第8話 初めての進化
【進化を開始しますか?】
【YES/NO】
ルークは迷わなかった。
「もちろん」
意識を【YES】へ向ける。
次の瞬間。
【進化を開始します】
「ぷる?」
プルの身体が淡く光り始めた。
「プル?」
「ぷ、ぷる……?」
プル自身も何が起きているのか分からないらしい。
不安そうに身体を震わせる。
「大丈夫」
ルークはしゃがみ込んだ。
「怖くないよ」
「ぷる……」
その言葉に応えるように。
プルの震えが少しだけ収まった。
光が強くなる。
青い身体が膨らむ。
縮む。
また膨らむ。
そのたびに形が変わっていく。
「おい、ルーク」
父が一歩下がった。
「これは……本当に進化なのか?」
「たぶん」
「たぶん!?」
「僕も初めて見るから!」
「お前が始めたんだろうが!」
「そうだけど!」
そんなやり取りをしている間にも。
プルの変化は続いていた。
やがて。
光が一気に弾けた。
「っ……!」
ルークが目を細める。
そして。
光が消える。
そこにいたのは。
青いスライムだった。
「…………」
「…………」
ルークと父が黙る。
「ぷる?」
プルが身体を傾けた。
「…………プル?」
「ぷる!」
間違いない。
プルだ。
「父さん」
「なんだ」
「変わった?」
「…………少しデカくなった」
「だよね」
以前より一回り大きい。
青い身体は透明度が増し、内部に淡い光が流れているようにも見える。
身体の張りも明らかに違う。
だが。
角が生えたわけでもない。
翼が生えたわけでもない。
恐ろしい姿になったわけでもない。
見た目だけなら。
少し立派なスライム。
「…………」
ルークは情報を確認した。
【個体名:プル】
【種族:ハイスライム】
【Lv:1】
【スキル】
【吸収 Lv.2】
【変形 Lv.2】
【硬化 Lv.1】
「ハイスライム……!」
進化している。
間違いなく。
【スライム】から。
【ハイスライム】へ。
「やった……」
実感した瞬間。
胸の奥から喜びが込み上げた。
「やったよ、プル!」
「ぷる!」
ルークが抱き上げようとする。
「うわっ!?」
重い。
持ち上がらない。
「重っ!」
「ぷる!?」
「ちょっと待って! 前より重くなってる!」
「ぷる……」
プルがしぼむ。
「いや、悪い意味じゃないから!」
「ぷぅ……」
「強くなったってことだから!」
「ぷる?」
「たぶん!」
「ぷる!」
機嫌が直った。
父が横で笑っている。
「お前ら、本当に会話できてるのか?」
「なんとなく」
「なんとなくで成立してるのが怖いな」
だが。
ルークが気になったのは別のことだった。
「レベルが……1に戻ってる」
進化前はLv3。
それが。
【Lv:1】
「進化するとレベルが戻るのか……」
「弱くなったのか?」
「分からない」
ルークはプルを見る。
「試してみよう」
まず【変形】。
「プル、あの壁まで伸ばせる?」
洞窟の壁。
距離はおよそ二メートル。
進化前の限界は約一・五メートルだった。
「ぷる!」
シュッ!
「え?」
一瞬だった。
プルの身体が伸び。
壁へ届いている。
「二メートル……」
しかも。
まだ余裕がある。
「もう少しいける?」
「ぷる!」
さらに伸びる。
二・五メートル。
三メートル近くまで伸びたところで止まった。
「倍近い……」
Lv1へ戻った。
それでも。
進化前より遥かに強い。
「つまり……」
ルークの頭が高速で動く。
種族そのものの基礎能力が上がっている。
レベルがリセットされたからといって。
弱くなったわけではない。
むしろ。
「進化前より、ずっと強い」
「ぷる!」
次は。
新しく増えたスキル。
【硬化 Lv.1】
「これだ」
ルークはしゃがみ込む。
「プル。身体を硬くできる?」
「ぷる?」
やはり伝わらない。
「硬く……」
近くに落ちていた石を拾う。
コンコン。
叩いてみせる。
「こんな感じ」
「ぷる……?」
プルが考えている。
身体が震える。
そして。
青い身体の一部が。
わずかに色を濃くした。
「お?」
ルークが指で触れる。
「硬い!」
いつもの弾力ではない。
ゴムのような感触から。
硬い革のような感触へ変わっている。
「これが【硬化】……」
全身ではない。
一部分だけ。
それでも。
ルークはすぐに思いついた。
「プル」
「ぷる?」
「尖らせてみて」
【変形】。
身体の一部が細長く伸びる。
先端を尖らせる。
「その先だけ硬くできる?」
「ぷる……」
プルが集中する。
尖った先端の色が濃くなる。
ルークが触れる。
「…………」
硬い。
ホーンラビットの角を吸収した後とは比べものにならない。
ルークは洞窟の壁を見る。
「プル。あそこを突いてみて」
「ぷる!」
身体を縮める。
そして。
シュッ!
尖った先端が飛び出した。
ガッ!
岩肌へ突き刺さる。
「…………」
小さな欠片が落ちた。
ルークは固まった。
「刺さった……」
父も黙っている。
「父さん」
「見てた」
「岩だよ?」
「見れば分かる」
「刺さった」
「だから見てたって」
数日前。
プルの攻撃手段は。
体当たりだけだった。
それすら。
ホーンラビットにほとんど効かなかった。
それが今。
岩を削った。
「すごい……」
「ぷる!」
プルが得意げに跳ねる。
「これなら――」
その瞬間。
キィィィッ!
洞窟の奥から鳴き声。
「ルーク!」
父が剣を抜く。
三匹。
ケイブバットが飛んでくる。
「増えてる!」
「下がれ!」
父が前へ出ようとする。
だが。
「待って!」
ルークはプルを見た。
試したい。
ハイスライムになったプルが。
実戦でどれほど変わったのか。
「プル」
「ぷる!」
もう震えていない。
「一匹だけやってみよう」
「ぷる!」
「無茶するなよ!」
父が叫ぶ。
一匹目が突っ込んでくる。
速い。
だが。
「プル、右!」
「ぷるっ!」
シュッ!
二方向へ身体が伸びる。
以前より速い。
ケイブバットが避ける。
しかし。
「もう一本!」
「ぷる!」
三本目。
「なっ!?」
父が声を上げる。
三方向。
同時に身体を伸ばしている。
逃げ道を塞ぐ。
「キィ!?」
一本が翼へ巻きついた。
「落として!」
「ぷるっ!」
一気に縮む。
ケイブバットが地面へ叩きつけられる。
「硬化!」
プルの身体が尖る。
先端が濃い青へ変わる。
そして。
シュッ!
「キィ――!」
一撃。
尖った身体が魔物を貫いた。
「…………」
動かない。
ルークも。
父も。
一瞬、言葉を失った。
進化前。
二人で必死になって倒した相手。
何度も攻撃し。
地面へ落とし。
ルークが棒で叩いて。
ようやく倒した。
それを。
今のプルは。
一撃で倒した。
「…………強い」
「ぷる!」
プルが跳ねる。
「本当に強くなってる!」
「ぷるー!」
残る二匹が飛んでくる。
「ルーク、まだいるぞ!」
「分かってる!」
今度は二匹同時。
「プル、いける?」
「ぷる!」
即答。
左右から来る。
「一匹止めて!」
身体が伸びる。
右のケイブバットへ三本。
逃げ道を塞ぐ。
拘束。
同時に左から。
「危ない!」
父が叫ぶ。
だが。
プルの身体の一部が硬化する。
ガッ!
ケイブバットの牙を受け止めた。
「防いだ!?」
そのまま。
身体を変形。
巻きつく。
「二匹とも落として!」
「ぷるるるるっ!」
ドン!
二匹が地面へ叩きつけられる。
一匹目。
硬化した先端。
一撃。
二匹目。
逃げようと翼を広げる。
「逃がさない!」
シュッ!
伸びた身体が翼を捕らえる。
そして。
二撃目。
静かになった。
「…………」
洞窟に。
水滴の音だけが響く。
「プル」
「ぷる?」
「強くなりすぎじゃない?」
「ぷる!」
本人は嬉しそうだ。
ルークも笑った。
たった数日前。
ホーンラビット一匹に殺されかけた。
それが。
三匹のケイブバットを相手に。
ほとんど傷を負っていない。
これが。
進化。
「……なるほど」
ルークの中で。
一つの考えが確信へ変わった。
レベルを上げるだけではない。
進化する。
種族そのものを。
次の段階へ引き上げる。
それこそが。
魔物を強くする最大の方法なのかもしれない。
「お前……」
父が口を開いた。
「何したんだ?」
「進化させた」
「それは見れば分かる」
父が倒れたケイブバットを見る。
「ハイスライムって、こんなに強かったか?」
「え?」
「俺が冒険者だった頃にも何度か見た」
父がプルを見る。
「普通のスライムよりは強い。だが……」
少し間を置く。
「こんな戦い方をするハイスライムは見たことがない」
「…………」
ルークはプルを見る。
「ぷる?」
理由。
思い当たるものはいくつもある。
【吸収 Lv.2】
【変形 Lv.2】
【硬化 Lv.1】
そして。
進化するまでに吸収した三つの素材。
同じハイスライムでも。
育て方によって違う?
「進化する前に何を経験したかも……影響するのかな」
また。
調べたいことが増えた。
「ぷる!」
「楽しそうだな、お前……」
父が呆れていた。
洞窟を出た頃には。
太陽が傾き始めていた。
帰り道。
ルークは何度もプルを見た。
見た目は。
少し大きくなっただけ。
相変わらず青く。
ぷるぷるしている。
「ハイスライムか」
「ぷる!」
最初の進化。
嬉しい。
でも。
これで終わりではない。
プルには十二もの進化候補が表示されていた。
そして。
ハイスライムになった今。
次はどうなる?
ルークは歩きながら。
進化情報へ意識を向けた。
【進化情報を確認します】
表示が切り替わる。
【進化候補:8】
「…………え?」
ルークの足が止まった。
「どうした?」
父が振り返る。
「減った……」
「何が?」
「進化先」
スライムだった時は十二。
ハイスライムになったことで。
八つになっている。
「進化すると、行けなくなる道もある……?」
選んだ進化によって。
未来が変わる。
すべての進化先を通れるわけではない。
一つを選べば。
閉ざされる道がある。
「なるほど……」
進化は。
思っていたよりずっと奥が深い。
ルークは表示をさらに開く。
【進化候補】
【キングスライム】
【条件:???】
【アーマースライム】
【条件:???】
【ポイズンスライム】
【条件:???】
【???】
【条件:???】
その下にも続いている。
八つ。
「キングスライム……」
ルークの目が輝く。
分かりやすい。
ハイスライムの。
さらに上。
そして。
表示の一番下。
他とは違う項目があった。
【???】
名前すら分からない。
条件も。
【条件:???】
何も見えない。
ただ。
なぜか。
その項目だけが。
淡い金色に輝いていた。
「…………」
ルークはしばらく見つめる。
「プル」
「ぷる?」
「まだまだ先があるみたいだよ」
「ぷる!」
ハイスライム。
それは。
プルにとって最初の進化に過ぎない。
キング。
エンペラー。
そして。
まだ誰も知らない進化の先へ。
一人の魔物使いと。
一匹のスライムの育成は。
ここから。
さらに加速していく。




