第111話 日本の最高戦力。
新連載 『世界を統べた覇王と一心同体になった俺は最強の仲間【駒】を揃える』
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咲のお父さんの話を聞いた瞬間、俺の意識は自然と過去へと引き戻されていた。
思い出したくなくても、忘れることなんて出来るはずがない記憶。
それは、俺がまだ幼く、探索者としての力などほとんど持っていなかった頃――雪と共に巻き込まれた、八王子ダンジョンのスタンピートの記憶だった。
あの時の光景は、今でも鮮明に焼き付いている。
耳を裂くように鳴り響く警報音。街中に溢れる人々の悲鳴と混乱。恐怖に顔を歪めて逃げ惑う大人たちの姿に、親とはぐれて泣き叫ぶ子供の声。そして、誰かの名前を必死に呼び続ける声が、至る所から重なり合って響いていた。
昨日まで確かに存在していた“日常”が、たった一瞬で崩れ去る。
それがスタンピートだ。
あの時の空気の重さ、胸を締め付けるような焦燥感、何も出来ない自分への無力感――その全てが、今でも身体の奥に残っている。
そして同時に思い知らされた。
あの地獄を止めるのが、俺たち『探索者』の役目なのだと。
「仮にだけど、渋谷ダンジョンのスタンピートが発生してしまった場合はどうするつもりなんだ?もちろん発生する前に止めるのが理想ではあるが‥‥最悪が起こった時の為に想定をしておくべきだろ?」
気が付けば、自然と口からその言葉が出ていた。
車内の空気は、先程までの軽い雑談の延長ではなく、完全に仕事のそれへと切り替わっている。
咲はすぐには答えず、一瞬だけ視線を前方に向けたまま考え込むような素振りを見せてから、静かに口を開いた。
「とりあえず、現状で打っている策は、ある程度の民間人の避難と、一定数の探索者が交代しながらダンジョン周辺に常駐していることね。」
その声音には、先程までの柔らかさはなく、任務を説明する者としての冷静さがあった。
「だから、仮にスタンピートが発生しても、常駐している探索者と対魔物用防御セキュリティーの二つで初動対応が可能な状態にはなっている。街が即座に蹂躙されるような事態にはならないわ。」
「‥‥なるほどな。」
一度ゆっくりと息を吐きながら、その情報を頭の中で整理する。
完全な防止は出来なくても、時間は稼げる――それだけでも状況としては大きい。
「確かにそれならある程度の時間稼ぎは見込めそうだな。で、Sランクの探索者はどれぐらい来るんだ?日本にいるSランク探索者は全部で5名だから、全員が動くことはないだろ?」
そう問いかけると、咲は一瞬だけ目を伏せた。
「えぇ‥‥私が聞いているのは3人。」
その言葉の重さは、自然と理解できた。
Sランクが三人動く――それはつまり、事態が“そこまでの可能性を孕んでいる”ということだ。
「その三人っていうのは?」
俺の問いに対して、咲は迷いなく名前を挙げる。
「夜空楓花、立花翔、宮崎日葵。」
その三つの名前を聞いた瞬間、空気がさらに一段階重くなった気がした。
全員が、日本を代表するSランク探索者。
夜空楓花――あの八王子のスタンピートを終わらせた張本人であり、太刀を振るう近接最強格の一人。あの絶望的な状況の中で、たった一人で流れを変えた姿は、今でも強く記憶に残っている。
立花翔――近接とは真逆の魔法特化型であり、「単独要塞」と呼ばれる男。戦場で一歩も動かず、視界に入る魔物を全て殲滅するという異常な戦闘スタイルを持つ存在だ。
そして――宮崎日葵。
つい昨日、偶然出会ったばかりの人物の名前が、ここでも出てくるとは思っていなかった。
双剣を操り、速度と回避に特化した戦闘スタイル。相手の攻撃を花のようにひらりと躱し、その隙を突いて蜂のように鋭く連撃を叩き込む。その動きはもはや芸術に近い。
この三人の中では最も新しいSランクではあるが、その実力は国が正式に認めたものだ。疑う余地などどこにもない。
「‥‥すごい面子だな。」
思わずそう漏らすと、咲は小さく頷いた。
「えぇ。だからこそ、今回は絶対に失敗は許されない。」
その言葉には、明確な覚悟が込められていた。
ただのダンジョン攻略ではない。これは街一つの命運がかかる“防衛戦”だ。
「まさか、昨日あんな別れ方をしたのに、もうすぐに会うことになるとは思わなかったな‥‥」
小さく呟いたその言葉に、咲は一瞬だけこちらを見たが、何も言わずに視線を前へと戻した。
その沈黙が、これから向かう先の現実を何よりも雄弁に物語っていた。




