1-1 触れてはいけない城
※本作には男性同士の恋愛要素(BL)を含みます。
また、自殺や死を想起させる場面があります。
直接的・扇情的な表現はありませんが、苦手な方はタグ等をご確認のうえ回避をお願いいたします。
アルストリア王国。アルデン暦九四八年。
この世界には、魔法はない。
魔術師もいなければ、ドラキュラも、ゴブリンもいない。
行き過ぎた産業革命が起こることもなければ、異世界から転生してきた人間が現れることもない。
そんな、法と理が守る世界。
――そう、人々が信じている世界。
―――
王都オルドンからほど近い、湖のほとりに建つ――グレイブハル城。
かつてこの城に住まっていた大貴族は、すでに歴史の中に消えている。
いま城を守っているのは、その末裔とされる青年と少年の二人だけだった。
風光明媚で、王都からの距離も近い。
グレイブハル城は、いつしか観光名所として知られるようになった。
美しく、
静かで、
それでいて、どこか不思議な場所として。
―――
馬車を預け、扉が明け放たれた玄関ホールへ向かう手前。
ホールとは切り離された小さな受付室が視界に入る。
外の石畳と、城内の静寂とを隔てるために、後から付け足された空間だ。
石壁に穿たれた小窓は、博物館の窓口のように簡素なものだった。
その小窓をのぞき込むと、内側には、革装丁の台帳とインク壺、吸い取り紙が整然と置かれているのが見える。
そして、まず、人は驚く。
「こんにちは。
見学? 一人六銀だよ」
柔らかな声。
淡い金の髪は背でゆったりと編み込まれ、自然に流れた前髪の奥から、澄んだアクアブルーの瞳がのぞいている。
加減を知らぬほどに、美しすぎる顔貌の青年が、そこにいた。
銀貨を渡すと、彼はそっと手を添える。
「ありがとう。
追加料金で、僕が城内の案内もできるよ。十銀だけど……どうしよっか?」
断れば、青年はにっこりと笑う。
「そっか。
素敵な時間になりますように。楽しんでね。ばいばい」
その背後には、黒髪の少年が立っていた。
少年と青年のあわいの彼もまた、驚くほど整った顔立ちをしている。少年は無表情のまま、小さく頭を下げた。
玄関ホールを抜け、石造りの廊下を進む。
遠くで、王都の時を告げる鐘の音が響いた。
足音は、まるで絨毯の上を歩いているかのように、静かに吸い込まれていく。
石の城にしては、不思議なほど音が残らない。
回廊、大ホール、正餐室、ライブラリー、夫人の部屋、主人の部屋……。
どの扉も開かれていた。ロープもなく、調度品はすべて剥き出しのままだ。
――けれど、なぜだろう。
触れてはいけないと、自然に分かる。
差し込む光はどこも穏やかで柔らかいのに、
どこかに、大切な何かを置いてきてしまったような気がする。
そんな、不思議な城だった。
―――
この世界には、魔法はない。
けれど、はるか昔――
人々は錬金術という学問を研究していた。
それは、誰一人として成功したことのない科学。
――そう、信じられてきた。
「ねぇ、セティ。明日は閉城日だし、馬車で王都に行こうよ」
アウレリウスは羽ペンを置きながら、そう声をかける。
「いいですよ」
セティと呼ばれた黒髪の少年は、無表情のまま頷いた。
整いすぎた青年と少年。
彼らは、錬金術によって生み出された――
ホムンクルスだった。
それを知る者は、誰もいない。
この不思議な城だけが抱える、
静かな秘密だった。




