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推しVTuberの中の人が「僕をいじめていた元ヤン義妹」なんだが、お互い正体を知らないまま配信をプロデュースしている  作者: 綾瀬 灯


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13/15

第12話「招かれざる客と暴走する独占欲」

大波乱のコラボ配信から一夜明けた火曜日の朝。


我が家のダイニングテーブルには、重苦しい空気が漂っていた。


「……おはよう、結愛」


「……おはよ」


結愛は目玉焼きをフォークでグサグサと突き刺しながら、どんよりとしたオーラを放っていた。昨日の夜、僕の部屋に突撃してきて「あのメガネ女がムカつく」とひとしきり胸元で泣き叫んだ後、彼女はどうにか自分の部屋に戻っていった。しかし、怒りの火種はまだ完全に消えていないらしい。


(そりゃそうだよな。リアルの『兄』は白石に絡まれて、ネットの推しである『P』も白雪みぞれに絡まれたんだから……。結愛からすれば、どっちの世界でも嫌な思いをしたわけだ)


僕は内心でため息をつく。もちろん、僕がその『P』本人であるなんて口が裂けても言えない。


「ねえ、陸」


ふいに、結愛がフォークを置いて僕をじろりと睨んだ。


「今日、学校であのメガネ女……白石さんに話しかけられても絶対に無視してね」


「む、無視って……クラスメイトなんだから、挨拶くらいは」


「ダメ! 一言でも口きいたら、晩ご飯は一生ピーマンの丸かじりだからね」


有無を言わさぬ圧。僕は引きつった笑みで「わ、わかった」と頷くしかなかった。


しかし、結愛の要求を現実に守るのは不可能だった。


昼休み──教室で弁当を広げようとした僕の机に、ポンッと小さな紙切れが投げ込まれた。顔を上げると、白石みぞれが窓際から意味ありげな視線を送ってきている。


紙切れには一言、『屋上』とだけ書かれていた。


(……行くしかないか)


旧校舎の屋上に続く階段の踊り場。そこには、黒縁メガネをかけた白石が壁によりかかって僕を待っていた。


「来てくれて嬉しいわ、天野くん。妹さんに怒られなかった?」


白石は僕を見るなり、からかうような笑みを浮かべた。


「……何の用だよ。結愛が変な誤解するから、あんまり学校で話しかけないでほしいんだけど」


「ふふっ、ごめんなさいね。妹さんのあの怖い顔、結構お気に入りなんだけどな」


白石はクスクスと笑いながらゆっくりと距離を詰めてきた。彼女の甘い香水の匂いが鼻をくすぐる。


「で、用件ってなに?」


「別に……ただの雑談だよ。ねえ天野くん、昨日の夜、ネットですごく盛り上がった配信があったの知ってる?」


ドクン、と心臓が跳ねた。


「……いや、知らない。僕はあんまりそういうの見ないから」


必死に平静を装って答える僕の顔を、白石はレンズ越しの瞳でじっと覗き込んでくる。


「そう? VTuberの『白雪みぞれ』と『星降ルナ』のコラボ配信だったんだけど。ルナちゃんの担当プロデューサー、通称『P』も少しだけ話題に上がってね」


「へ、へえ……そうなんだ」


「そのPの反応がね、すごく面白かったの。焦って取り繕うとする感じとか、言葉の選び方とか……」


白石の指先が、僕のシャツの第一ボタンにツンと触れた。


「不思議ねぇ。そのPの姿が、天野くんとすごく重なって見えたの」


(……っ! カマをかけられてる!)


背筋に冷たい汗が伝う。白石は僕がPだと確信しているわけではない。だが間違いなく強い疑いを持っている。ここで少しでも動揺を見せれば、完全にクロだと認定されてしまう。


「……何言ってるか全然わかんないな。世の中には似たような話し方をする奴なんていくらでもいるから」


「ふふっ、そうね。ただの偶然かもしれないわね」


白石はスッと手を引き、満足そうに微笑んだ。


「今日はこれくらいにしておいてあげる。でも隠し事って……暴きたくなっちゃうのよね。じゃあ、また教室で」


階段を下りていく白石の後ろ姿を見送りながら、僕は大きく息を吐き出し、その場にへたり込んだ。


「……寿命が縮むかと思った」


リアルのクラスメイトであり、バーチャルの頂点に君臨する女。彼女に目をつけられているという事実は、真綿で首を絞められるようなプレッシャーだった。


放課後──


そそくさと家に帰って自室のパソコンを立ち上げると、すぐにDiscordの通話音が鳴った。相手は『星降ルナ』──つまり、結愛だ。僕は慌ててボイスチェンジャーのソフトを起動し、マイクのスイッチを入れた。


「……Pさん?」


スピーカーから聞こえてきたのは、いつもの元気なルナの声ではなく、ひどく沈んだ甘ったるい声だった。


「どうした、ルナ? 昨日のコラボは数字も伸びたし、大成功だったね」


僕が『P』としての落ち着いた声で返すと、パソコンの向こうからシクシクと鼻をすする音が聞こえた。


「成功なんてどうでもいい……。Pさん、みぞれ先輩のこと、どう思ってるの?」


「え? どうって……優秀な先輩VTuberだと」


「そういうこと聞いてるんじゃないの!」


ルナの叫び声に、僕はビクッと肩を揺らす。


「みぞれ先輩、配信でPさんのことを自分のものみたいに話してた。Pさんは、私だけのプロデューサーだよね? どこにも行かないよね?」


(結愛……いや、ルナ。リアルでもバーチャルでも、病み方が全く同じじゃないか……)


僕は内心で頭を抱えながら必死に言葉を選ぶ。


「もちろんだよ。僕はルナを見つけて、ルナをトップにするって決めたんだ。他に誰をプロデュースもする気もないよ」


僕がそう言うと、通話の向こうで深く安堵するようなため息が聞こえた。


「……ほんと? 絶対?」


「ああ、絶対だ」


「えへへ、よかった。私、Pさんがいなくなったらどうにかなっちゃいそうだったから……Pさん、大好きだよ。誰にも渡さないからね」


その甘く執着に満ちた声は、昨夜、僕の胸で泣いていた結愛と完全にリンクしていた。


「あ、ああ……僕も、ルナを一番に考えてるから」


なんとか通話を終わらせ、僕はパソコンの電源を落とした。その直後だった。


コンコン、ガチャ。


「陸、入るよ」


ノックとほぼ同時にドアが開き、部屋着姿の結愛が入ってきた。僕は心臓が止まりそうになりながら、慌ててヘッドホンを外す。


「ど、どうしたんだよ急に」


「……別に。陸がちゃんと家にいるか、確認しに来ただけ」


結愛はツンとした態度で言いながらも、僕のベッドにコロンと転がり、僕の枕に顔を埋めた。そして、すうっと深く息を吸い込む。


「……ねえ、陸。今日、あの女と話してないよね?」


「は、話してないよ!(屋上でカマかけられたなんて言えない……!)」


「ふうん……。ならいいけど」


結愛は枕から顔を上げ、僕をじっと見つめた。


「私ね、絶対に許せないの。私から大切なものを奪おうとする泥棒猫が」


結愛の瞳の奥に宿る底知れぬ暗い炎。それは、リアルの陸に近づく白石みぞれへの怒りなのか、それとも、バーチャルのPに近づく白雪みぞれへの怒りなのか。


(……どっちもなんだよな、たぶん)


僕は、結愛とルナ、二つの顔を持つ彼女からの、逃げ場のない巨大な愛情(ヤンデレ)に完全に包囲されていることを改めて痛感していた。


正体がバレていないからこそ成立している、この歪な均衡。白石の揺さぶりによってこの薄氷が割れた時、一体どうなってしまうのか。想像するだけで、僕の胃痛はさらに悪化していくのだった。

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