鉄の竹
コラーロ・デスメフシス
転生した異世界で課せられたルール。最後の一人が決まるまでにしていけないこと。『人殺し、死、自殺』
カニス 正式名称 カニス・アミークス この世界での犬の獣人種の名称
「自分が何したかわかってるの!?」
月を見上げ呆けていた俺の肩をカーネが掴み、本気で怒っている。
普段はよく笑う人が、本気で怒るととても怖い。
さっきの魔熊よりも怖い。
なんて茶化したことが言えないほど、俺は本気で怯え、反省している。
説明している余裕なんてなかった。
あの状況で、矢を放置していたら、みんなは夜が来るたびに耳鳴りに苦しまれる。
それに、この周辺には音もなく殺すことができるフクロウが出た痕跡だってあった。
あの矢を放置することが、後に俺たちにどれだけリスクを負わせるのか想像に容易かった。
だからあの行動自体は間違ってはいなかったが、『子供がするようなことではない』と反省はしている。
「待ってカーネ」
そんな俺とカーネの間に入って仲裁してくれるのはいつもこの人だ。
「シアンがしたことは確かに危険だったけど、あの矢があったら俺たちはやばかった。だからあの判断は間違ってなかったと思うから、あんまり叱らないであげて。それにそんな大きな声を出したら、ソラが起きちゃうよ」
そう言われて、カーネは大人しく一歩引いた。
話を逸らすために名前を挙げられた肝心のソラは、全く気にせずスースーと寝息を立てている。
その姿を見たマットが珍しく顔を破顔させ
「あはは!この子は俺たちの中で一番大物になるかもね」
なんて場を和ごましてくれる。
「そうだな。シアンはマットにそっくりだけど、その子の図太さはカーネにそっくりだわ」
狭い亀裂の中、近くにいたトラさんも話を合わせ、笑っている。
「そうだよ。義姉さんさぁ〜?シアンが兄貴と同じようなことをしたのは驚いたけど、俺は納得しちゃったよ。ああ、やっぱり親子なんだなって」
ネス叔父さんもそれつられて調子に乗ったようなことを言う。
「じゃあアンタもマットの弟なんだから、もっとしっかりしなさいよ!」
とカーネに思いっきり嫌味を言われ、それ以降は黙ってしまった。
カーネが怒るのは当然だ。
息子が、大人たちがするような無茶をするのを許すのも違う気がする。
ダメなことはダメだと言うこの人が言っていることが正しい。
だから俺は素直に「ごめんなさい」と頭を下げて謝る。
俺の謝る姿を見て、カーネは膝を降ろし、俺の頭を抱き寄せた。
俺の耳元で「もう…あんまり無茶をしないでね」と小さく囁く。
それは、俺がまたいつか無茶をすると予感しつつも、自分では止められないだろうと覚悟しているような囁きだった。
この人に心配をかけたくない。その気持ちに嘘はない。
だから俺は、その願いを肝に銘じながら眠りについた。
朝。
残りわずかな食糧をみんなでわけながら、どうするのか話し合う。
ドワーフの村はおそらく近い。
だが、あの遺体の匂いを覚えるよりも先に襲われてしまったので、道は定かではない。
なら戻って確認する方がいいが、あの遺体のそばを魔熊がうろついている可能性も否定できない。
俺がやった一撃で、恐れを抱き、この山から離れてくれていればいいが魔熊がその後どう動くかは、正直わからない。
執着が強い動物だ。
また襲ってくると考えていた方がいいだろう。
そうなった場合、どうすればいいんだ…。
そんな不安を抱えていたら
「あいつは近くにはいなそうだよ」
外を見渡したマットが戻ってくる。
なら、またあいつが戻ってくる可能性がある以上、この場に長居する理由はない。
俺たちは早々に、山を下る準備をする。
その時、山の上からふと森の中に異様な場所があるのを発見する。
緑一色に覆われた森の中に、一箇所だけ黒く塗りつぶしたような不気味な場所。
「何あれ…?」
俺がそう疑問の声を漏らすと
「鉄竹の群生地だね」
とマットが教えてくれる。
「鉄と同等の硬さを誇る竹だよ。火を起こす時に使う黒い棒を使うだろ?あれは鉄竹を加工したものだよ。鉄より少し柔らかいんだけど、形状を保つし錆びないから便利なんだ」
そういえば、グランじいちゃんがそんなことを教えてくれた気がする。
『便利なんだがよぉ。扱いが繊細で俺たちじゃ加工できねえんだよ』
そう言っていた。
俺たちにはできない加工をできるとしたら、人間か、手先が器用な種族。
なら、もしかしたら…
「そこを目指せば、ドワーフが訪れた痕跡があったりして…?」
加工が便利なものを手先が器用な種族が無駄にするとは思えない。
ドワーフと言ったら、採掘か鍛治だ。
鉄竹を何かに利用していても何ら不思議ではない。
俺の言葉にマットは疑うそぶりも見せず、ただ一言。
「そうだね。あそこを目指そう」
とだけ答えてくれた。
俺たちは鉄竹の群生地を目指す。
二つの小さな山を越えるが、道中かかった時間は半日程度だった。
だが下手したら道を逸れてしまう行為。
半日かけて歩いてきたにも関わらず、何の痕跡もなかったらただの徒労に終わってしまう。
だけど、俺の予感は幸いなことに、外れてはいなかった。
「何本か切った後がある!それに、この匂い…俺たちが知ってる匂いだよ!兄貴!」
マットたちが知っている匂いと知らない匂いがそこには残っていた。
鉄と油が混じったような匂いを俺も感じたからおそらくこの近くにドワーフの村があることは間違いない。
あとは、ここにある匂いを辿ってそこに辿り着けさえすれば…
そう気が緩みそうになる時…いつも俺たちには邪魔が入る。
『グオオオオオオオオ』と、またあいつの咆哮が山に響き渡る。
音から察するに距離はそこそこある。
「このまま、全速で走ればドワーフの村までギリギリ避難できるかもしれない。トラ、悪いんだけど先頭でみんなを誘導してくれる?」
とマットは、みんなに伝え、自分は殿を務めると言っている。
それはみんなを、もう少しだから頑張ってくれと安心させているような言葉にも聞こえたが、何かを隠しているようにも思えた。
『だけど、このままドワーフの村まで行ったら、魔熊を引き連れてしまうことになる』
多分この人も、その考えに至っているはずだ。
だが、それを伝えたら、みんなの走る足並みに戸惑いが生まれてしまう。
それが一番まずい。
おそらく誰も助からないことになる。
だからこのあと、この人がどうするのかは俺は察することができた。
『自分があの魔熊を食い止めている間に、逃げてくれ』
多分そう、頭の中にあるのだろう。
だが、この人に死んでもらったら困る。
愛する妻と、生まれたばかりの赤子を残して、この人が先立つことはとても不幸なことだ。
だから、俺はまた一か八かの賭けに出る。
昨日怒られたばかりなのに、また…無茶で危険な賭けに…。




