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24話 エピローグ

 今日は朝から雨が降りそうな、でも降っていない、独特の湿気を含んだ嫌な天気だった。この分なら昼過ぎには雨が…それもあえて願うのならば土砂降りで、降ってくれるだろうと思いながら登校した。

 ポツリ、と初めは一滴。ついで、こらえかねたかのように大量の雨が降り始めたのは昼休みに入ってすぐの時だっただろうか。それから、この放課後まで一度たりとも弱まることなく、むしろ勢いを強めて雨は降り続けている。

 ふと暗くなった教室に、時計を見上げた。長針がそろそろ12を指しそうだった。慌てて読みかけの本をしまう。本を読んでいたら雨がやまないだろうかなどと、無意味な希望をかけてページをめくっていたらいつの間にか夢中になってしまっていたようだった。

 止むどころかひどくなっている雨は、容赦なく降り注いでいて、教室から見える道路を歩く人の様子からして、どうやら傘程度では防げそうにもなかった。

 やっぱりさっさと帰っていればよかったと思っても時が戻ってくれることはなく、その間にも無常にも長針はカチリと12を指す。グダグダと外に出たくない、雨に濡れたくない気持ちを放り去って教室を走り出る。

 ああ、今日はついていない。


 

 発射ギリギリのところで体を無理やり車内に滑り込ませると、同じように滑り込んできた奴とぶつかった。思わず睨み付ける。コイツ、びしょ濡れじゃないか。こちらまで濡れてしまった。…もとから傘が役たたない雨のせいで濡れていないところのほうが少なかったが。

 っと、視線が合ったところで互いの制服が同じ事に気づき思わずタイを見合う。1年ならば緑、2年は赤、3年は青、と学年ごとに違うタイの色は、青だった。まだ1年の自分にとって、先輩にあたるその人は睨んだというのに気にもせずカラカラと笑っていた。


「や、わりぃ。…あ、1年なんだな」

「はぁ」


話しかけられるとは思わず、気の抜けた返事をしてしまう。いいよな、別に運動部でもないし。

 先輩は髪先からもぽたぽたと水を滴らせていた。いやにぬれている。しかも、パッと見たところ手に傘を持っていないようだ。…まさかと思うが、傘を持っていないのだろうか?今日は朝から雨以外ありえないような天候だったというのに呆れた人である。


「いやぁ参ったぜ!すっげぇ雨降っちまうし」

「そっすね」

「傘忘れるしさぁー…っと、メールだ」


悪い、と一言言ってから先輩はポケットから携帯を取り出した。よく壊れなかったな、なんてどうでもいい感心をする。

フィとにやけたその顔に、いいことでも書いてあったのだろうかと興味がわく。


「傘、届けてもらえるんですか?」

「んー、まぁな!本当は学校まで迎えに来てもらおうかと思ったんだけど、ちょっと病み上がりにそれは悪いかなって。ああ、次の駅だから歩けない距離じゃないんだぜ?むしろ歩いたほうが経済的にも…って感じ?そんでも駅からのほうが近いし、この雨だしな」

「ああ、わかります。自分も次の駅で降りるんで」

「まじか。めっずらしい偶然もあるもんだな」


 もしかしたら家でも近いのかもしれない。半年近くにして初めての発見だ。

っていうか、病みやがりの人にこの雨の中…。思わず傘を握りなおす。


「あの、僕の傘、貸しましょうか?」

「あー…それは俺が怒られるからいい。それにアイツが自主的に来んだからいいんだろ、別に。母さんが来てもいいわけだしな」

「ご兄弟の方ですか?」

「まぁそんなとこ!っと、着いちまったな…もう少し時間かかんのか…」


 携帯の時計を見てぼやいた先輩に、つられて時計を見る。学校を出てからだいたい15分ほど経っていた。

 音を立てて空いたドアからホームへ下りて、先輩とともに歩をすすめた。カバンをなんとなく持ち直して改札へ向かう。

 ホームの隙間から見えた空からは、やっぱり雨が降り注いでいた。



 なんとなく立ち去ることに名残惜しさを感じ、特に中身のないことを先輩と話していた。社会のあの教師は面倒だ、だのテストがどうこうだの、当たり障りのない内容だ。駅の外に見える風景は、びしょ濡れだった。

 ふと前を見た先輩の横顔が輝く。視線の先を追うと、黒い傘を差した人がこちらへ向かってきていた。特に電車もないこの時間帯、駅に向かってきているということは先輩の待ち人なのだろう。


「よかったですね」

「おう。おぅい!!」


 先輩が声を上げて手を振ると、こちらに気づいたその人が少し足早になって寄ってきた。

 屋根の下に入って閉じられた傘から見えたのは少し濡れた銀色の髪と、青い目。外人さんのようだ。綺麗な、凛とした容姿に一瞬目を奪われた。

 ふぅ、とため息をついた彼女は髪を一度払ってから、カバンの中からビニール袋を取り出した。中には、タオルが入っていた。


「まぁ、どうせまた濡れるだろうがそれでふくといい。隣の奴が濡れているのは嫌だ」

「おお、サンキュな白璃!」

「それで…なんで後輩と一緒にいる?まさか、捕まえたのか?」

「ああ、違う違う!たまたま一緒になって、んで話してただけだって。そりゃ…ちょっとひきとめちまったけどさ」


 ふぅん、と面白くなさそうな声を漏らした彼女は、じっと僕らを見つめると肩をすくめた。一つ一つが絵になるその人の動作に、次の絵の題材が決まった。この人にしよう。


「べつに、貴人がどうしようが自由で、私の意思が介入する余地がないだろうことも知っているが…私だって、それなりに欲はあるのだから、そのっ」

「あーもーかわいいこというな!!…っと、じゃあ俺ら帰るな。付き合っててくれてありがとさん。濡れなように…は厳しいけど、風邪ひかないようにな!俺と話してたせいで熱、とかなったら悪いしな!まじで気をつけろよ。んじゃな!!また学校!」


 言っている途中で頬を赤らめて俯いてしまった彼女を先輩は突然抱きしめた。ああ、そういう関係だったのか、と腑に落ちる。

 彼女の手から傘を奪うようにしてとった先輩は、こちらを振り向くと大きく手を振った。咄嗟に振り返してから、あぜんとする。すごく、釣られた。

 そのまま手のひらをじっと見つめていると、先輩は傘を開いて、彼女の肩を抱いたまま雨の中へ出て行った。え…1本なのか?それはないだろう、と凝視してしまう。


「ちょ、傘は2本っ」

「いーじゃん、濡れて帰ろうぜ」

「よくわからな…」


 なんて、傘から漏れ聞こえたのもほんのわずかだったが、彼女さんが折れたようで、先輩たちは仲良く1本の傘で帰っていった。

 その関係が、なんだかうらやましくなった。高校卒業までに、あんな関係が築ける人と会えるといいんだけど…。



黒い傘から零れ落ちるしずくは、接するか接しないかの微妙な距離感を保つ彼のはみ出した肩を濡らしていた。


彼らのためにも、願わくばこの雨が降り続けんことを。


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