第107話 二人でお出かけ。
悪魔の姉に叩き起こされ、そのまま半ば強引に渋谷へと連れて来られた俺は、文句を言う間もなく姉のあとを追いかけることになり、気づけばあれもこれもと買い込まれた荷物を両手いっぱいに抱えさせられていた。
袋の取っ手が指に食い込み、じんわりとした痛みが広がっていく。重さで腕は引き伸ばされ、感覚が少しずつ鈍くなってきているのが分かる。
「ねぇ?姉ちゃん?そろそろ‥‥まじで限界なんだけど‥‥もう、やめにしない?これ以上増えたら普通に持てないぞ?」
両手にはもはや隙間などなく、どこにどう追加するのか分からないほどに埋まっている。
「そうね。確かにそろそろ限界ね。じゃあ、買い物はこの辺にして昼食にしましょうか?悠真、何か食べたいものはある?」
あっさりとした返答に、思わず肩の力が抜ける。
「え?まさか姉ちゃんが奢ってくれるの?」
「買い物に付き合ってくれたお礼よ。さぁ、食べたい物を言いな。」
予想外の一言に、思わず目を見開いた。
――姉ちゃんが奢る?本当に?
今までの記憶を引っ張り出しても、そんな出来事は一度も思い当たらない。
「何、その顔?あんた私に何か失礼なことでも考えてるわけじゃないでしょうね?」
鋭い視線が突き刺さる。
「全然っ!!そんなこと思ってない。ただ、姉ちゃんがご飯奢るなんて今まで無かったから、ちょっと驚いただけ。」
慌てて否定すると、姉は小さく笑った。
「そうね。言われてみれば二人でご飯に行くのも初めてかもね。で?何がいいの?」
「そうだな‥‥じゃあ、パスタとかは?俺も好きだし、姉ちゃんも好きだろ?」
「ふふ、そうね。じゃあパスタにしましょうか。」
そうして俺たちはスマホで適当に評価の高い店を探し、渋谷の雑踏の中を抜けてその店へと向かった。
店内は落ち着いた雰囲気で、外の喧騒が嘘のように静かだった。運ばれてきた料理からは、オリーブオイルとニンニクの香りがふわりと立ち上る。
「もぐもぐ。うん!!美味い。」
口に入れた瞬間、アサリの旨味とガーリックの香りが一気に広がる。ボンゴレ特有の塩気と唐辛子のアクセントがちょうどよく絡み合っていて、思わず頬が緩む。
「そうね。美味しいわね。」
姉も満足そうに頷きながらナポリタンを口に運んでいる。ケチャップの甘酸っぱい香りがこちらにも漂ってきた。
「悠真。あなたのパスタ、少し頂戴。」
「え?いいよ。」
何も考えずに皿ごと渡そうとすると、姉は首を横に振り、そのまま口を開けてこちらを見つめてきた。
――待て。今のはそういう意味じゃないだろ。
この姉‥‥本気か?まさか俺にアーンをさせる気なのか。周囲を見れば、普通にカップルや友人同士が食事をしている中で、これはどう考えても浮いている。
だが、ここで拒否した場合の未来は容易に想像出来る。
不機嫌になって最終的に俺が損をすることになる。なら、結論は一つだった。
はぁ‥‥仕方ない。
観念してフォークで適量をすくい、姉の口元へと運ぶ。
「もぐもぐ。うん!!美味しい!!私もそっちにすれば良かったわ。じゃあ、お返しよ。」
「え??」
「はい、どうぞ?」
差し出されたフォーク。今度は完全に逃げ場がなかった。
周囲の視線が少し気になる。いや、確実に気のせいじゃない。それでもここまで来た以上、引くという選択肢はない。俺は諦めて口を開け、ナポリタンを受け取った。
「どう?美味しい?」
「うん。美味しいよ。でもボンゴレの方が美味しいな。」
「そうね。」
何事もなかったかのように会話が続くのが、逆に恐ろしい。
「でも、お金は大丈夫なの?服もあれだけ買って、昼ご飯まで奢ってるけど。」
ふと気になって尋ねると、姉はあっさりと答えた。
「大丈夫よ。最近、お父さんの仕事を手伝ってるから、お小遣いも多めにもらってるの。」
「へぇ~~父さんの手伝いね。」
父さんの仕事はダンジョン関連の研究だ。正直、何をしているのか詳しくは知らないし、想像もつかないが、今日の出費を気にしないでいられるほどの額をもらっているということは、それなりに重要なことを任されているのだろう。
「姉ちゃんって、高校卒業後はどうするの?そのまま父さんの手伝いを続けるのか?」
「まだ決めてないわ。でも手伝ってるうちに、そういう仕事にも少し興味が出てきたのは確かね。」
「なるほどな。ダンジョン関係は仕事も多いし、給料もいいから選択肢としてはアリだよな。」
「ふふ、そうね。」
そんな取り留めのない会話をしながら、俺たちはゆっくりと昼食の時間を過ごしていった。




