第123話 父の願い。
「父さん?ここって‥‥」
父さんに連れて来られた場所は、白衣を身にまとった研究者たちが慌ただしく行き交い、次々とデータを確認しながら指示を飛ばし合っている空間だった。その光景は、探索者で言うところのダンジョンに酷似しており、ここが父さんたち研究者にとっての“戦場”なのだと、嫌でも理解させられる。
「ここは、渋谷ダンジョンスタンピートの臨時対策研究所だ。さぁ、こっちに来てくれ。さっきSランク探索者の宮崎さんが倒した主の魔石の解析が行われている。」
父さんは足を止めることなく歩きながらそう言い、そのまま振り返ることもなく続ける。
「結論から言うが‥‥悠真たちが戦ったあの主は“全てが異常”だった。これを見てくれ。」
差し出されたデータを覗き込むと、そこには明らかに異常な数値が並んでいた。主が出現した瞬間、ダンジョン内のマナが急激に減少し、そのまま底を突くかのように落ち込んでいる。そして――主の撃破と同時に、その減少していたマナが元の値へと戻っていた。
一目見ただけで分かる異常な挙動だった。
つまり、このデータが示しているのは、スタンピートに使用されるはずだった膨大なマナが一点に集約され、それによって強大な主が生み出され、そしてその消滅と同時に、そのマナが元に戻ったということになる。
そんな現象は、これまでのスタンピートでは一度も確認されていない。
「あの魔物は‥‥主ってことでいいんだよね?」
思わず口に出た問いに対して、父さんはすぐには答えず、わずかに眉を寄せたまま首を傾げる。
「今は、何とも言えない。」
短い言葉だったが、その裏にははっきりとした“分からない”という現実が滲んでいた。
そして父さんは一度言葉を区切り、深く息を吐いてから、ゆっくりとこちらを見据える。
「ただ、このデータを見せたのは、ここで父さんは悠真たちに、渋谷ダンジョンの攻略を終わりにしてほしいからなんだ。」
その言葉に、空気が一変した。
「このデータを見たら分かるように、あの魔物はスタンピートで使用するマナを使って誕生している。つまり、その実力はSクラス相当の力を持っていることになるし、それに加えて、どの階層にも現れる可能性がある。」
淡々と説明しているようでいて、その声音には明らかな焦りが混じっていた。
「今回はたまたまSランクの宮崎さんが助けてくれたから何とかなったが、次はそう上手くいかない。再び悠真たちのパーティーが襲われて死人を出してしまったら、俺は父として顔向け出来なくなる。だから、頼む。今回はこのまま引いてくれ。」
最後の一言には、研究者としてではなく、父親としての想いが強く滲んでいた。
その気持ちは痛いほど分かる。結局のところ、今回の一件は俺達の力不足が招いた結果であり、もしあの主を越える力があったのなら、こんな提案をされることもなかったはずで、全ては――己の弱さが原因だと理解してしまった以上、答えは一つしかなかった。
俺は父さんの提案に首を縦に振ろうとした――その時だった。
「私たち以外の探索者はどうなるんですか?」
後ろで黙って話を聞いていた咲が、一歩前に出てそう問いかける。
その声音には迷いがなく、自分たちだけではなく他の探索者のことまで考えている“主”としての責任がはっきりと表れていた。




