3/住む人といる人
「猟、起きろ。もう朝だ」
「あ、ああ、わかった、起きるよ。で、どうすればいいんだ」
「クラムの野郎が三階に来いって、さ。何でもフライスが話したいことがあるんだって」
フライスさんが僕たちに話したいことって、一体何だろう。これからのことかな?
「早速行こう。人を待たせるのは良くないことだ」
「そうだな。とりあえずそのままいくか。お前すげぇ寝ぐせだけど」
「寝ぐせ?あぁ、これか。いつものことなんだ。ほっといたら勝手に降りるさ」
そんなことより早く行こうぜと、一真を急かしてクラムさんの私室を後にした。
もう見慣れた階段を駆け上り、以前は固く閉ざされたままだった扉の前に立つ。
もちろん呼ばれた以上はこの扉をいつまでも閉めているわけがなく。
「やぁ起きたのか。よしよし。ちゃんと一真は伝言を伝えてくれたようだな」
「ダレン、俺をあまり馬鹿にするなよ。前回は不意打ちだったから負けたが今度やったら、俺が勝つんだからせいぜいおとなしくしていろ」
「一真少し大人しくしていろ。お前が話すと話がややこしくなる」
「なんだと!」
「お。怒った。熊が怒ったー」
キャッキャと言いながらフライスさんの前まで走っていく。それを両腕を張り上げて追いかける一真。やれやれと呆れて歩いてくるクラムさん。
「おはよう。昨晩はよく眠れたかな。て言わなくてもその元気さじゃグッスリ寝たようだな。では本題だが、これから君たちは何かしようとは思っているのかね」
「いえ、特には。わからないことばかりで何をしたらいいかわからないんです」
「やはりそうか。なにも、何もかもを背負い込む必要はない。したいことをすればいいのだがそれすらもわからないのか。まぁ無理もない。君たちがいいのであればダレンの手伝いをしてくれないか。それが、君たちが元の世界の戻る近道になるかも知れん」
「そうします。一真はどうする?僕はクラムさんについていくけど」
「馬鹿野郎。お前が行くところにはおれも付いていく。それが小学校の時に結んだ契だっただろ」
よかった。一真が付いてこないって言ったら力ずくでもつれて行かなければいけなかった。
ちなみに彼が言っていた『契』というのは、小学校の頃に僕と一真が結んだ約束だ。
どんなことがあろうとも助け合う、というものだ。
古いものをひっぱって来て。一真のやつ。
「で、具体的に何をすればいいんですか?」
「それは私ではなく、そこにいるダレンに聞いてくれ」
僕たちが話している間ずっと壁にもたれかかって話を聞いていた、ダレンがこちらに向かって歩いてきた。
「君たちはこれから私とあるところに行って調べ物をしてもらう。多少の危険が伴うのだが、それでも私と共に来るかい?」
「もちろんついていきます。ここにいつまでもいても状況は良くならないことはわかります。それならば、外に出て情報を集めたほうが可能性があります。それに危険が伴うのであれば、すべて打ち払って見せますよ」
「勇敢ことだな。ではわが宮殿守護隊長のクラムJダレンに命ずる。責任をもって彼ら二人を無事元の世界に送り届けることに尽力せよ」
「は。すべては我が体に流れるクラム家の血とこのアーガルメイルの五大神獣の名のもとに」
と言いながら指を額に付けた。
何かの儀式なのだろう。僕たちはそれを黙って見届けた。
一分程するとクラムさんは目を開け、額から指を離した。
「では行くがよい。自らが進むべき場所へと」
フライスさんがそういった後、僕はクラムさんに手をひかれ、宮殿を出た。
だけどフライスさんの最期の言葉が引っかかる。
確かに僕たちはどこかに行くのだけれども、それならば進むべき場所ではなくて、進むべき道なのではないだろうか。僕は首をかしげながら二人と一緒にメインストリートを歩く。
以前のように怖がられることはなく、こちらを見て朗らかに笑っている。なぜか悪い気はしない。それもそうか、ぼくは、人の笑顔を見ることが何よりも好きだったのだから。
「クラ、じゃなかった。ダレン。おれたち、これからどこに行くんだ?」
「この草原を一時間ほど行ったところにある、『鬼谷の洞穴』という洞窟だ」
「で、そこに何があるんだ?いくら宮殿守護隊長とか言う、上の位にいるからといってなにもない洞窟に行くほど暇じゃないだろ」
「そうか、砕萩くんは、途中で寝てしまったのか。覇蛾君には話したんだけど。まあいいか、掻い摘んで話そうか。十七前に起こった『黒龍討伐戦』に登場した史上最悪の生物。その名を『黒龍デスフォウル』ある道を外した魔術師が生み出した怪物ですべてを破壊しつくす悪神として、今も語り継がれている」
「でも今はもう居ないんですよね。話の筋からしてその討伐で倒されたんですよね」
「そうだな。もう居ない、という意味では確かにあっているな。だが倒されて死んだわけではないな」
「どういう意味だよ、それ。居ないのに生きてるって」
「一真と同意見です。クラムさん、どういう意味ですか?」
「よし、時間もあるし話してやろう。黒幕だったデスフォウルはただの怪物でしかなかったんだ。要するにアレは暴れることしかしない生き物で、討伐は簡単だと思われていたんだ。だけど予想外の人物が敵として現れたんだ。その人物の名は討伐隊の中にいた『アスーラJリュウ』という魔術師だった。彼は攻撃魔術にたけていたため討伐隊に参加して前線で戦う筈だった。だがデスフォウルが現れた時に彼はデスフォウルとともに逃げたんだ。つまり討伐隊から見たら裏切られたんだろう。混乱した討伐隊に、総攻撃を開始したのがデスフォウル、もといアスーラ率いるガーディアンの大群だった。その時点で討伐戦ではなく殲滅戦になっていたんだろうな。ごった返した戦場をまとめて、デスフォウルを倒せる目前まで追い込んだ人物が私がお仕えしているお方。フライス・ローレライ様だ。彼はある一人の女魔術師と協力して、討伐隊をまとめデスフォウルを身動きとれなくした。そこで彼はデスフォウルを倒すことが不可能だと確信し、魔術師が提案した封印策をとることになった」
「ちょっと待って下さいよ。話が飛躍しすぎて、理解できないんですけど」
「そうだろうが、君たちに本格的に話をすると魔術の話もしないといけないだろ。この世界の住人でもない君たちが、すぐに魔術が使えるわけがないだろ。それに魔術というものは、ややこしくて鬱陶しいだけなんだ。とりあえず今は、不思議な力とだけしか説明できない。でなければ、一日話しっぱなしということになるぞ」
「う、それは困るな。僕たちにとって関係のない話にはできるだけ避ける方向でお願いしますね。では続きをどうぞ」
僕の言葉に納得したかのように、こくこくと頷いてクラムさんは話を再開した。
「その封印策は、魔力でデスフォウルの肉体を縛り付けるという荒業だった。勿論それには術者に相当の負担がかかるし、それなりの条件があったらしい。今その現場の話を知っているのは、最高管理者と、フライス様、そして、その場にいた敵側の人物だけだ」
「ちょっと待って下さいね。封印したのが、その魔術師なんだったらそのひとも、その状況を知っているんじゃないですか?」
「そこなんだよ。その魔術師はのちに真っ白い服装をしていたのとその正義しか行わないことから、『白の魔術師』と呼ばれ崇められたんだ」
「崇められた、だって。じゃあそのま、魔術師ってやつはもう…」
途中、噛みながらも、一審は必死で話に参加しようとしていた。
「はい。白の魔術師はすでにこの世にはいません。何でも貯蔵量以上の魔力を使用したことが原因で肉体が消滅してしまったらしい。これは、フライス様が漏らしたものだ」
「死んでいるものからは何も聞くことはできなかったと。ということは、貯蔵量以上の魔力を使ったってことはそれが荒業の封印っていうことですか」
「そうなるな。でもその命をかけた封印のおかげで今はこの通り。平和な世の中が続いているのだが…」
なぜか急に言葉を切って空を見るダレン青年。その目線の先には。
この寒い中にゆらゆらと揺れる蜃気楼。このことだけでも十分異常なことなのに、その異常の中に人がいた。蜃気楼に揺られて輪郭だけがボンヤリと見える。
どこかで見覚えがある黒のロングコート。
風に 乗れ。
「Ride on a wind.」
わずかな言葉が聞こえた直後、ヒュッと横で風が通り過ぎる。
そして突風。見れば後ろにはクラムさんの姿はなく。
蜃気楼に向かって疾走している人物がいた。
「あ、待て!」
ぐっと足の裏で地面を思いっきり掴み蹴る。それだけの動作で、猛烈な加速を得る僕の体。
顔をすり抜けていく風がまるで刃物のように感じる。それだけやっても、クラムさんとの距離は一向に縮まらず。また同時に蜃気楼との距離も縮まらなかった。
「なんだ?あそこ。空気が、歪んでいる」
そのことでやっと過剰な運動で、沸騰しかけた脳が稼働し始めた。
いくら走ってもあそこにはたどり着けなくて、風景の変化もない。これは何らかのトラップにはまったと見える。
「でもそれからどうやって抜け出そう。一度かかった以上自力で抜け出すのは至難の業だ。いや待て。あれは視覚のみで認識されるのだから…」
数秒後には最適な結果を出す僕の頭がはじき出した結果、僕は目を閉じた。
通常、瞼を閉じれば真っ暗な世界に覆われ何も見えなくなる。
それが人間の構造だ。当り前のことであり、当然なことでもある。
だが、僕の脳内ではあり得ないことをしでかした。
視界が開けあらゆる方向からの視点で見た、映像が流れ込んできた。
反射的に目を開けてしまった。するとどうだ。視点が通常の物に戻り、いつも通りの映像を脳内に供給し続けている。
「さ、さっきの、は一体…」
と記憶をたどる、それがまずかったのか、脳が完全にショートした。
勢いよく口の中、胃から吐瀉物があふれてきた。
行き場を失った吐瀉物は仕方がないかのように、口からこぼれおちる。
こんな時に、朝飯食べてなくてよかったと思う。
「一真…クラ、ムさ、んを、とめて、く、れ」
やっとの思いで出した声はかすれきっていて、ほとんど呟きにしかならなかっただろう。
だけど、彼、砕萩一真はしっかり聞きとって、大声でクラムさんを呼び止めた。
「ダレン!!戻って来い!猟が」
馬鹿の大声は草原に響き渡り、無論ダレン青年にも届いた。
ただ事ではない、一審の叫び声に、われに戻ったクラムさんは、踵を返してこちらに走り寄ってきた。
ゲホッ、ゲホッとえづく僕の横に一真とクラムさんが膝をついた。
「覇蛾君、一体どうしたんだ」
「猟!大丈夫か。なにが起こったんだ?」
二人ともすごい剣幕でこちらをじっと見つめる。
「別に外傷もないし、大丈夫だ。ただ、クラムさん。あの男を追うのは、やめてください。あれは実体ではありません。おそらく幻か何か。そのたぐいのものでしょう」
「猟、何を言い出すんだ。どう見たってあれは、俺たちをこの世界に連れてきた馬鹿野郎だぞ」
「この馬鹿野郎。そんな大事をやってのける奴がノコノコと僕たちの前にあらわれるものか。なにが目的かは知らないが、ふざけた真似してくれやがる。僕たちを舐めているにも程がある」
「そうか。幻ね。だから追いつけなかったのか。私はてっきりあいつが移動魔術でも使っているのかと」
「あいつ、ということは、貴方あの男のことを知っていますね。そうですね。当てて見せましょうか?」
「当てて見せるだと?いいから誰なんだよ。ダレンも猟も。どっちでもいいから早く、教えてくれ」
「アスーラ」
「Jリュウ」
僕とクラムさんは同じことを言った。そう。あの影、そして僕たちをこのアーガルメイルという国、異世界に連れてきた張本人。そして。
十七年前にこの国を荒らした人物。
「何でそんなことがわかるんだよ。お前、もしかして俺たちがここにいる理由がわかったのか?」
「そんなわけはないだろう。まだ断片的にしか分かっていない。ま、それもさっきの話の続きを聞けばあらかたわかるはずだな」
パンパンと足についた土を払って、歩き始める。
「では、ダレンさん、続きを」
「よし、続きだ。この世界は平和なんだが、少しずつ黒く染まっていっている。世界各地で怪しげな影が動いているって話だ。この影とは、十七年前にアスーラの配下だった『ガーディアン』と呼ばれる怪物で、いたるところに出没しているそうだ。このガーディアンに関してはまるで情報がなく、ただ、鎧を着ている、という点しか分かっていない。捕獲しようと何度も試みたがなんせ強いのでな。ほらわかるだろ」
「生け取りが極めて困難と」
「そういうこと。倒してみた後にも白い粉しか出てこないという変なもので、正体がつかめない。おそらく、魔術による使い魔といったところか。そしてそれらを裏で操作している、黒幕こそが」
「アスーラ、ということですね。なるほど。彼の目的はデスフォウルの復活ですね」
「覇蛾君。君は頭の回転が速いね。あたり。まだ勝手な推測だから確実ではないけど恐らくそんなところだろう。とここが私たちの目的地」
「鬼谷の」
「洞穴か。なんだか不気味なところだな。生暖かい風が出てるし。気持悪」
「これは一週間前に山崩れによってできた洞窟で最深部までには誰も入っていない。というのも、途中でガーディアンと遭遇して、調査どころじゃなくなったんだ。それからは、進入禁止となったんだが…」
と言いながらもずんずんと洞窟に入っていく、怖いもの知らずのクラムさん。
あ―――。もう姿が見えないよ。
「おい、こら待てって…」
おいおい。一真君までどこ行くんですか。
ふと後ろから、殺気を感じて振り返る。そこにはいまだに揺れている蜃気楼があった。
「ちょ―――――。待ってくれ!」
急に背筋を凍らせるような悪寒を感じて、一目散に鬼の体内へとはいって行った。
中は案外広く、左右には松明がつけてあった。おそらく以前は言った調査隊が置いたものだろう。それをクラムさんが再び火をともしたのだろう。
カツカツと、靴が地面とこすれて嫌な音を奏でる。
僕は少し早足で、クラムさんと一真を追いかけた。
しばらく行くと松明がなくなり、真っ暗な闇が続いていた。そうか、ここであの鎧に襲われたのか。
僕は丁寧に一本の松明を左手に持ち、明かりを頼りに着実に足を進める。
しかし一向に二人との距離は縮まらず、僕一人だけでこの暗い洞窟を進む羽目になっている。
キン。という短い音。靴が地面とすれる音でも、耳元で燃えさかえる松明の音でもない。
聞き覚えのある音。それは金属と金属がぶつかり合う音であり。
そんな音、通常ではあまり聞かないだろう。ましてやこの洞窟内で、だ。
考えられる要因はただ一つ。
この奥で、あの二人が戦闘をしているということだ。
僕は走ってこの洞窟を進む。幸い先ほどの音以来、金属音はしない。
戦闘が終了したのか、はたまた緊迫状態になったのか。
どっちでもいい。ただ僕は一心不乱に走り続ける。
だが唐突に奴は現れた。
目の前に急に現れた鎧はこちらを睨みつけてきた。だけど僕は最大スピードで走っているのだ、急には止まれない。かといってもこのまま行けば、おそらく串刺しだろう。それを回避するために僕は力の限り、目の前にいる物体に向かって、松明を投げつけた。
見事顔面に直撃し、ボウッと燃え盛った。
そのすきに僕は鎧の右側を突破し、急ブレーキをかける。砂埃を立てながら停止する。
刀の柄に手をやり、身構える。すると背後から肩を叩かれた。それにあわてた僕は、爽雷を引き抜く。
振りかざして一気に叩き切ろうとして、その相手が一真だとわかって寸前のところで刃を停止させる。
「なんだ、猟か。またあいつかと思ったぜ。気をつけろよ。まだいるかも知れねぇ。あいつら後ろから襲ってきやがる」
「何だ、はこっちの台詞だ。第一敵かもしれない奴の肩をたたくなんて前は馬鹿か」
「いや、知っているからこそ声をかけたんだろ?砕萩君」
「ダレンは黙ってろ。一度でいいからそんな台詞を言ってみたかったんだよ。ま、敵がまだいるかもしれないってのは、事実だけどな。とりあえず全員で背中を守りあえ。敵に背を向けるな。その瞬間、切られるぞ」
「さすがは砕萩君。戦い方っていうのを知っている。じゃあご褒美にこの付近にいる敵の数を教えてあげよう。ざっと数えて五、六体ってとこ」
「多いな。よし、やられる前にやれ、だ。猟!ダレン!」
背中を守りあえといった言葉はどこにいったのか。
いつも通りのセリフを言って、一真は飛び出した。
「砕萩君ってもう居ない。じゃ、覇蛾君も気をつけて。何かあったら呼んでくれ。近くにいると―――」
クラムさんも飛び出して行ってしまった。
一人取り残された僕は、どうすることもできずただ立ち尽くすことしかできなかった。
のだが。あいつらはその瞬間を狙っていやがった。
真正面から振り下ろされた刀は虚しくも空気を切った。
無論、僕の刀ではなくあいつらの凶器が、だ。
不意打ちをみすみす食らうほど。
「僕は、甘くない」
そして距離をとる。気配は二つある。さすがに刀一本で二人からの攻撃は防げない。
ザッと土を蹴る音がする。二つの気配のうち一つが自分の方に向かってくる。
僕は刀を構える。といっても切り払えるように切っ先を地面に向け体を右にねじる。
目の前には黒い影。敵だ。
黒い獲物が単純に上から振るい下ろされた。
僕の脳天を狙った一撃。
すっと後ろに一歩下がる。最小限の動きだ。
切っ先は僕には当たらない。代わりに地面を削る。
僕は相手の死角である左側面に回り込む。
敵はまるで読んでいたかのように刀を横一文字に振るった。
それを僕はかがんで躱す。そして膝の裏めがけて刀を振りぬいた。
そこは膝を曲げるためのジョイントであるため鉄ではない。
刀はまるでバターでも切るように膝から下を切断した。
鎧姿のガーディアンは呻き声さえ立てずに無言で倒れこむ。
しかしそれでも僕を倒そうと刀を振り回す。
振り回すといっても倒れているその姿勢からでは攻撃範囲もパターンも限られているため回避はたやすい。
僕は飛んできた切っ先を身を引いて避ける。そして隙だらけの右胸部を串刺しにする。
鎧の固い感触のすぐあとに柔らかい肉のような感触を刀から感じた。
それが気持ち悪く、僕はすぐに刀を抜いた。刀には何も付着していない。
ガシャリという音をたてて刀を握っていた腕が力を無くしたように落ちる。
それを再起不能と確信しもう一つの気配を探す。
驚いたことに先ほどの位置から動いていなかった。
僕を侮っていたのか、それとも僕の実力がわからなかったからこそ一人をかませ犬としてつかって自分は高みの見物としたのか。
しかしそんなこと僕には関係ない。
あちらが出てくる気がないのならばこちらから行くまでだ。
靴のつま先が固い土を蹴る。
昔何度も練習したスタートダッシュのように。
風が服にあたり速度が制限される。それでも地面をける足の力は弱まらない。
目の前に気配が一つ、それはすでに視覚でも確認できた。
先ほどの鎧と寸分違わぬ大きさの鎧が目の前にいる。
右側から風を切って何かが飛来する。
それは黒い刀で、僕を狙った不意打ちだった。
首を左にひねって回避しようとしたが切っ先が右頬をかすった。
かすかな鮮血が顔を流れる。
刀は持ち主の前で僕に圧力をかけるように切っ先を僕に向ける。
僕は敵の刀の攻撃範囲ギリギリ外で様子を見る。
動きはない。あくまで僕の動きをみるというのか。
ならば僕も容赦はしない。
刀を強く握って構えなおす。
構えは正眼。相手もおなじ。
一歩前に出る。
それは何気なく出た行動。特に意味はなかった。
ただ距離を詰めるという結果につながっただけだ。
再び一歩。これで双方、攻撃できるというところまで距離が詰まった。
しかし僕はまだ動かない。ここではまだ敵に致命傷を与えることはできないからだ。
また一歩。
ここまで来たらもう攻撃されてもおかしくない。
でも僕は動かない。無論敵の動きもない。
思惑はあった。アレは僕が動かないかぎり、攻撃してこない。
さらに一歩。自信を持った前進である。
予想どおり敵は動かない。
ダメ出しの一歩。
もう腕を上げれば当たってしまう距離。
それでも動かない。無論僕も動かない。
このまま後ろを取ってもいいのだが、もしかしたらそれを待っていて不意を打つのかもしれない。
見れば鎧の方がカタカタと震えているように見えた。
そろそろ限界かな?僕はそう思い刀を強く握りしめた。
カチャリという音と同時に黒い刀が振り下ろされた。
さっきまで頭上で静止していた刀がぼくの脳天をめがけて落ちてきたのだ。
読みどおり。まさに術中にはまってくれたのだ。
僕は左によけて半身になる。そのまま振り下ろされた刀を握り締めた手を刀で切りつけた。
ちょうど手首のあたりにあたってそのまま切断した。
かたりとあっけない音をたてて黒い獲物が地面に落ちる。
これで、、、詰みだ。
僕は鎧の腹部あたりに突撃する。
衝撃で転倒しようとした鎧の動きが不自然な格好で止まる。
倒れもしない。またそれと同時にたってもいない。
なぜなら鎧の腹部には深々と爽雷が貫通していたからだ。
器用に抜けない刀のせいで倒れない。
鎧は右手で僕の爽雷をつかんだ。
僕はその左手に力が入るより先に刀を抜いた。
鎧はそのまま倒れこむ。
刀が地面に落ちる。僕はそれを見逃さなかった。
左足で刀を踏み体重をかける。そして首元の鎧の隙間に刀を突き入れた。
今回は先ほどのように肉の感触はしなかったが、それでも気持ち悪くなりすぐに刀を抜いた。
そのままにしていくのが嫌になり、ブンッと払い、何かを振りほどいた。
「無事か、猟。ま、死んではないよな。そう簡単には死なないよね」
「砕萩君、こちらは片付いたよっと。気配がすべて消えたか。覇蛾君も頑張ったようだね」
「二人とも当然のようにいなくなるのをやめてくれ。いきなり一人にされると困るよ」
カランと落ちていた松明をクラムさんが拾い上げ、先に進もうと手を振った。
再び、洞窟の奥へと進んでいく。先ほどとは違い今回は三人だ。
「もう当分戦闘はないだろう。さっきから気配が見当たらないし、最深部も近い。少し急ごうか。先ほどの戦闘も含めてこの洞窟自体が脆くなっているな」
「脆くとは、この洞窟全体が、ですか?」
それならば大事件だ。ここで生き埋めになったら…。
「マジかよ。嫌だぜ俺。こんなところで過ごすなんて」
「そんなのこの中のみんなが思っていることだ。いちいちうるさいな、お前は」
「うるせぇ。それが俺なんだよ」
なんだ?道が広く…。
「ここは、なんだ」
「ここが終点のようだな。明かりは、これか。おぉすげぇ。光が灯って、灯っ、て…てあれは」
ホールのように広い場所には尋常じゃないようなサイズの、怪物がいた。
「あれ、一応ガーディアンなのかな」
「俺に聞くな。おい。ダレン。あれはさっきのと同じ鎧か?」
一審がクラムさんに声をかけても、彼はある一点しか見ていなかった。それは、巨大な四本足のクラゲのような生物のさらに奥。テクテクと歩いてくる一匹の動物。
見たところ狐のようだったが、全体的に体が青っぽく、尻尾が体の倍はあった。
こちらにきて、チョコンとクラムさんの前に座ってこちらをなめるように見る。
その動作は、まるで犬のよう。しかしそのイメージを吹き飛ばすような行動に出たのは、その犬もどきだった。
ピョンと一飛びで、クラムさんの肩に乗って…。
「こやつらか。ダレン。運命の子と言うのは」
「まだわからんよ。そうかもしれんし、違うかもしれん。だが可能性はある。て話している場合ではなかったな。シド。さっさとここから出るぞ、ここはそう長くは持たん」
「あの―――。もしもし」
「いや、確かにここはもう、まずいかもしれんが、この奥に興味深いものを発見したんだ。後で見てくれ」
「聞いてますか―――?」
「とりあえずあの怪物を何とかしよう。あれがいては調べることもできない」
「よかった。話はわかってくれているようだぞ、一真、じゃ僕たちも手伝おう」
「だけど、どうする?今は幸いなことに、気づかれてはいないが、それまでに作戦を考えないと…」
「小僧が、勝手に仕切るな。なに、儂に任せい。ただそれには少し時間をくれ。ものの五分ほどだ。もってくれよ。くれぐれも倒されないでくれよ」
狐に仕切られるとなぜかやる気をなくすのだが、今は仕方あるまい。
「よし、三人で奴の気をシドから離すぞ。とりあえず、シドを守りながら動きを止める」
と言いながらからげに一歩、また一歩と近づいていく。
とりあえず見たところ、敵はいつものように鎧を着けていないため楽そうだが、あの大きさだなかなか倒れないだろう。とりあえず様子見だ。
と思考していると背後から悪寒に似た冷気が漂ってきた。振り返るまでもない。シドという狐が何かをやっているのだ。本人?が言っているのだから何か作戦があるのだろうと、思い、僕は刀の射程圏内に敵の足を入れる。
全員準備はいいらしく刃をあらわにしている。シュリンと刀を引き抜き力任せに横一文字に振りはらった。
コンマのタイムラグすらない。豪快な一撃だったはずだ。それを防ぐには同質の鉄をもってしても難しいほどの振りぬき。
それが、足の表面で静止している。いくら力を込めても、それ以上刃が進むことはなかった。
何か非物質的なものでコーティングされたクラゲは、僕たちには目もくれず、攻撃されてない足で、シドを踏みつぶそうと叩きつけた。
「いけない!」
そう思った時には体が動いていたが、距離が離れすぎている。いくら自慢の僕の足があっても、あれより早く動くことはできない。
追いつける人物がいるとすれば、それは。風を味方につけているものだけだろう。
もしその人物がこの場にいるとすれば、いればだけども…。
風に 乗れ
「Ride on a wind.」
本日二回目の呪文詠唱。一度目はとっさで識別することはできなかったが、今回はできる。
あの呪文は、いや、あの魔術は風を味方につけ風圧で走り去る、移動魔術。
当然のようにクラゲの足より早くたどりついたクラムさんは、呪文の詠唱を始める。
風よ、来れ。すべてを切り裂き、塵と化せ。 契約に従い、我が命ずる。
「a wind coming. Tear all apart and turn into dust. Self orders in accordance with a contract.
その力を解放せよ。叫ぶその名は、破壊の剛風。
Release the power. the name to cry for Hiroshi of destruction a style.」
クラムさんの相刀、『双牙』から竜巻のような風の塊が飛び出す。
それが足に当たり、クラゲ全体を覆った。
しかし謎のコーティングにより、決定打とはいかないが、それでも足止めはできる。
不意に、空気が重くなりクラゲのまわり、それも竜巻の外にある大岩が宙に浮き始めた。
あのクラゲが何かをしたのか、それは定かではないが、あれはまずいと感じ、それを迎撃しに回った。だが数が多すぎた。
とてもじゃないが迎撃しきれない。一つ、また一つと、真っ二つになって吹き飛んでいくが、それも時間の問題である。
いずれは後ろにいるシドに当たってしまう。
何としてもそれは阻止せねば、唯一の勝機である彼を失うわけにはいかない。
魔力を最大限解放。そのままを維持。封印を緊急解除する。
「It is the maximum release about magic. As the is maintained. Urgent release of the seal is carried out.」
背後でまた違う呪文を詠唱を開始する。だが今回は、クラムさんのものではない。シドによるものだ。
最後の単語を言いきった瞬間に、何かが爆発した。いや、爆散した。言葉では表せないが、強いて言うのであれば氷の粒か、な。
「くそ、一つ抜けた。ダレン、破壊できるか?」
「間に合わん!シグルドッ!」
物体の結合を開始。全行程終了。目標物に対し粉砕作業を開始せよ。
「An objective combination is started. The end of a complete process cycle. Start pulverization work to an object.」
またもや背後で呪文の詠唱をするシド。
しかし今回は攻撃魔術だった。
クラムさんの横を通り過ぎた岩が何かに当たって粉々に吹きとぶ。
その直後に、四つの氷の塊が飛び出してきた。
そのすべてが、クラゲの足に貫通した。
いったい何が起こってと、振り返る。そこにいるのは、クラムさんと。
青い服で、青い短髪で長身の青年だった。
以前のキツネの姿は見えず、その男性がたたずむだけだった。
よく見ればお尻にあの長い尻尾があるではないか。
なるほど。クラムさんの言う通り、魔術とは何でもありか。
と感心しながらも、刀を握る力は緩まない。まだ、あれは活動しているのだ、息の根を止めるにはあれでは足りない。
対象物に着弾を確認。ただちに第二段階に入る。即座に目標を氷結させよ。
「Impact is checked to a subject. It goes into the second step immediately. Freeze a target immediately.」
二回目の呪文詠唱。おそらく能力は『氷結』でそれで敵の動きを無力化しようとしているのだ。
それは成功し、瞬く間にクラゲは氷の塊に覆われた。
クラムさんと一真は刀を納め、それの横を通り過ぎる。
僕もあわてて後を追う。その横を、謎の青年が歩く。
「シグルドだ」
と短いつぶやき。聞き取れたがそれがなんであるかは理解できずにとりあえず、二人のあとを追いかけた。
奥には小さな小部屋があり、中に入れることを確認した僕たちは、そのドアを開けようとした。
その扉に手をかけた瞬間。その横の壁から十体ほどのガーディアンが出てきた。
隠し扉だったのかは知らないが、僕たちは飛びのいて戦闘に備え身構える。
しかし、三人とも衰弱しきっていてとても戦えるような状況ではなかった。
唯一体力を残していた僕だが、十体ものの鎧と相手をするほど僕はつよ、く、ない…。
唐突に意識がとぎれとぎれになった。脳も活動を停止し考えることをやめてしまった。唯一立っているだけだった。脳が機能を停止してしまったら戦うこともできないのに、なぜ。
タン。と右足が一歩前に出る。無意識。
カチャリと再び刀を握りなおす。これも無意識。
口が何かを言おうとしている。考えることもできないのにどうして…。
光と闇の螺旋よ。それぞれ絡み合い、一つの閃光と化せ。
「light and darkness a spiral . Become entangled, respectively and turn into one glint of light. Darkness
すべてを飲み込む闇と、すべてを包む光。避けることなどできない絶対攻撃。
which understands all, and light which wraps all. The absolute attack that whose it avoids etc. it is impossible.
王の名のもとに命ずる。一筋の光。
The basis of a king's name is ordered. Earnest light.」
知るはずのない言葉、意味、効力。
加えて言うがこれも、無意識だ。
風。風が僕の体を吹き抜ける。体の感覚が敏感になったみたいだ。
生き物の音。風の音。草の音。ありとあらゆる音が耳に吸い込むように入ってくる。
すべての雑念が消えていく。脳内回路が綺麗に、そしてクリアになっていく。
でも、一つだけ。一つの疑問が残る。
『僕は何故ここにいる』
いくら感覚が敏感になろうとも、いくら雑念が消えようとも、いくら脳が活発に動いても…この疑問はわからない。
それで、ここはどこだっけ。
唐突に意識が戻ってくる、見ればガーディアンたちの足元に魔法陣が出ているではないか、白と黒の魔法陣。
人形たちはそこから出ようとした。否、出れるわけなどなかった。
おもちゃのような剣を振りかざしたと同時に、天井まで届く光が、彼らを、飲み込んだ。
僕はその光をじっと見つめて、ふらりと倒れた。
何かが切れたのか、体が一切、動かない。
そして、一真に抱えられた腕の中で、意識を失ってしまった。
強制的に意識が元の世界に引きずり戻ってきた。
目を開けて状況を確認する。見覚えのある部屋。
瞼が重い。どうやら長い間意識を失っていたらしい。
ここには日付やカレンダーすらもないので、どれくらい眠っていたのかがわからない。
そういえばこの部屋には誰もいない。クラムさんも、一真も、あの狐すらもいない。
僕が意識を失っている間に何かあったのだろうか…。
カツン、カツン。靴が廊下を蹴る音が聞こえる。
誰かが来る。誰だろう、ここはクラムさんの部屋の筈だ。一真たちのほかには、来ないだろう。
と言うことは一真たちの可能性が高いというわけだ。
「猟はそろそろ起きたのかな」
この声は一真だな。クラムさんと話しているのかな。
なんだ?クラムさんと一真が話しているだけなのに。とても嫌な気配がする。
「虎徹さん。本当に記憶がないんですか…」
誰だろう。『虎徹さん』って。僕の記憶にはそのような人物の名前はない。
一体僕が気を失っているときに何があったんだろう…。
右目が不意に痛む。こんなことは既に日常茶飯事だ。
カツカツカツン
足音が止まる。僕がいる部屋の前だ。
ガチャリと音を立ててドアが開く。
よう、と言わんばかりに手を挙げる。一真はいつも明るい。
「気分はどうだ?覇蛾君」
クラムさんは僕に在り来りな、言葉をかける。そんな言葉でも、今の僕には嬉しい。
だいぶ楽になった、と答えると、クラムさんは淡々の僕が倒れた後のことを語り始めた…。
クラムさんの話は思っていたより長かった。僕がガーディアンを倒した後は、やつらは現れなくなり小部屋の中を散策し始めたらしい。
そのときに発見したのがボロボロな姿で倒れていた『虎徹 遥』である。
しかも彼女には記憶がないらしい。それにあの洞窟はアスーラの隠れ家であったらしく、彼女も味方とは言い切れないらしい。
それでも、記憶がないということで、行動を共にし始めたらしい……。
「その話が本当なら、アスーラが虎徹さんの記憶を奪ったのか…」
と言いかけたところ隣の虎徹さんに口を封じられて。
「遥でいいわ。それにね、記憶を奪ったのは、そんな変てこな名前のヤツじゃないわ。私が唯一覚えていることはね…」
遥さんは言葉を切った。そして部屋の窓を開けて風を浴びた。長い漆黒の黒髪が風に靡いてた。
「……唯一覚えていることはね。私の記憶を奪って私を殺そうとした人物の名前だけよ」
遥さんの顔が一瞬黒く染まった気がした。
その人物には僕は心当たりがない。そもそもアスーラの仲間の名前など知らない。
ダレンが口を開いてこういった。
「ロー・ブラットですよね。遥さん」
さっき聞いたのだろうかダレンはすらっと名前を出した。
なぜだろうか。虎徹遥の顔が引きつっている。まさかクラムさんにこの話をしていないのか。
一真は未だに状況が理解できずにおどおどしている。いつもそうなんだよな、一真は。
「どこでそれを…私は話した覚えがないんですが」
「私がいる活気あふれたこの町は、三年前。アスーラという男とロー・ブラットという男に壊滅寸前まで追い込まれたことがあるんだ」
ロー・ブラットの名前を出したのは今が初めてだったかなと、付け足す。
「そうか君の故郷にも手を出したのかアイツは…」
その言葉から虎徹さんの故郷がロー・ブラットに手を出されたことを知る。
なんだろうか。さっきから妙な違和感しか感じない。
空気が黒いとでも言おうか…毒を吸っているような気分になる。
「話を変えようぜ。ダレンこの後はどうするんだ?俺達はまだ帰れそうにもないからな」
一真は空気が重くなったことを察して話題を変えた。こういうときには……いや、こういう時だからこそ機転が利くのだろう。
やっと重い空気から明るい空気にかわって、クラムさんが口を開いた。
「そうだな。遥さんのことはすでに、フライム様にも伝えたし。私達はこれから……」




