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関西弁の男

コラーロ・デスメフシス 転生した異世界で課せられたルール。最後の一人が決まるまでにしていけないこと。『人殺し、死、自殺』


村が襲われ、全員が冷静さを欠いている中、突如現れた謎の男。

この混沌と焦燥が溢れる状況でも飄々とした態度から分かる通り、この男が只者ではないことは分かる。


果たして味方か、それとも敵か…。


「ッッッ誰だ!?」


普段大きな声をあげたりしないマットが、珍しく声を張り上げる。

この状況だから仕方ない。

この時はそう思った。


「でっかい声やな〜?ごっつ警戒されてますやん。まあこの状況やししゃあないか〜。あ、初めまして、僕はリオンと申します〜以後よろしくお願いします〜」


焦りと警戒心剥き出しのマットとは裏腹にこのリオンと名乗る男は余裕綽々といった雰囲気。

むしろ少しニヤついている顔が不穏にも思える。



「あなた誰よ!?」

「いや、今名乗りましたやん…」


しかもなぜか関西弁。

この世界にも方言は存在する可能性はあるだろう。

だが、今まで会った人で関西弁を使うものはいなかった。


ならば転生者…という考えも浮かんだが、人間の倍の速度で成長するカニスである俺よりも年上。

年齢は…二十代半ばくらいだろうか?

俺が死なずに生きていたら同い年くらいだったと思う。


女神は俺に最後の転生者だと言っていた。


仮にこの男が転生者だとしたら、二十年以上も前からこの世界に転生していることになる。


コラーロ・デスメフシスという枷があるにも関わらず、自ら争いごとに首を突っ込むものがいるだろうか?

万が一を考えたらそんなことをする転生者はいない。


ならば、この男もこの世界の人間か?

何をしに現れ近づいてきた?


『なんなのあなたは!』『どこから来やがった!』『お前もあいつらの仲間か!』


この時、俺はマットに感じた違和感がなんなのかようやく理解ができた。

マットだけじゃない。

みんなの様子がおかしく感じる。

今、最も警戒しなければならない相手は村を襲ってきた奴らの方だ。


それなのに、村のみんなはそのことを忘れたように、この男に最大限の警戒を向けている。


確かに不思議な雰囲気がある男だ。

サラサラの黒髪に切長の目、色白で体に無駄な脂肪がない。

浮世離れしたその佇まいは、前の世界なら女性に困らないタイプの、俺とは真逆な男だと思った。


だが、この緊急時に意識を向けなければいけない男か?

今は逃げるか、どうするかの瀬戸際。

毛を逆立て、牙を剥いてる余裕なんてないはずなのに…みんなはこの男から視線を外さない。



「なんであなた森の中から現れたの?」

だが一人だけ、冷静な人がいた。

母のカーネである。


「なんでって言われましてもね〜?森の中をお散歩してただけですよ?」

言葉を重ねるたびに怪しさが増す男。

「うそよ…だって森の中には魔獣がいるのに…お散歩なんて」

「今日は月が綺麗ですからね〜そういう日もあるでしょう」


まるで適当に返答しているように聞こえる。

本当に何が目的で現れたのかが、全くわからない。



「カーネ…下がって…この男、ヤバい」


マットがカーネと男の間に入り、髪の毛と尻尾は、見たことないほど逆立っている。

警戒…なんて生ぬるいものじゃない。

殺気まで剥き出しにしている。


「マット…?」

「…とって食ったりせえへんのに…ごっつ嫌われとるやん。まあ、しゃあないか」


正直、俺はこの時、殺意剥き出しのマットの方が怖いと思ってしまった。


「ちゅうかはよ逃げなあかんとちゃいます?』


だがリオンという男は全く気にしない。

まるで吠える犬にそんなことしても無駄だと決め込んでいる調教師のように殺気を平然と受け流す。



リオンが指差した村の方は、燃やしている炎とやかましいくらい目立つ満月の月明かりのせいで俺たちのことを探し出そうとする盗賊たちの姿を照らし出している。


逆に言えば、あいつらもこちらに気づいている動きだ。

本当にもう時間がない。追いつかれるのももはや時間の問題。

ここでこの男に気を取られている余裕なんてない。


「ねえマット!一旦落ち着こう!どうするか決めないと追いつかれちゃう!」

カーネがマットの肩を揺らすと、さっきまで逆立っていた髪と尻尾は心と連動するように、落ち着きを取り戻す。

これが夫婦の絆によるものなのか?

まるで別人のようにいつもの調子を取り戻したマットはカーネに視線を向け


「…………そうだね、ごめん」

と『どうかしていた』と言いたげな表情で謝罪する。



良かった…今いるメンツだとこの人が実質リーダーだろう。

この人が冷静にならなかったらとてもじゃないけど逃げ切れる気がしない。


『なあ…本当に森に入って大丈夫なのか?』 『女子供もいるんだぞ…?』 『今魔獣出てきたら相手できねえぞ』 『だけどこのままじゃみんな…』


それに釣られるように、みんなも自分が置かれている状況を理解する。

だが、すぐには決められない。


この森は準備を整え、狩りに入るくらいならいい。

だが、子供を連れて逃げるには、何が潜んでいるかわからない不安要素の方が多い。


だけど今俺たちに用意されている選択肢はもう…一つしか用意されていないと、俺は思った。


「ねえ、お父さん。さっき言ってた通り、森に逃げよう」


「「…シアン?」」


両親は俺からそんな提案が出るとは思っても見ていなかったのだろう。

驚きを隠せない顔で、俺の顔を覗いてくる。



その反応は正しい。

今の俺は人間にして十歳くらいの子供。

そんな子供がこんな場面で口出すのはおかしいし、不気味だ。

だがそんなことよりも今は時間がない。

月明かりに晒されている俺たちが、逃げれるルートは限られている。

しかも子供を抱えて逃げ切るにはさらにルートを絞らなければならない。


ここでもたつくということは、せっかく時間を作ってくれたグランじいちゃんの覚悟に泥を塗ることになる。


いつまで経っても合流しに現れないということは、おそらくそういうことなのだろう。

その結末を考えるだけで、顔が熱くなる。


「グランじいちゃんが作ってくれた逃げる時間をこれ以上ここで無駄にしたら、グランじいちゃんは何のためにあの時なんのために頑張ったの?ここでモタモタしていたらお母さんたちが…捕まってみんな殺されちゃうよ?」


転生者としてこの場を黙って見過ごすよりも、不気味に思われても助かる道を選ぶべきだと俺の中の何かが叫んでいる。


そうだ。


俺はさっき、じいちゃんの背中を見てるだけで何もできなかった。

あの時の俺に選択肢なんてなかった。

だが今はまだ選択肢がある。


周りにどう思われるか気にして、何もしないのは本当の負け犬だ。


今動かねば、カーネは一生、繁殖という名の地獄に幽閉される。


グランじいちゃんが稼いだ時間を無駄にしない。

それが無力な俺にできる最大の恩返し。


この森にどれだけの危険が待ち受けているかわからない。

もしかしたらもっと、最悪な結末を迎えるかもしれない。

だけどここで捕まるのを待つよりかは、まだ助かる確率はずっと高い。


「そうだね…ここでモタモタしている時間はない。みんな森に入ろう!俺が一番後ろで殿をやる。トラ!先頭は任せていい?」


マットは完全にいつものマットに戻っている。

ここから先、俺が口を挟む必要はもうないだろう。


「おうよ!」


アキ一族と呼ばれる、おそらく秋田犬のカニスであるトラさんが豪快に返事をする。


「なんや?ほんまにトラておるんかい!ブッハ!おもろ〜何やそれ〜」


こっちが決死の覚悟を決めている大事な場面をリオンという男は茶々を入れぶち壊してくる。

だけどみんなはもうそれに左右されず、逃げる算段を立て始めている。


「………」


ふと視線を感じる。

それは他の誰でもない。俺の手を握る母親からだった。


やはり俺が変な子供だと気づいたのだろうか? カーネの顔を恐る恐る見ると、眉を八の字にして複雑な表情で見ていた。


まあそれはそうか…そうなるのも仕方ない。

俺が変な子供であるのは事実だ。だから…しょうがない。


「な〜な〜?森ん中逃げるのはええけどここで出会ったのもなんかの縁ってやつやんか〜?一つ頼まれごとされてくれへん?」


この男は空気を読めないのではなく、あえて読まないのだろう。

今俺たちにできることなんてないはずだ。

普通ならそれが分かるはずだ。


「その代わりといったらなんやけど、あいつら食い止めたりますよ?」


男は簡単にいうが相手の数はこちらよりもはるかに多い。

しかも男は丸腰だ。

とてもじゃないが一人で食い止めれる人数では…。


刹那。


空間を切り裂かれたような感覚。

いや、本当に何かが空間を切り裂き飛んでいった。


さっきまで何も持っていなかったはずの男の手にあるものを見て、ようやく何が飛んでいったのか理解ができた。


「夜やから奇襲できるんは自分たちだけ〜とか思っとるんやろな〜。そんだけ団子みたいに固まって走とったら目瞑ってても当てられるわ」


遠くからでも撃たれた奴らの叫び声が聞こえる。

今この男が弓矢を打ったのは一発だけ、だけど聞こえる叫び声は複数。


たった一矢だけで複数の人間を射抜いたというのか?


「カニスが弓で反撃できないことを知っとるから、こっちに何がいるかわからず隠れとるわ。あはは」


その笑い声はさっきと同じ面白いといった感じの笑い声だった。

この場面、襲ってきた敵に怒りをぶつけその情けなさに、乾いた笑いをしていた方が俺は納得できた。だが、違う。

本気で相手の情けなさを笑いものにしているようなそんな笑い方。


その姿に森に進む覚悟を決めた仲間たちも恐怖し、逃げるように森に入っていった。

森の不穏さ、襲ってきた敵。

そんなことも忘れ、この男から一刻も早く逃げなければ…とそんな気弱さを感じさせるようなみんなの足並み。



「……お前の頼みはなんだ?」


本当はマットも恐ろしいはずだ。

先ほどまで威勢よく逆立てていた尻尾が今は股の間に巻かれている。


一見情けないように見えるその姿だが、それでもみんなの代わりに交渉しようとする気概が凄いと、俺は思った。

「森に逃げるついでに!この子引き取ってくれません〜?』


リオンという男はもう俺たちに視線をくれない。

敵に向かって射つ矢の手を緩めず、足だけで器用に馬の鞍に乗っているもう一つの影を見てくれと合図してくる。


誰も馬の鞍にもう一人誰かが乗っていることに気づいていなかった。

いや、正確には乗っているというよりもぶら下がっている。


こちらから見えるのは後頭部と背中のみ。

だけどこの子が人ではないということは耳の位置と尻尾があることでわかった。


「その子供は…?」

後頭部だけじゃ判断はできない。

だが黒ベースに焦茶の毛が混じった髪の毛。長く立派な尻尾が見えこの子は 俺たちの村にいた子供ではないと悟った。


「森ん中で拾いました〜」

「森の中にそんな小さい子が一人でいるわけないでしょ!」


そう。そうなわけない。

この森には大人ですら一人で入ることが禁じられている。


そんな森を子供が一人で歩いているわけない。


だが、それならこの子供はどこの子供だというのだ?

この男が攫った?いや、それなら託したりしないはずだ。


弓矢で応戦している男にマットが近づき、女の子を鞍から抱き上げる。

その子の顔を見た時、マットが少し不思議そうな顔をした。


「……この子の顔についているものはなんだ?」


「それはね〜僕も知りません。ただ言えることは…その子は可哀想な子やってことですかね」


それは明らかに事情を知っている側のセリフだ。

ますます怪しいと思うが、この子をここで見捨てるわけにもいかない。


「ボクからはなんも言えません。詮索もせえへんであげてください。あ、勝手に顔の取ったりしたらあかんで?この子、女の子やから」


先ほどまでおちゃらけたような物言いが多かったのに、詮索と仮面も取るなという指示をするときだけ少し声色が真剣だったような気がする。


可哀想な子とはどういうことだろう…?

だが、今目の当たりにしている状況を考えれば、もしかしたらこの子も同じ境遇なのかもしれない。



「わかった。とりあえずこの子は連れて行く。もうないのか?」


「ないですね〜。貸し借り嫌いなんでその子預かってくれるということでこの件はチャラちゅうことで。ほな、ここでお別れですね〜』


リオンはそういうと弓を射ちながら、森に沿うように馬を進め離れていった。


本当になんなのだろう?あの男は…?

転生者の可能性はまだ少しあったが、明らかに人を殺すことに抵抗がない。

ならただの旅人のようなものか…?


いや、今はそれよりも…


「お母さん。俺よりもその子を抱き上げてあげて…」

「え…?」


俺は抱き上げてもらわなければいけないほど小さいわけでもない。

それにこの子は気を失っている様子。


「お父さんは一番後ろで追っ手が来ないか確認しながら走るんでしょ?

なら、抱えて走るのは大変だと思うから。俺は自分で走るよ」


俺の提案を聞いて二人は一瞬、驚いたような顔をした。

だが、すぐにそれが最善だと気づき、体制を整えてくれた。


追っ手の連中は、リオンの動きに釣られたのか逸れていっている様子。

今なら逃げれる。


そう思ったとき、遠くから


『ほなさよなら〜またどこかで会いましょうね〜』


少しだけ関西弁が聞こえ…


『シアンくん』


名乗った記憶もない俺の名前を呼んだような気がした。

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