体を捻って二体目へと流れ込み、相手が反応するよりも速く死角へ回り込むと、横薙ぎに振られた剣を紙一重で外し、そのまま踏み込みの力を乗せた一撃を叩き込んで同様に破壊し、残る一体に対してもその動きを完全に見切っていた。
抵抗の余地はない。
踏み込みと同時に距離を詰め、そのまま躊躇なく拳を突き出すことで、最後の一体の核ごと砕き散らした。
全てが終わるまで、数秒もかかっていない。
崩れ落ちる骨の音だけが、遅れて静寂の中に響いた。




