第7話 進化条件、達成
翌朝。
ルークが目を覚ますと、真っ先に進化情報を確認した。
【ハイスライム】
【条件】
【Lv:???】
【吸収:???】
【変形:達成】
【素材吸収:2/3】
「あと三つ……いや」
ルークはベッドの上のプルを見る。
「たぶん、実質あと二つだね」
「ぷる?」
【吸収:???】
これは、おそらく【吸収 Lv.2】。
そして素材をもう一種類。
残る【Lv:???】も、今のプルはLv2だ。
それほど高いレベルを要求されるとは思えない。
「今日は一気に進めよう」
「ぷる!」
まず取りかかったのは【吸収】だった。
これまでのように、ただ食べさせるだけではない。
ルークには一つ考えがあった。
「吸収って、食事だけに使うスキルじゃないんじゃないかな」
「ぷる?」
プルの前に小さな石を置く。
「これを吸収して」
「ぷる」
ぺたり。
石が身体へ沈む。
「今度は、出せる?」
「…………ぷる?」
やはり難しい。
吸収したものは、そのまま身体の中で消化されてしまう。
「じゃあ……全部溶かさないようにしてみよう」
何度か試す。
木片。
葉。
小石。
木の実。
吸収する。
だが、すぐには取り込まない。
身体の中に留める。
「そう。そのまま!」
「ぷるる……!」
透明な身体の中に、小石が浮かんでいる。
十秒。
二十秒。
三十秒。
「まだ!」
「ぷるるるる……!」
やがて。
【吸収の熟練度が上昇しました】
「やっぱり!」
ただ食べるのではなく。
スキルとして意識して使う。
それによって熟練度の上がり方が違う。
「もう一回!」
「ぷる!」
そこからは早かった。
吸収。
維持。
放出。
失敗。
もう一度。
何十回目か。
プルが木の実を身体へ取り込み。
数秒後。
ぽんっ。
身体の外へ押し出した。
「できた!」
「ぷる!」
その瞬間。
【スキル熟練度が一定値に達しました】
【吸収 Lv.1 → Lv.2】
「よし!」
ルークはすぐ進化情報を開く。
【ハイスライム】
【条件】
【Lv:???】
【吸収:達成】
【変形:達成】
【素材吸収:2/3】
「二つ終わった」
「ぷる!」
残りは。
レベル。
そして最後の素材。
ルークの視線は、自然と村の外れへ向いた。
問題は洞窟だった。
昨日、父から一人で行くなと言われている。
だから。
「父さん」
「駄目だ」
「まだ何も言ってない」
「洞窟だろ」
「……なんで分かったの?」
「お前が朝からあっちばっかり見てるからだ」
父はため息をついた。
「どうしても行きたいのか?」
「うん」
ルークは迷わなかった。
「プルの進化に必要かもしれないんだ」
「ぷる!」
「…………」
父は腕を組む。
「入口から奥には行かない」
「うん」
「危険を感じたらすぐ戻る」
「うん」
「日が高いうちに帰る」
「うん」
「あと俺も行く」
「え?」
「ぷる?」
ルークが目を丸くした。
「いいの?」
「一人で行かせるよりマシだ」
父は納屋から剣を取り出した。
使い込まれた鞘。
農夫になってから滅多に手にしなくなった剣だ。
「久しぶりだな」
小さく呟く。
その横顔だけは。
いつもの父とは少し違って見えた。
古い洞窟は、村から歩いて一時間ほどの場所にあった。
岩肌に開いた黒い穴。
入口付近には雑草が生い茂っている。
「昔はここで鉄鉱石を採ってた」
「今は?」
「もっと質のいい鉱山が見つかって廃れた」
「魔物は?」
「いる」
父が即答する。
「だから離れるなよ」
「分かった」
「ぷる」
洞窟へ入る。
一気に空気が冷たくなった。
「暗い……」
父がランタンを掲げる。
湿った岩肌。
天井から落ちる水滴。
そして。
「プル」
「ぷる?」
プルがいつもと違って見える。
「少し身体が固くなってない?」
触ってみる。
気のせいか。
森にいる時より、表面に張りがある。
『洞窟で見つけた個体は、地上の個体よりも身体表面が硬かった』
先祖の記録を思い出す。
「環境そのものが影響してる……?」
「ルーク」
「なに?」
「研究は後だ」
「あ」
前を歩いていた父が止まっていた。
「いるぞ」
キィィッ。
暗闇から。
何かが飛び出した。
「ケイブバット!」
大きなコウモリ型の魔物。
一匹。
二匹。
「二匹いる」
「下がってろ」
父が剣を抜く。
だが。
「待って」
ルークはプルを見る。
「一匹だけ、僕たちにやらせて」
「は?」
「プルのレベルを上げたい」
「いやいやいや」
「危なくなったら助けて」
「…………」
父が頭を抱えた。
「お前、誰に似たんだ」
「父さんじゃない?」
「絶対違う」
一匹が飛び込んでくる。
「来るよ、プル!」
「ぷる!」
速い。
ホーンラビットとは違う。
空から攻撃してくる。
「避けて!」
プルが横へ跳ねる。
ケイブバットが通過する。
「今!」
プルの身体が伸びる。
だが。
空振り。
「届かない!」
一・五メートル。
【変形 Lv.2】になっても。
飛んでいる相手には足りない。
ケイブバットが旋回する。
「キィィ!」
再び突進。
「プル、待って!」
「ぷる?」
「来るまで動かない!」
距離が縮まる。
三メートル。
二メートル。
一メートル。
「今!」
シュッ!
プルの身体が二方向へ伸びた。
片方は避けられる。
だが。
もう片方。
「キィッ!?」
翼へ絡みついた。
「落とせ!」
「ぷるるるっ!」
プルが身体を縮める。
地面へ引きずり落とす。
「そのまま!」
ルークが棒を構えて走る。
ゴッ!
一撃。
まだ動く。
ケイブバットが噛みつこうとする。
その顔へ。
シュッ。
プルの尖らせた身体が突き出された。
「キィッ!」
浅い。
それでも怯んだ。
「もう一回!」
ルークが棒を振り下ろす。
ケイブバットが動かなくなった。
「…………」
少し離れた場所で。
父が剣を構えたまま固まっていた。
「父さん?」
「いや……」
倒れた魔物。
プル。
ルーク。
順番に見る。
「数日前までスライムだったよな?」
「今もスライムだよ」
「そういう意味じゃない」
父は何とも言えない顔をしていた。
「魔物使いって、こういう戦い方する職業だったか……?」
ルークにも分からない。
ただ。
「プルが頑張ったから」
「ぷる!」
それだけは間違いなかった。
【ケイブバットを討伐しました】
【経験値を獲得しました】
【プルのレベルが上昇しました】
【Lv:2 → Lv:3】
「上がった!」
進化情報を開く。
【ハイスライム】
【条件】
【Lv:達成】
【吸収:達成】
【変形:達成】
【素材吸収:2/3】
「……Lv3だったんだ」
残る条件。
一つ。
【素材吸収:2/3】
「あと素材だけ」
その時だった。
「ルーク」
父の声。
「こっち来てみろ」
洞窟の壁。
ランタンの光を受けて。
わずかに青白く光る石が露出していた。
「これ……?」
「昔、この辺りで時々採れた鉱石だ」
父が剣の柄で軽く叩く。
小さな欠片が落ちる。
「鉄鉱石じゃないの?」
「違う。屑石扱いされてたやつだ」
「なんで?」
「加工しにくいんだ。硬いくせに、熱すると妙に柔らかくなる」
「硬いのに……柔らかくなる?」
ルークの目が細くなる。
硬さ。
柔軟性。
形を変える。
プルに。
どこか似ている。
「プル」
「ぷる?」
小さな欠片を拾う。
「これ、試してみよう」
「ぷる!」
プルが触れる。
青白い鉱石が。
ゆっくりと身体へ沈んでいく。
一秒。
二秒。
三秒。
【特定素材の吸収を確認しました】
「……!」
【進化条件の一部を満たしました】
ルークの鼓動が跳ねる。
「来た……!」
進化情報を開く。
【ハイスライム】
【条件】
【Lv:達成】
【吸収:達成】
【変形:達成】
【素材吸収:3/3】
すべて。
埋まった。
「全部……達成した」
「ぷる?」
その直後。
今まで見たことのない表示が浮かぶ。
【進化条件をすべて満たしました】
【個体名:プル】
【スライム → ハイスライム】
【進化可能】
「…………」
ルークは息を止めた。
ついに。
最弱のスライムだったプルが。
初めて。
次の姿へ進める。
「プル」
「ぷる?」
ルークはしゃがみ込んだ。
「進化できるよ」
「ぷる?」
まだ意味は分かっていない。
それでも。
ルークが嬉しそうなのが伝わったのだろう。
「ぷる!」
プルも嬉しそうに跳ねた。
ルークの目の前には。
一つの問いが浮かんでいた。
【進化を開始しますか?】
【YES/NO】
ルークは。
迷わず――。




