第120話 膝を着くのは。
「み、宮崎さん!?どうしてここに?」
居るはずのない人物がこの場にいるという事実に、思考が一瞬止まる。本来、Sランクの探索者はもっと深い層を主戦場としているはずであり、しかも今はスタンピートの対応という役目まで背負っているはずなのに、その本人が30層にいるという状況がどうしても現実として噛み合わなかった。
「偶然だよ。またまた帰っている途中で凄いマナを感じたから、急いで向かって来てみれば、白瀬くんが死にそうになってて驚いた。
でも、この魔物を見てそれも納得できた。この魔物は私が引き受けるから、白瀬くんは下がってて。」
その声音は穏やかなままだったが、宮崎さんの纏う空気は先程までとは明らかに別物へと変わっていた。初めて会った時に見せた柔らかな笑みも余裕も一切なく、ただ目の前の“敵”を確実に討つためだけに研ぎ澄まされた、純粋な殺意だけがそこにあった。
これが――Sランク探索者の本気。
その圧に触れた瞬間、背筋に冷たいものが走る。俺もまた戦うつもりでいたはずなのに、その気配を前にした瞬間、自分がこの場に立つ意味そのものが崩れ去るのを感じた。
――次元が違い過ぎる。
そう理解した時には、もう迷いはなかった。この場において俺のようなSランク未満の探索者は足手まといにしかならないと判断し、素直に後退する。
主と宮崎さんの間に、わずかな静寂が流れる。互いに一歩も動かず、視線だけで相手を測り合うその時間は、ほんの一瞬であるはずなのに異様なほど長く引き延ばされたかのように感じられた。
そして――次の瞬間、その均衡を破ったのは主だった。
主は一気に間合いを詰めると、宮崎さんの双剣の片方を下から掬い上げるようにして弾き、その勢いのまま上段から剣を振り下ろす。その一連の動きは俺達に見せていたものとは比べ物にならないほど速く、鋭く、そして迷いがなかった。
だが――
宮崎さんはその全てを見切っていた。
振り下ろされる剣を最小限の動きだけでゆらりと避けると、弾かれたはずの双剣の片方を逆に利用し、その軌道を捉えたまま手繰り寄せるようにして体勢を立て直す。その動きには一切の無駄がなく、まるで最初からそうなることが分かっていたかのような自然さだった。
そして次の瞬間には、反撃へと転じていた。
交差するように振るわれる双剣が空間を裂き、主の急所へと正確に迫るが――
――ガキン!!
次の瞬間、激しい衝突音と共に火花が散り、剣と剣が真正面からぶつかり合った。その一撃に込められた力は、俺がこれまで感じてきたどの攻防とも比較にならないほど重く、空気そのものが震えるのを肌で感じる。
主と宮崎さん――その純粋な力は完全に拮抗しており、力で決着がつかないのであれば、勝敗を分けるのは速度と技量になる。
俺は宮崎さんの全力の速度を知らない。だが、あの主の速さが異常であることだけは嫌というほど理解している以上、それでもなお宮崎さんがその領域に並んでいるという事実が、何よりもこの戦いの異質さを物語っていた。
これが――Sランク。俺が必死に食らいついていた領域の、さらにその先にある存在だと理解した上で、速さの勝負も‥‥拮抗していると結論づけた、その時だった。
――ブシャーー!!
何の前触れもなく鮮血が宙に舞い、次の瞬間、重く響く音と共に膝をついたのは――主だった。
俺はその光景をただ呆然と見つめることしか出来ず、何が起きたのか、どこで決着がついたのか、その一切を理解することが出来ないまま、ただ一つだけ確かに言えることとして残ったのは――宮崎日葵という存在が、あの主を凌駕したという事実だけだった。




