第118話 信じさせた嘘。
《緊急クエスト 騎士王の撃破》
『報酬‥‥特別なスキル・大幅なステータス上昇・騎士王の討伐の称号が与えられます。』
――そう、記されていた。
だが、その内容とは裏腹に、これは決してクリアすることが出来ないクエストだと直感的に理解していた。今の俺達ではあの主を倒すことは絶対に不可能であり、この場で取るべき行動は戦うことではなく、どうやって生き延びるか――ただそれだけだった。
横目で咲の方を見ると、咲は襲われていた探索者の手当をしており、その手を止めることなく静かに首を横に振る。その仕草が意味するものは、言葉にせずとも分かる――“間に合わなかった”という現実だった。
斬られた者は、もう助からない。
その事実が胸に重く沈む。だが、そこで立ち止まることは許されない。悲しみに浸る時間など、今の俺達には与えられていなかった。目の前にいる“主”から、どうやって逃げるか――それだけを考え続けなければならない。
主の速度は圧倒的だった。仮に誰かが犠牲になる覚悟で全員が出口に向かって走ったとしても、その全てを嘲笑うかのように追いつかれ、順番に斬り伏せられる光景が容易に想像出来てしまう。
逃げるだけでは全員が死ぬ。
それを理解した時点で、残された選択肢は限られていた。全員でここに残って戦うか、それとも誰かが殿となり、その間に他の全員を逃がすか、その二つしか残されていない。
そして、この場であの剣を正面から受け止められるのは、剣を持つ俺だけだった。
自然と、過去の光景が脳裏をよぎる。あの時も同じように“残る”という選択を取り、死ぬ覚悟を決めたが、雪のお陰でなんとか助かった。だが、今回は違う。
あれほどの相手を前にして、同じように上手くいく保証などどこにもない。それでも、全ては俺が咲の言葉に従わなかったことが原因だと理解している以上、その責任は俺が背負うべきだと結論づけるしかなかった。
そうして覚悟を決めた瞬間、不思議と心は静かになっていた。恐怖が消えたわけではない。それでも、やるべきことはもう決まっている。
俺は主へと剣を向け、そのまま咲と雪へと視線を向けた。
「俺が、奴の気を引くから、咲と雪はその人たちを連れて逃げろ。」
言葉に迷いはなかった。
だが当然のように、その提案が受け入れられることはない。
「ダメよ。全員でここから逃げるの。」
「そうだよ!!みんなで協力すればきっと倒せるよ。」
二人の言葉は、どこまでも真っ直ぐだった。だからこそ、その優しさが胸に刺さる。
だが――それは叶わない。
「無理だ。
今の俺たちじゃあ何があってもこいつを倒すことはできない。奴を討伐できる人間がいるとするなら、それはSランクだけだ。そして、奴の速度は尋常じゃない。例え全員で出口に向かって走ったとしても、全員が殺される。
誰かが残って時間を稼ぐ必要がある。そして、それが出来るのは近接戦が出来る俺だけだ。」
言い切った時には、既に答えは出ていた。
俺が残る。
それ以外の選択肢は最初から存在せず、このままでは二人が納得しない以上、ここで言い合っている時間すら致命的な遅れになると理解していた。
だから――嘘を吐く。
「大丈夫だ。俺にはとっておきがある。俺がさっきブラックボアを倒したスキルを見ただろ?あれは新しいスキルのお陰だ。そして、今の俺には自分の速度を何倍にもするスキルがあるから、それで何とか耐えてみせる。そして、最後まで時間を稼いでから、俺も出口に全力で走る。
だから、頼む‥‥ここは俺を信じてくれ。」
自分でも分かるほど都合のいい言葉だった。それでも二人の目を見て、真っ直ぐに言い切る。
わずかな沈黙の後、雪と咲は小さく息を吐いた。
「‥‥分かったわ。」
その言葉の裏にある不安も迷いも、全部分かっている。それでも信じてくれた――その事実だけが胸に深く刺さり、だからこそ、もう後には引けないと強く思う。
そうして――俺たちの、最後の連携が始まる。




