希望と絶望の匂い
コラーロ・デスメフシス
転生した異世界で課せられたルール。最後の一人が決まるまでにしていけないこと。『人殺し、死、自殺』
カニス 正式名称 カニス・アミークス この世界での犬の獣人種の名称
洞穴を出発して十日目。
日に日に焦りが強くなっていく。
それはあと何日で辿り着けるか、という焦りではなく、このままで大丈夫なのかという焦り。
日に日にみんなの様子がおかしくなっているのを感じる。
耳鳴りは強くなる一方、それなのに矢を発見できる数は減っている。
矢を壊せばみんなの耳鳴りが無くなる。
だから矢が原因なのは揺るぎない事実なのに、日に日に耳鳴りが強くなる原因がわからない。
そしてその影響は俺たちだけじゃなく、森の魔獣にも強くなっているような気がする。
数日前は襲ってきたのが鹿だったが、リスやテンなどが寝込みを襲ってくることもあった。
襲ってくるはずがない小動物までもが襲ってくるのは、日増しに異常さが際立ってきている。
十三日目。
道中で、最悪な痕跡を見つける。
それは俺たちではどうしようもない厄介な魔獣。
「魔熊だね…」
マットが冷静に痕跡を見ながら、何がこの場所にいたのか分析している。
周囲の木につけられた爪痕。
食い散らかした魔獣の死骸。
そして、特徴的な足跡。
もしこれが、鹿やリスのように襲ってきたらと考えるだけで背筋が凍りそうになる。
リオンの匂いは薄れているのに、困難は日増しに数を増やす。
それがまたみんなのストレスになる。
やはり一度あの洞穴に戻った方がいいのでは、と思った時…
「うおおおおい!兄貴!兄貴!見つけた!見つけたわ!」
と先行して歩いていたマットの弟であり、俺の叔父であるネスさんが駆け足で戻ってくる。
嫌なことばかり続いた俺たちにとって唯一の希望。
「俺たちカニスと同じ匂いと足跡!この近くに誰か住んでる!お手柄!俺のお手柄!」
なんて俺たちの前でネス叔父さんは小躍りをしている。
厳格なグランジイちゃんと、寡黙なマットとは似ても似つかないお調子者のおじさん。
「それは…本当にお手柄だね。けど口元についた木の実の匂いがなければ、兄としてはもっと嬉しかったかな」
なんてマットに皮肉を言われ、ネス叔父さんは小躍りの途中で固まっている。
今はこの空気の読めなさが逆に助かる。
みんな不安で仕方ない。
変に和ませようとすれば、それも空気が悪くなるが、しっかりと朗報と共に空気を和やかにするのはネス叔父さんの才能かもしれない。
こんな場所に足跡があるということは、近くに住居があるはず。
そして、それはアンナの負担がここで終わるということを同時に意味する。
もうリオンの匂いを探る必要がない。
もう地面に顔を近づけて、必死に探さなくて済むならそれに越したことはない。
俺たちは新しい匂いと足跡のする方へ、道を改めた。
だが、その匂い、足跡の中に嗅ぎたくないものが混ざっていたことにみんなは気づいていた。
だが、その時は信じたくなかった。
新たな希望が、絶望に変わってほしくなかったから。
そして足跡が途絶えたところで見つけたモノを見て、崩れ落ちた。
「ジョン…じゃねえか…」
それは俺たちと同じプリムス村に住んでいたカニスの仲間、その死体。
俺たちと逸れて、もう数ヶ月は経つはずなのに、なぜこんなところで倒れていたのかわからない。
俺たちは道を間違えた。
安易な希望に縋って道を逸らしてしまった。
そう俺は思った。
だが、マットだけは違った。
死体を探る。
「死因は首筋に爪痕。魔熊の傷にしては綺麗すぎるね。こんなことする厄介なやつと言ったら…梟か…」
死因から、襲ってきた敵の情報を探っている。
魔熊だけでも厄介そうなのに、夜のハンターと言われる梟までもが俺たちを襲ってくるのか…?
もはやこの森そのものが敵意を向けているように思えた。
「もっと俺たちと早く合流できたら、お互い助け合うこともできたかもしれないのに…」
そう言い、遺体を抱き上げ、運ぼうとしている。
同じ村出身の仲間、弔ってあげようというのだろう。
俺にそれを止める理由なんてなかったが、少しだけ違和感があった。
「待ってお父さん」
手頃な場所で埋めようとしていたマットを止め、遺体を観察する。
遺体は喋らない。だが情報は持っている。
なんて、よく推理ものに出てくる言葉だが、この遺体が着ている衣服は俺たちの村のものとは形も材質も異なっていた。
「この人が着てる服って、ドワーフの村の物なんじゃない?」
俺たちがリオンから譲ってもらった衣服も、ドワーフの村で作っているものだとリオンは言っていた。
それと同じ材質。手触りだけじゃない。
使っている糸の匂いも、一致する。
つまりこの人は、一度ドワーフの村に辿り着いたのに、またこの森に迷い込んだことになる。
なぜその選択をしたのか?何か持ち物はないかと探ろうと思ったその時。
風上から…とてもきつい獣臭が流れてくるのを感じた。
鹿やリスなんて優しいものじゃない。
血肉を貪る肉食獣独特の悪臭。
希望を見つけると、また絶望がやってくる。
「やべえ!魔熊だ!」
それはマタギ犬としての本能なのか…アキ一族であるシュウの父親、トラさんがいち早く、気配を察した。
マットは丁重に弔うつもりでいた遺体を「ごめん」とだけ言いその場に置き
俺たち家族の背中を押し、駆けるように促す。
「ネス。さっき一人で歩き回った時何か見つけなかった?」
マットは冷静に、周りの状況を確認する。
「俺たちなら通れそうな岩の亀裂があっちにあった!」
「ならそっちだね」
とすぐにネス叔父さんが指差す方に進み始める。
この状況でこの人は揺るがない。
いや、マットだけじゃない。
トラさんも、ネス叔父さんもすぐに連携が取れている。
常日頃から俺たちの食糧を取るために、頑張っている大人たちだ。
この人たちがいれば、この困難も乗り越えられるかもしれないと思った時。
傾斜の下に…
また、あの銀の矢があるのを見つけてしまった。




