第102話 最後は気持ち。
「位置についてよーーい‥‥パン!!」
乾いた号砲と共に、体育祭を締めくくる最後のリレーが幕を開けた。最初に飛び出したのは予想通り雪であり、その加速は他の選手とは明らかに次元が違っていた。
雪は白王に来る以前、育成学校で中学に上がる前から徹底的に体を鍛え上げてきた存在であり、その蓄積された力は同年代の生徒とは根本から異なっている。
その差は歴然で、相手が専門の陸上部であっても雪の速度に追いつくことは出来ず、距離はみるみるうちに広がっていき、そのまま最終コーナーを抜けて圧倒的なトップで第二走者へとバトンが渡された。
その瞬間、C団の歓声が一気に爆発する。
第二走者は一年男子の南雲。
南雲と雪の関係は、咲が雪を引き抜いたことでどこかぎこちないものになっているが、この場ではそんな事情は微塵も感じさせず、バトンは完璧なタイミングで繋がれ、その勢いのまま南雲はさらに差を広げる為に全力で駆け出した。
雪があそこまで差をつけた時点で――C団の勝利はほぼ確定と言っていい。この差を覆せるだけの圧倒的な走力を持つ選手は、他団には存在しないだろう。
だからこそ、俺の視線はトップを走る南雲から外れ、2位と3位を争うA団とB団へと向けられる。
両団はほとんど差のないまま横並びで競り合い、その後方からD団が追いすがっているが、正直そこは問題ではない。重要なのはA団とB団、その二つの順位だけだ。
アンカーへ繋ぐ直前、どうにかB団がA団を抜いてくれと願うものの、その差がひっくり返ることはなく、わずかに先行したA団が先にバトンを繋ぐ形となった。
そして、勝負を決するアンカーへ――。
アンカーだけは特別にグラウンド一周を走ることになっており、既に半周を終えているC団の勝利は揺るがない。残された焦点は、2位と3位を巡る最後の戦いだけだった。
一ノ瀬会長と七瀬先輩は、それぞれ仲間から託されたバトンを握りしめ、同時に地面を蹴り出す。二人のフォームは無駄のない洗練されたもので、素人離れした走りは陸上部と言われても違和感がないほど完成されていた。
そして、その速度もまた、ほとんど差がない。
ならば必然的に、先にスタートしている一ノ瀬会長が有利となる。後ろを走る者はアウトコースに膨らんで抜く必要があるのに対し、前を走る者はインコースを守り続けるだけで同速の相手には抜かれない。
だが――それでも、同じ速度の相手を抜ける唯一の瞬間がある。
それが、コーナーだ。
コーナーでは遠心力によって体が外へ流れ、一瞬だけ走りの精度が落ちる。プロであればそれすら制御出来るだろうが、ここにいるのはあくまで学生であり、コーナーを極限まで攻める訓練など積んでいない。
さらに言えば、一ノ瀬会長はあの事件の影響で精神的な負荷も抱えている。わずかな乱れが、そのまま致命的な隙に繋がる可能性は十分にあった。
そして――運命の最終コーナー。
会長の体がわずかに外へ流れた。そのほんの一瞬、速度が落ち、リズムが崩れる。
その“たったそれだけ”の隙に、七瀬先輩は迷いなく踏み込んだ。
一気に差を詰め、そして――横に並ぶ。
同じ速度、同じリズム。
二人は並んだまま、最後の直線へと飛び出した。視界にあるのはただ一つ、ゴールテープのみ。
二人の運動能力は、ほぼ互角。
ならば、この勝敗を分けるものは――ただ一つ。
”気持ち”だ。
絶対に負けない。自分が勝つ。
その強い意志を最後まで貫いた者が、勝者となる。
そしてその想いは、確かに――七瀬先輩の中に芽生えている。
さぁ――七瀬先輩。
あなたの気持ちを、見せてください。
その瞬間――ゴールテープが、切られた。




