第124話 実力不足。
咲の言葉に、父さんは
「そ、それは‥‥」
と、露骨に言葉を詰まらせた。
その反応を見た瞬間、やはりかと心の中で小さく納得する。父さんと長く一緒に暮らしているからこそ分かるが、この言葉に詰まる時の父さんは決まって触れられたくない部分に踏み込まれた時であり、実際、母さんにも態度に出やす過ぎるとよく呆れられている。
少なくとも――父さんが何かを隠しているということだけは、はっきりしていた。
「他の探索者には、このまま魔物の排除を続けてもらうことになるな。」
父さんは一度視線を逸らした後、あえて何事もなかったかのようにそう言った。
その答えを聞いた瞬間、咲の表情がわずかに強張る。
「ですよね。そこには当然、私達よりもランクが低い探索者もいますよね?なのに、どうして私達だけがここで撤退なんですか?」
一歩踏み込むように問いを重ねるその声音には、明確な意志があった。
「今回は新種の主との交戦によって起こった偶発的な事故のはずです。ならば、今度はそうした偶発的な事態にも警戒の目を向けて、安全面を第一に行動すればいいだけのことではないですか?」
咲の言葉は理にかなっている。だからこそ、その場の空気が一瞬だけ張り詰めた。
だが――
「それは違う。」
父さんは即座に否定した。
その一言には、迷いがなかった。
「例え安全面を考慮して、主に対しても十分に警戒していたとしても、全ての危険を排除することは出来ない。それは研究でも同じだ。完璧だと、100%失敗はないと考えていても、予期していないトラブルによって失敗は必ず起こる。」
淡々と語られているようで、その言葉の一つ一つには重みがあった。
「今の渋谷ダンジョンは、それと同じ状況にある。今回は新種の主という形で異常が表に出ただけで、その異常が通常の魔物にも影響を与える可能性は十分にある。」
そこで一度言葉を区切り、父さんは真っ直ぐに俺を見る。
「ならば、そんな何が起きてもおかしくない場所に、子供である悠真を行かせるわけにはいかない。」
そして、少しだけ声を落として続けた。
「これは――父親としての言葉だよ。」
その一言で、場の意味が変わった。
父さんの言葉は、父親としても研究者としても正しいものだった。このまま渋谷ダンジョンの探索を続けるのは、あまりにも命を落とすリスクが高すぎるし、ここにいる俺はもちろん、雪も咲もここで死ぬわけにはいかない。
その現実を突きつけられた以上、もう迷う余地はなかった。
先程、自分の探索者としてのエゴを優先して失敗したことを思い出しながら、ここは引くべきだと結論を出した俺は、前に出ようとする咲の肩にそっと手を置いた。
「‥‥咲。」
そのまま首を横に振る。
それだけで、伝わるはずだった。
咲は一瞬だけ息を呑み、こちらを見たまま何かを言いかけるが――結局、その言葉は出てこなかった。やがて視線を落とし、小さく息を吐くと、そのまま父さんへと向き直る。
そして――何も言わずに、深く頭を下げた。
その背中には納得しきれていない感情も、責任を飲み込んだ覚悟も、全部がそのまま残ってまま、俺達の渋谷ダンジョンの探索は終わりを迎えるのだった。




