顔を隠した少女
コラーロ・デスメフシス
転生した異世界で課せられたルール。最後の一人が決まるまでにしていけないこと。『人殺し、死、自殺』
カニス 正式名称 カニス・アミークス この世界での犬の獣人種の名称
この森に入ってどのくらいの月日が経っただろう。
正確な日付はわからない。
だが、カーネのお腹の大きさ的に四ヶ月以上は経過していると思う。
子供が生まれ、母子ともに安定するまではここから動くわけにはいかない。
だから、毎日同じように、父たちは狩りをして、俺はその後の処理を手伝う。
「今日は俺が頭蓋骨の削り出しやるから、アンナは薬草と鹿の角を擦り混ぜて薬作ってくれる?」
いつしかその手伝いをするのに、塞ぎ込んでいた彼女も加わるようになった。
「うん」
プリムス村を襲われた時に出会った少女。
名前はアンナ。
黒く立った三角形の耳に黒い髪。
茶と金の中間のようなインナーカラーが入ったウルフカットというやつだろうか?
歳は俺と同じくらい。
外見は至って普通の少女だが、一つだけ際立つ部分がある。
顔につけている黒いレース状のアイマスク。
そのアイマスクのおかげで、どこか神秘的な雰囲気を感じるが、彼女の口からそれをつけている理由も、外さない理由も聞いたことがない。
なら、尋ねることはやめておく。
この少女が転生者という可能性も拭いきれない。
本来なら疑い、距離を置くべきだが…俺たちがいるのは魔獣が潜む森の中。
今まで彼女が怪しい行動をしたところは見たことがないし、他と明らかに違う容姿をしているのは、転生者として疑われる可能性を自ら曝け出しているようなもの。
今はそんなことよりも、この森でどううまく生き延びるかの方が先決だと思ったから、何も詮索しないことにした。
「ッッッ!?奥行くね…」
アンナは突然立ち上がり、肩を振るわせながら
道具を持って、洞穴の奥に隠れてしまった。
「うん。わかった」
帰ってきたのを察知したのだろう。
「ただいま」「おかえり」
帰ってきたのはマット。
本来なら怯える必要もない、優しい人だと思うが、アンナは極力近寄ろうとしない。
最初はなぜ?と疑問に思ったが、のちにマットだけじゃなく、そもそも男が苦手だということがわかった。
過去に何かあったのかもしれない。
だけどそれを詮索するのは、過去のトラウマをほじくり返すようなことかもしれない。
もし理由が話せるのなら、自分から話しているだろうから、あえて聞かないことにしようと、家族みんなで話し合って決めた。
その彼女が唯一、心を許せる数少ない男の中になぜか俺だけが入っている。
それは特別扱いされている、というよりも男として見られていないのかもしれない。
まあそれはしょうがない。
前の世界でも、あまり男として扱われた記憶はない。
だが信用されてしまった以上、怯えさせないために、俺は彼女との距離は適切に保とうと決めている。
過去は聞かないが、頼めることは頼む。
俺が前の世界で、一番安心できることができた距離感。
おそらくそれが一番いいだろう。
「ねえ?シアン」
お腹が少し大きくなり、移動範囲が狭くなったことで暇そうにしているカーネが、何か言いたげに話しかけてきた。
「たまにはアンナちゃんと一緒に外で遊んでくれば?」
この提案が何を意味するのか俺は知っている。
外はまだ明るい。そしてマットが帰ってきている。
「お手伝いも嬉しいけど、子供は外で遊んでる方が健全だよ」
なんて言ってくるが、本心はマットと二人きりになりたいのだろう。
「わかったよ」
と理由も聞かずに立ち上がり、奥に隠れたアンナに外で遊ばないか尋ねる。
アンナもこの提案が何を意味しているのかもう知っている。
やけに聞き分けのいい子供は、大人二人を洞穴に残し、外に出る。
だが、外に出て遊ぶと言っても、ここは村ではなく、山林の中。
遊ぶと簡単に言ってもなにをしたらいいのかわからない。
とりあえず、二人で眺めのいい場所に何も語らずに座り、木の間から見えるオレンジに衣替えしている山を見つめていると、後ろから何か走ってくる気配を感じる。
木や枯れ葉を踏み締める音から、体型は大きくない。
昔はその音から大したことないだろうと油断していた。
だが、今は油断しない。
子供の俺たちよりも、少し小さい体の持ち主は、一切の容赦をしてこない獣なのだから…。
「あううう!あううう!あううう!」
甲高い、子供の声。
それなのにその獣は俺の上に飛びかかり、俺の顔のあらゆる部分を噛み付いてくる。
耳、鼻、首、顎。
ひとしきり、噛み付いてきた後はなぜかいろんな部分に舌を這わせてこようとする。
行動はまさしく、子犬。だが見た目は人間に近いから脳がバグる。
噛みつかれるのはまだいい。
だが舌で舐められるのだけは全力で拒否する。
それはなんか踏み越えちゃいけない一線のような気がするから。
見た目が人間の子供に顔を舐められるとか、それは許しちゃいけない気がする。
「マコト!ストップ!ストップ!」
両手を掴み、万歳のポーズで静止させる。
それが気に入らないのか、顔を顰めて、まだ生えかけの牙を剥き出し「うううう」と威嚇してくる。
全く恐怖を覚えない顔をしているが、その遠慮のなさが怖い。
しかもなぜか俺だけにやってくる。
隣にいるアンナには一切そぶりを見せないのに…!
この子供の名前はマコト。
シバ一族という、おそらくは柴犬の獣人であるカニスの子供。
茶髪に、まだ立ちきっていない耳。
背中に向かってクルンと巻いている尻尾。
中性的な顔立ち。
プリムス村にいる頃から、一緒に育った幼馴染。
いつまで経っても俺に飛びかかり、プロレスを仕掛けてくるわんぱくもの。
最初はずっと男の子だと思っていた。
顔立ちが中性的だからだけじゃなく、口調も男の子のようだったから。
だけどのちに、女の子だと知り、焦り、謝罪したが、本人は一切気にしていなかった。
「ヒマヒマヒマヒマ!!!」
いつもこう言っては俺に飛びかかり、プロレスを仕掛けてくる。
行動全てが犬っぽい。
だから俺もそのうち、性別なんて忘れ、犬と同じような接し方をマコトにはするようになっていた。
「マコト…ヒマなのはわかるけど、飛びかかってくるのはいい加減直してね?って言ってるよね?」
「知らない!」
何度言っても直す気がない。
だからと言って、諦めたら、何をされるかわからないから、必死に止めるしかない。
もしかして、俺のこの行為が助長させてる?
噛み癖のある子犬には反応しない方がいいとか、聞いたことがあるような…
「マコト。木の実探そ?」
俺のプロレスももう見慣れてしまったのか、アンナはマコトとできる暇つぶしを冷静に提案する。
「行く!アンナ探すの上手いから大好き!」
そう言って、隣に座っていたアンナは立ち上がり、マコトと二人で近くを散策しに行った。
一見俺が残されたように感じるが、実はアンナは木の裏に隠れた一人の少年に気づいていたと思う。
「こっちおいで。大丈夫だよ」
マコトとアンナが完全に姿が見えなくなったのを確認して、一人の少年が姿を現す。
その少年の名前はシュウ。アキ一族、おそらく秋田犬の獣人の子供。
見た目はマコトとよく似ている。
それは柴犬と秋田犬の見た目の特徴が似ているからだろうか?
明るいオレンジ色の髪の毛。ツンと頭の上に立ち上がっている耳。
だがマコトとは体格が大きく異なる。
マコトは俺とアンナよりも一回り小さい。初めて出会った時はかなり年齢差があるのかと思った。
だが俺もマコトもそして目の前のシュウも生まれた年は同じ。
小型犬と大型犬の大きさが異なるのは知っていたが、まさかカニスという犬の獣人にまで適用されるとは思っていなかった。
シュウはかなりでかい。
俺の頭がシュウの口元に届くか?くらいの差がある。
そんな大きい子だが、弱点もある。
アンナが男が苦手なら、シュウは女性が苦手。
決定的な違いは、恐怖ではなく、照れてしまうこと。
シュウは女性を前にすると緊張し話せなくなってしまうのだ。
だからアンナとシュウはお互い気を遣って、距離を置いている。
プリムス村の襲撃を生き残った数少ない子供の俺たち。
その四人が一緒に遊ぶことができないことは本来なら寂しい話だが、無理なものはしょうがない。
この形が一番落ち着くなら、それに越したことはない。
無理やり距離を詰めさせられるというのはかなりのストレス。
前の世界で、親も友達もいなかった俺にはその経験がある。
嫌だったからこそ、俺は同じことをしたくない。
境遇が哀れだからと、勝手に決めつけ、人と距離を詰める歩みの速度まで、周りがコントロールしようとするのは傲慢だと、俺は思うから。
「俺たちは棒を探そっか?いい感じの棒を見つけた方が勝ちね」
遊びでありながら、使えそうな木材の採取になってしまうが、シュウは嬉しそうに尻尾を振ってついてくる。
この地を離れられるのは、まだ先の話。
その前にこの山には厳しい冬が訪れる。
それを乗り越えるために、遊びながらも、準備はする。
そして、森を抜けた時、この子達が何も気にせず遊べる日が来ることを…今のうちから願っている。
旧版でアンナがつけていた仮面をレースの目隠しに変更しました




