第121話 人か魔物か。
蓋を開けてみれば、宮崎さんの圧勝であった。
最初は力、速度、技量とも互角だと思われていたが、それはあくまで表面上の話に過ぎなかった。俺たちが束になっても傷一つすら付けることが出来なかったあの主を、たった一撃で膝をつかせたという事実が、その差を何よりも明確に示している。
ここからの逆転はあり得ない。この勝負は宮崎さんの勝ちだと、誰もがそう確信した――その時だった。
自分の敗北と死を悟った主は、持っていた剣を静かに床へと置き、そのまま宮崎さんに背中を向けた。
その意味を理解した瞬間、言葉が出なかった。
魔物であるはずの存在が、まるで剣士のように礼を尽くし、自らの矜持を示している。その光景はあまりにも異質で、これまでの常識と噛み合わない。こんな魔物は見たことがない――そう感じているのは、恐らく俺だけではない。
宮崎さんもまた、その背中を前にしてわずかに動きを止めていた。
迷い――とまでは言えないかもしれない。だが、ほんの一瞬だけ、その剣に込めるべき意味を測るような間が確かに存在していた。
それでも。
魔物は魔物であり、人類にとって討つべき敵であるという事実は変わらない。
宮崎さんは小さく息を吐くと、落ちていた主の剣を拾い上げ、改めて静かに構え直す。その動きには先程までの苛烈さはなく、どこか淡々とした、それでいて決して揺るがない意志だけが込められていた。
そして――一閃。
無駄のない一撃でその首を斬り落とし、主はドサッと音を立てて倒れると、やがてその身体はチリとなって崩れ去り、その場には赤い魔石だけが残った。
戦いは、終わった。
俺はゆっくりと宮崎さんへと歩み寄り、その背中に向かって声を掛ける。
「‥‥終わったんですよね?」
その問いに対して、宮崎さんはすぐには答えず、ほんの僅かに間を置いてから静かに頷いた。その表情には、勝利の達成感とは違う、何か引っかかるものが残っているように見える。
やはり、最後に主が見せたあの行動が心に残っているのだろう。
だからこそ、俺はあえて口にする。
「‥‥相手は主です。宮崎さんが斬ったのは主です。」
分かりきっているはずの言葉を、あえて言葉にすることで、それが“魔物との戦いだった”という現実を改めて引き戻すために。
宮崎さんは小さく息を吐き、わずかに視線を落としたまま口を開く。
「‥‥そうね。相手は魔物だね。でも、どこか変な魔物で‥‥凄く人間らしさがあった。あれは本当に魔物だったのかな?」
その言葉には、疑問だけでなく、どこか割り切れない感情が滲んでおり、俺もまた同じものを感じていた。だが、その答えはもうどこにもなく、あの主が人だったのか、それとも魔物だったのかを確かめる術は、既に失われている。
それでも――この場に残る事実だけは変わらない。
「それは分からないですけど‥‥俺達は、宮崎さんのお陰で助かりました。この事実は変わらないです。」
そう伝えると、宮崎さんはわずかに表情を緩め、小さく頷いた。
「そうだね。それじゃあ、私はあの主が落としたこの魔石と、亡くなったパーティーを連れてギルドに戻るよ。白瀬くんたちはちゃんと帰れる?」
「はい、自分達は大丈夫です。宮崎さんのお陰で誰も怪我をしていないので。」
「そう。それじゃあ、また後でね。」
そう言って宮崎さんは主の部屋を後にし、その場には静寂だけが残された。
俺はその場に立ち尽くしたまま、ふと例の緊急クエストの存在を思い出し、視界に表示された内容を確認する。
――クリア。
はっきりと表示されたその文字を見て、ようやく全てが終わったのだと現実として実感する。やっぱり、俺が直接倒さなくてもクリア扱いになるんだなと納得しながらも、その報酬を確認する気にはなれず、ただ結果だけを確かめると、そのまま主の部屋を後にした。
外で待つ雪と咲のもとへと向かいながら、遅れてようやく、全てが終わったのだという実感が胸の奥へと静かに落ちていくのを感じていた。




