第125話 慢心が全ての原因。
父さんから撤退の言葉を受けた俺達は、最初こそそれを否定し、残って戦うと志願したが、結局のところ最後は父さんの正論に押し切られる形となり、そして何よりも“死のリスク”という現実を冷静に突きつけられたことで――撤退という選択を受け入れた。
納得していないわけではない。むしろ、正しい判断だったことは全員が理解している。
それでも――胸の奥に残るものは、どうしても拭えなかった。
帰りの車に乗り込み、それぞれの家へと向かって走り出した車内には、行きとはまるで別物の空気が満ちていた。軽さは一切なく、重く沈み込むような空気が流れ続け、誰一人として口を開くことなく、ただ時間だけが静かに過ぎていく。
その沈黙は決して気まずさから来るものではない。
自分たちの力不足を痛感させられた悔しさと、不甲斐なさと、そして何も出来なかったという現実を突きつけられた重さ――それら全てが混ざり合った結果の沈黙だった。
俺も、雪も、咲も、それぞれが今回の探索での失敗を頭の中で何度も反芻し、どこで間違えたのか、何が足りなかったのかを考え続けているからこそ――誰も言葉を発することが出来ずにいた。
そんな重苦しい無言の空気を、最初に破ったのは俺だった。
「結局‥‥何も出来なかったな」
小さく吐き出したその言葉は、車内に重く落ちていく。
分かりきっていることだった。ここにいる全員が理解している現実であり、だからこそ誰も口にしなかった言葉でもある。
俺達三人は、何も出来なかった。
襲われていた探索者を救うことも出来ず、スタンピートの抑制にも満足に貢献出来ず、ただ流されるままに撤退し、こうして帰ってきている。それが――今の俺達の実力だった。
その事実を突きつけるような俺の言葉に、二人もまたゆっくりと、しかし深く頷く。
「そうね‥‥何も出来なかったわね」
静かにそう言った咲の声には、普段の落ち着きとは違う、どこか自分を責める色が滲んでいた。
「私がこの力をしっかりと使いこなして、司令塔としてちゃんと機能していれば‥‥あんな不甲斐ない形にはならなかった。全体を見て、もっと的確に指示を出せていれば、あの状況は変えられたはずなのに‥‥」
自分の役割を理解しているからこそ、その責任をそのまま背負い込むような言葉だった。
だが、その言葉を最後まで言い切る前に――
「それは違うよ」
間髪入れずに、雪が言葉を被せた。
その声には、普段よりも僅かに強い感情が乗っている。
「私が暴走したのがいけなかった。もう少し冷静でいるべきだったし、状況をちゃんと見て動くべきだった。あれは主との戦闘だけの話じゃない‥‥その前の戦闘から、ずっとそうだった」
一度言葉を区切り、息を吐くように続ける。
「どこかで気が抜けてたんだと思う。自分の魔法があればどうにでもなるって、勝手に思い込んでた。だから無駄に突っ込んで、結果的に状況を悪くした‥‥完全に慢心だったし、怠慢だった」
自嘲するように、しかし目を逸らすことなくそう言い切る。
「結局、その油断があの判断を招いた。だから咲のせいじゃない。私の責任だよ」
咲を否定するようでいて、その実、自分に全てを押し付けるような言葉だった。
だが――
そのどちらも、間違っていない。
咲の言葉も、雪の言葉も、それぞれが正しい視点での“失敗”を見ているからこそ、そのどちらか一方に責任を押し付けることは出来ず、むしろ互いに自分の非を認め合ってしまう形になっていた。
だからこそはっきりと分かる。
今回の探索は、決して誰か一人のミスで崩れたわけではなく――事前の情報収集も不十分なまま、ダンジョンの内情を深く知ろうともせず、出現する魔物の脅威すら甘く見積もった状態で踏み込んだ、俺達全員の慢心が積み重なった結果だった。
そんな軽い感覚で踏み込んだこと自体が既に慢心だったのだと――今になってようやくはっきりと理解させられ、そのツケを主との戦闘で嫌というほど思い知らされた俺達は、自分達が最強でもなければ強者ですらなく、ただの未熟な探索者に過ぎないのだという現実を、圧倒的な実力差という形で叩きつけられることになった。
だからこそ、俺は一度ゆっくりと息を吐き出し、その重い現実を受け止めたまま二人へと視線を向ける。
「二人のミスじゃない」
静かに、しかしはっきりと告げる。
「俺達、全員のミスだ。浮ついた考えのまま探索に出た時点で、もう間違ってたんだと思う」
そのまま言葉を繋げながら、視線を前へと戻す。
「でも‥‥今日で終わりじゃない」
少しだけ声のトーンを上げる。
「明日だって休みだし、もう渋谷ダンジョンには入れないとしても、他のダンジョンには行ける。やり直すことは出来る」
一度、言葉を区切り――
「だからもう一回、最初からやり直そう。気を引き締めて、ちゃんと準備して、同じ失敗を繰り返さないように‥‥明日から、もう一度挑戦していこう」
そう言い切った瞬間、車内の空気にわずかな変化が生まれ、重さそのものが消えたわけではないものの、沈み込むだけだった停滞した空気に、確かに“前”へ進もうとする意志が混ざり始める。
その微かな変化を受け取るように、二人はゆっくりと、しかし確かな意思を込めて頷いた。
「そうね‥‥もう一度、初心に戻ったつもりでやりましょう」
咲の声には、先程までの自責だけではない、意志の強さが確かに宿っていた。
「うん‥‥もう二度と、同じミスは繰り返さない」
雪もまた、小さく、しかし確かな決意を込めてそう言い、その言葉を受け取った俺は静かに前を見据えながら、今回の失敗が消えることは決してないのだと理解しつつも、それでもこのまま終わらせるつもりはないと胸の奥で強く言い聞かせる。
だからこそ――俺達は、もう一度立ち上がる。
そうして三人は、それぞれが今回の失敗を深く胸に刻み込みながら、同じ過ちを繰り返さない為にもう一段と気を引き締めていくのだった。




