137. I の出会い
喉が渇いた……水が飲みたい……
「…………(みず)」
パクパクと口を動かせば、口許に柔らかいものが押し当てられ、顔周りをチクチクと何かに刺される痛みと引き換えに水を与えられる。渇いてヒリつく喉に水が染み渡り、痛みが少し和らぐ。……もっと欲しい……
「……っと」
先程は声にならなかった要求が、掠れながらも誰かに届いたようだ。チャポンッと水音がした後に、柔らかな感触とチクチクと刺される痛み。そして喉を潤す水分。
「あり、が……ぅ。」
少しだけ呼吸がしやすくなって、私はまた眠る。
◇◇◇◇
温かく、滑なか肌触りの心地よさに無意識にグリグリと顔を擦り付けると、意識がだんだん覚醒してくる。
「……起きたか?」
頭のすぐ上から声がして、目の前の壁から頭を離す。骨と筋肉の形に隆起した肌の壁。恐る恐るゆっくりと離れる。頭がスライドする枕も肌色。もしや、腕枕と言うものか……??
「あまりそっちに行くな。火傷するぞ。」
腰の辺りをグッと押さえられる。火傷と聞いて、チラリと見れば、背中側に焚き火がある。離れるのは止めてガバッと起き上がる。途端に目眩に襲われ、何を掴むとも無しに咄嗟に手を伸ばす。と、ガシッと手首を捕まれた。
「熱がやっと下がったんだ。まだ大人しくしてろ。」
そう言うと私と入れ替わりで男の人が起き上がった。紫の髪で顔の半分が隠れ、無精髭を生やした上半身裸の男。
「なっ! だっ……ゲホッゴホッ……」
「全く……ほら、飲め。」
男は自ら水筒を煽り口に含むと、私の後頭部を掴みそのまま顔を近づけて来た。驚きのあまり、片手で口を押さえ咳き込んだまま、男の顔を鷲掴みにする。ゴクッと男が水を飲み込む音が聞こえると、私の手をそっと退けて
「今さら恥ずかしがることもないだろ……散々この方法で飲んでたし……あ、先に言っとくけど、着替えさせたのも俺だから。」
顔色一つ変えずに、私の胸元を指していう。指された場所を見れば、元々着ていた服とは別の、ダボダボのTシャツ一枚。掛け布団だと思っていたものは、ベストのような服で、下にはマントだろうか? 布が敷かれている。私が着ていた服は何処にいった?ってか、誰? ここどこ? この人なんで裸? もしかして!!??
パニックに次ぐパニックで、何から確認したら良いかも分からない。気持ちは焦るのに、脳は状況を把握しようと周囲を見回す。
「取りあえず飲め。」
男の人は水筒を私の枕元に置く。ゆっくりと起き上がり、チラチラと男の人を見ながら一口飲む。
「体調は? 気持ちわりーとか、頭がいてーとかはあるか?」
フルフルと首を振る。
「喉は? だいぶ熱が高かったから体はいてぇだろ? 回復薬でもありゃすぐ治ったんだがな……」
「……ここ、は?」
「西の森の中。あんたは人気がない山小屋に鎖で繋がれて、雨漏りでびしょ濡れになった毛布にくるまってガタガタ震えてた。俺は雨宿りに入ったんだが、あんたは捕まってるみたいだったからな、取りあえずあの場にあった食料なんかを持って、あんた連れて逃げて来た。」
「鎖?」
男は私の足を指差す。足には金属の輪と、その輪に鎖もちょっと付いている。鎖は引き千切ったのか、端のいくつかがひしゃげている。
「……ありがとうございます?」
「フハッ!! あんた、素直すぎ! 絶対騙されて捕まってたんだろ?」
何故か吹き出して、ヒィヒィと笑いながら図星を突いてきた。そんな様子を見ながら考える。私は……そうだ! 人工の魔王を倒しにハスキスさんやドラドさん達と西へ来たんだ!! で、ミリー……眠くなる薬でも飲まされたのか、あまり覚えて居ないが、泣きながら何故か責められたのは覚えている。
「私、行かないと……」
「おいおい、病み上がりで無茶するな。着てた服からして、あんた貴族だろ? しかも捕まってた。 出歩いて平気なのか? みつかったらまた捕まるぞ!」
「それは大丈夫。私、貴族じゃないし。それより、貴方はこの国の人? 知り合いが居るならその人達に声を掛けて、なるべく早くこの国から出た方がいい。魔王レベルの魔物が出現するわ。」
そこまでいうと、洞窟内の酸素濃度が急激に下がったように息苦しく、自分を抱き締めるほどヒヤッとした空気が流れる。不思議に思い男を見ると、先程までのチャラチャラした感じではなく、こちらを射殺さんばかりに私を睨み付けていた。
「何故それを知ってる? 嘘は言うな。こちらは見破る術を持っている。」
「な、なぜって……私はその魔物の討伐隊に参加してここまで来たから……。」
急に雰囲気が変わった男は暫く私を睨つけると、フウッと息を着いた。こちらの息苦しさが少し和らぐ。
「ここまで来た経緯を話せ。どうやってその情報を入手したのか。お前と来た討伐隊のメンバー、あと、お前のその偽装した髪色についても。全てだ!!」
有無を言わせぬ口調で言われ、この世界に来てから何度目かの説明をする。初めはみんなの名前を伏せて説明していたのだが、何故か伏せた人物が誰か分かるようで、ウリーボのリベルがそう言ったんだな? とか、ファジールとも知り合いなのか? と隠す意味が無いので洗いざらい全て話した。
ハスキスさんと、髪色を変えてくれたのがドラドさんだと話した時は凄い驚いたようだった。どうやら今出てきた人達とは知り合いのようだ。
「なるほどね。黒目黒髪だが、天創人じゃなく異世界人。色んな人に追われて、捕まって、保護してくれた奴らからはぐれて1人でここまで来たと。」
すごーくザックリだけど合ってるので何も言えない……。
「あんた、運が悪いな!!」
ここに来てからの私を一言で表した。しかも、凄く楽しそうに……
「そんな事無いです! こうして生きてますし。出会う人はいい人の方が多いですもん! 皆とは待ち合わせ場所は決めてあるんで、魔物の討伐が終わったら会えるし!!」
ムキになって言い返す。と、クハッ!! とまた吹き出すように笑う。
「俺が奴隷商の一員で、商品になりそうなあんたを連れてきたって言ったらどうすんの? 待ち合わせ場所には行けないよね?? あんた、もうちょっと危機感とか、疑う事を覚えた方がいいと思うよ! フフッ……ハハ……」
何が面白いのか、爆笑したいのを必死に抑えたような笑いかたをしている。笑いたきゃ笑えばいいのに……。でも、この男が言うことは最もだ。この人が良い人かは分からないと今更ながらに思う。
「あの……貴方は奴隷商なの?」
男は笑を止めてこちらをみる。ウウンッと咳払いをし、恭しく頭を下げると、
「改めまして。私、ホルス・ミル・スタインと申します。丑の印持ちで、帝国騎士隊、雲組、叢雲隊を率いる隊長をしております。以後お見知りおきを。」
自己紹介をしてくれたので、こちらもお返しにと名前を教える。
「イチカ……イチカね。うん。覚えた。嘘もつかなかったし問題なし!!ってことで、体が治ったら討伐隊のメンバーの元に送ってやる。だから今はとにかく休め!!」
そう言ってまた、岩の上に曳かれたマントの上に横になる。
「イチカが着てた服はもう少しで乾くからな。あと、寒かったら言えよ! また温めてやるからな!」
改めて自分の格好と、先程まで一緒に横になっていた事態を思いだし、頭を抱えながら身悶えた……。
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