第4話 祖母の字
カーテン越しの朝の光の中で、カナタは日誌を机に置いた。
昨夜はあれから、開かずに眠った。埃っぽい表紙のまま枕元に置いて、何度か手を伸ばしかけて、やめた。夜の塔で読むものではない気がしたし、朝の光で読むものでもない気がした。結局、どちらでもなく、寝不足の頭で頁を開いている。
最初の頁の日付は、五十四年前の春だった。
《晴。油差し。振り子、二ミリ詰める。鐘のあと、三番歯車に微かな音。要観察。》
一日も欠けていない、わけではない。数日おき、ときに十日おき。それでも記録は几帳面で、字は最後まで乱れなかった。ネジ巻き、五十二回転。この数字が繰り返し出てくる。錘を巻き上げる回数だろうか。
《雨。湿気で木枠が膨れる。文字盤の四時の位置、塗り直し。》
《晴。今日は鐘がよく飛ぶ。風向きのせい。北の丘まで届いたはず。》
記録の合間に、ときどきそういう一行が混ざった。手入れとは関係のない、独り言のような一行。カナタはそのたびに頁をめくる手を止めた。
鐘の音が、届いたはず。誰に。
そして、やはり字が気になった。「時」のはね。「調」のつくりの詰まり方。数字の七の、一画目の反り。読めば読むほど、既視感は濃くなる。どこで見た字なのか。
窓の外で、どこかの部屋の掃除機の音がしていた。カナタは日誌を閉じ、表紙を撫でた。
思い出せそうで、思い出せない。けれど心当たりを探す場所なら、ひとつだけあった。
押し入れの奥の段ボール箱には、祖母の字が詰まっている。
カナタがこの部屋に越すとき、実家から一箱だけ持ってきたものだ。祖母ハルの、レシピカードの束。肉じゃがの、笹餅の、梅の下ごしらえの。五年前に祖母が死んで、実家の台所が片付けられたとき、捨てられかけていたのを貰ってきた。
祖母に育てられた、と言っていいと思う。両親は共働きで、カナタの子ども時代の夕方はいつも祖母の台所だった。宿題を広げる食卓の向こうで、祖母は小さなカードに几帳面な字で書き付けをしていた。分量。火加減。コツ。
カードの束を机に置き、日誌と並べる。
一枚目。《肉じゃが。醤油大さじ三。砂糖は控えめ、時間で甘くする。》
時間で甘くする、の「時」。
カナタは日誌を開いた。《振り子調整。時打ちの遅れ、直る。》
「時」のはね。最後の一画が、右上へ長く、少し反って伸びる。同じだった。
偶然だ、と一度は思った。字の癖なんて似るものだ。カナタは他の字を探した。数字の七。カードの《七味》と、日誌の《五十二回転、七分残し》。一画目の反りが同じ。「調」も、「油」も、ひらがなの「ね」の結びまで、同じ手だった。
窓の外の光が、少しずつ角度を変えていった。カナタはカードと日誌を何度も往復した。見れば見るほど、疑いの余地は狭くなっていく。
塔の時計の手入れの記録は、祖母の字で書かれている。
五十年前に止まった時計の日誌が。カナタを育てた、あの祖母の字で。
夜になっても、机の上は昼のままだった。
レシピカードと日誌。同じ字。カナタは夕飯を作る気になれず、コンビニのおにぎりを齧りながら、もう何度目かわからない照合を続けていた。
祖母が、時計台の手入れをしていた。
言葉にしてみても、うまく像を結ばない。カナタの知っている祖母は、台所の人だ。塔に上る祖母。油差しを持つ祖母。歯車の音を聞き分ける祖母。どれも知らない人の姿だった。
それに、管理人は別にいたはずだ。金物屋の老人は言っていた。管理人が死んで、鍵も消えた、と。青果店の老婦人も。管理人さんが誰も塔に入れなくて、と。
では、この日誌はなんだ。
管理人の塔で、祖母が時計の世話をしていたのか。それとも記録だけ祖母がつけていたのか。日付は五十四年前から五十年前まで。祖母がまだ若かったころ。嫁ぐ前の、カナタの知らない祖母。
頁を確かめるように、もう一度、最初からぱらぱらとめくった。
そのとき、後ろのほうの頁の間から、何かが滑り落ちた。
机の上に、音もなく着地したそれを、カナタは動けないまま見つめた。
花だった。乾いて、色は褪せ、茶色がかった小さな花。押し花というより、挟んだまま忘れられて、そのまま五十年経った、という乾き方だった。
指でつまむと、崩れそうに軽い。
祖母の日誌の頁の間で、これだけの時間、誰にも見つからずにいたもの。
カナタはそれを、カードの束のいちばん上に、そっと載せた。




