第七章 悪魔的エルフ
その夜。俺は湯船に浸かりながら考えていた。
明日の決闘、正直勝てる気がしない。理由は簡単。マコトが思っていたより強い。決闘を受けたあと、俺は情報を集めるため、他の冒険者にマコトの情報を聞き回った。
アイツは、
――Aランク冒険者らしい!!!!
聞いた話によると、Aランク冒険者は、一人でドラゴンを討伐できることを前提に認定されるらしい。ドラゴンって言うと、村の傭兵たちが6人がかりで負傷者を出しながら、やっと追い払えるくらいの化物。そんなのと一人で戦って勝てるようなやつに正面から戦うのは得策じゃない。と言うか無理だ。
「終わった……」
思わず口から本音が溢れる。
「何が終わったんだ?」
風呂桶の横に置いておいたヴァルドが聞く。
「明日からの俺の人生」
「それは大問題だな」
「だから『終わった……』って言ったんだよ」
「そういえば、何で俺にはトラの姿が人間に見えないんだ? お前のせいなんだろ?」
そう聞くと、ヴァルドはガチャガチャと身体を揺らし、軽く笑う。
「それは、我の力の一部をお前と共有しているからだ。我の幻などを見破る目の力を共有している」
なるほど。つまり、俺は知らない間にヴァルドの能力を借りていたって訳だ。
「そうだったのか。他にも共有してる力ってあるか?」
「特にはない。他は我を纏った状態でならなかったり、敢えて共有していないものもあるからな」
ヴァルドの能力が、マコトに勝つ鍵になるかもしれない。だったら――
「他に共有できる能力ってどのくらいあるんだ?」
「それは、少々長くなるが、よいか?」
「ああ」
久しぶりの長風呂だ。
*******
ついにこの時が来てしまった。眼前には緑色の野原。そして、見たくもなかったスーツを着た金髪の悪魔。
そして、決闘の場の周囲には人が集まっている。
そいつは約束通り決闘に来た俺を見るをいなや、口を開く。
「逃げんかったみたいやなぁ。その根性だけ褒めたるさかい。死なんとこ降参しーや」
「悪いが負けるつもりはない」
「おもろないこと言うなぁ。まぁええ。ほんじゃ、ルール説明や」
一つ目の作戦は、決闘のルール。これを覚えることで、ルールの穴を突いて戦ったり、相手を失格にできるかもしれない。
「ルールは簡単や。相手が降参するか戦えんくなったら終わり。それだけや」
「わかった」
理解するまでもないシンプルすぎるルール。だがこれでルールを利用して戦う手段が使えなくなった。適当なようで、こっちの手段を確実に潰しに来ている。
――作戦一、失敗。
「ほんじゃ、はじめよか〜」
「ああ」
「審判は、おまんさんのとこの相方くんや」
その審判の方を向くと、『え!? 俺!!?』って感じで若干困惑気味。だが、すぐに調子を取り戻して、『任せろ!』と言わんばかりに親指を立ち上げた。
俺は、マコトの方を向き直る。
「始まる前やけど? なんか言っとくことでもある?」
「そうだな。お手柔らかに?」
「ハハ。なんやそれ」
マコトの表情が緩んだのも束の間、すぐに真顔に戻る。それに引き合うように、俺も真顔で目を合わせる。
俺とマコトの間には、奇妙な沈黙が流れる。
そして――
「よぉーい!!!! ドォーン!!!」
決闘の幕は、上がった。
始まって早々、マコトが姿を消した。
――何処だ。
前や後ろ、左に右と神経を集中させ、周囲を見回す。そして気がつく。
「上かッ!」
「正・解!!」
ヴァルドに手のひらサイズにまで縮小させておいた剣を元の大きさに戻す。
「カキーン!」
剣と剣がぶつかり合う。
「ハハ。どっから出したん? その剣」
――重い。受け止めたはずなのに、足が地面を滑る。
だったら――
『お前に今、共有できる力はさっきのものを含めずに、三つだ』
『三つ? 少ないな』
『お前が弱いからだ』
『うるせーよ』
――アイツから共有された能力。さっそく一個使わせてもらう
「位瞬」
次の瞬間、マコトの剣は空を斬った。
そして俺は、二メートル程後方へ移動していた。
「ほーん」
マコトが目を細める。
「空間系かいな」
「まあ、そんなところだな」
本当は、そんな大層な能力じゃない。この技は、自分を中心に半径二メートルだけ瞬間移動するだけだ。だが、攻撃を避けるだけなら十分だ。
「まぁ、ええわ」
マコトが強く地面を蹴る。それを認識した次の瞬間には、マコトはもう目の前にいた。
――速い。回避が間に合わない。
「位瞬」
俺はマコトの背後に移動し、反撃に臨む。振りかぶった剣を振り下ろすよりも先に、マコトはすでに攻撃の構えを取っていた。
「風恋突」
マコトの剣先が揺れる。
一本、二本、三本。いや、十本、二十本。数え切れない。突きの残像が視界を埋め尽くす。どれが本物か、どれを防げばいいのか、そんな事を考える間もなく突きの連撃がこの身を襲う。
――まずいな、これは作戦二のために取っておきたかったんだが。
「遅覚」
見える。攻撃の軌道が。
この攻撃を避けるのはもう不可能だ。『位瞬』も再使用までにはまだ時間がかかる。だからここは敢えて受けよう。
「シュパパパァーンッ!」
俺の服がどんどん裂けていく。
やがて、脇腹、肩、太ももをマコトの剣が掠める。
そして、俺は数メートル吹っ飛んだ。
「入った!!」
周囲の野次馬たちが騒ぐ。だが、きっとマコトは気づいている。
「浅いな……」
吹き飛ばされた俺はゆっくりと起き上がる。
「空間系以外にもあるんかいな」
「ない……」
「いや、あるやろ。山感で見切ったとでも言うん?」
「ああ」
「ほーん」
遅覚は、世界をスローモーションで認識できる技。だけど、認識できるだけで、自分の動きが速くなるわけじゃない。故に、俺では急所を逸らすことが精一杯だった。
「んじゃ。もっかい行くで?」
「風恋突」
マコトの剣先がまたもや揺れる。
『遅覚』を発動し、マコトの突きを見切る。この状態なら何とかどれが残像か、本物がどれかが分かる。その本物の剣先が俺の身体に当たろうとする。
その瞬間、突きをする腕が伸び切ったその時――
『位瞬』
――マコトの懐に瞬間移動する。そして、
「スパッ!」
俺の剣は、マコトに届いた。いや、少し違う。マコトのスーツに届いた。俺の剣はマコトのスーツの胸元を斬る。そして中のシャツが露わになる。
周囲の野次馬たちが静まり返る。
「ありゃ、マコトちゃんビックリ」
マコトが初めて驚いた顔を見せた。
「おもろいなあんさん。風恋突を回避するだけやなくて反撃するなんて」
「ほんな新人おらんかったで?」
「それはどうも」
「てか、胸元狙うとか。おっぱい見えたらどないすんねん」
「それは知らん」
マコトに一撃を入れられたと思ったが、それは布一枚しか断ち切れなかった。俺自体、何か剣の技才があるわけでもない。始めから正面衝突で勝つのは不可能。つまり、作戦二は失敗。
――だが、まだ作戦は残っている。俺は一晩中、作戦を練りに練った。この程度で負けるほど俺は軟じゃない。




