第70話「最弱の戦い方」
二匹のデザートビートルは、砂を押し分けながらこちらへ近づいていた。
先ほどまでプルが群れを押さえていたせいか、周囲には何本もの溝が残っている。乾いた砂の下には少し固い地面があり、甲虫たちはそこへ脚を食い込ませながら、迷いなくルークたちの方へ向かってきた。
「今度は僕も入る」
杖を握り直したルークの横で、サーヴァが砂へ身体を沈める。
その様子を見ていたレイは前へ出なかった。イズナも岩陰から動かず、ソラは上空へ戻っている。プルだけが心配そうにルークの足元へ寄ったが、触手を伸ばしかけたところで止められた。
「危なくなった時だけお願い。最初から助けたら、何が出来るか分からないから」
「ぷる……」
納得はしていないらしい。
それでもプルは半歩ほど下がった。
ルークは少しだけ笑い、それから迫ってくる二匹へ視線を戻した。
先頭の個体が速度を上げた。
デザートビートルは複雑な攻撃をする魔物ではない。硬い甲殻と大顎を活かし、真正面から押し潰すように突っ込んでくる。
だからこそ、動きは読みやすかった。
「右から来る」
呟きながらルークは身体をずらした。
ビートルの頭がわずかに傾く。こちらの移動に合わせ、進路を修正しようとした瞬間、その足元の砂が小さく盛り上がった。
サーヴァだ。
先ほどと同じように後脚へ巻きつくつもりなのだろう。
「待って、そこだと――」
言い終える前に、小さな身体が砂から飛び出した。
サーヴァは右後脚へ巻きついたものの、今度のビートルはさっきより一回り大きい。脚を一本取られても止まらず、そのまま地面を蹴った。
細い身体が砂の上を引きずられる。
「サーヴァ!」
ルークが横から杖を差し込み、ビートルの顎を押し流した。
正面から受け止めず、勢いだけを横へ逃がす。狙い通り進路は逸れたが、巻きついたままのサーヴァまで振り回され、砂の上を二度転がった。
プルの触手が飛ぶ。
「まだ!」
思わず声を上げる。
だが、サーヴァ自身が先に離れた。
砂へ逃げ込み、すぐに姿を消す。
ルークは一瞬ほっとしたものの、次の瞬間には二匹目が迫っていた。こちらへ集中している余裕はない。
一歩下がりながら投石紐へ石を乗せる。
頭ではなく、前脚の手前。
放った石が砂を弾くと、ビートルが反射的に進路を変えた。
そこへ杖を低く払う。
甲殻を叩いても大した傷にはならない。狙ったのは、持ち上がった前脚の関節だった。
鈍い感触。
ビートルの身体がわずかに沈む。
「今なら……!」
ルークは追撃しようとして、足を止めた。
サーヴァがいない。
いや。
砂の下にはいる。
けれど、どこへ向かっているのかまでは分からない。
「サーヴァ、こっち!」
呼んでみる。
反応はなかった。
砂の盛り上がりは、ルークが指した方向とは全く違う場所を進んでいく。
「……聞いてないな」
少し離れた場所で、レイが鼻を鳴らした。
「仲間じゃないからな」
分かっている。
名前を呼べば振り向くようにはなった。
一緒に歩くようにもなった。
それでも。
命令に従う理由はない。
ルークが勝手に訓練へ参加させようとしているだけだった。
一匹目が再び向きを変える。
その時、砂の中を進んでいたサーヴァが前脚のすぐ近くから顔を出した。
噛みつく。
やはり甲殻には通らない。
ビートルが脚を振り上げる。
サーヴァは慌てて潜ったが、逃げる方向が悪かった。
振り下ろされた脚が砂へ刺さる。
すぐ横。
小さな身体が半分だけ地上へ弾き出された。
「危ない!」
今度はプルを止めなかった。
青い触手が伸び、サーヴァを素早くさらう。次の瞬間、ビートルの顎が同じ場所を噛み砕き、砂が大きく跳ねた。
プルはそのままサーヴァをルークの横まで運んだ。
「ぷるるっ!」
かなり怒っている。
サーヴァは触手の中でもがき、抜け出そうとしていた。
「プル、下ろしてあげて」
「ぷる!」
拒否された。
「気持ちは分かるけど」
もう一度頼むと、しぶしぶ触手が地面へ下がった。
自由になったサーヴァは、すぐにプルから距離を取る。助けてもらったことより、捕まえられたことの方が不満らしく、頭を少し高く上げてプルを見ていた。
「ぷる?」
プルは首を傾げるように身体を傾ける。
ルークは思わず苦笑した。
どうやらサーヴァは、守られること自体があまり好きではないらしい。
二匹のデザートビートルはレイが追い払った。
戦闘というほどのものではなかった。
一匹の前へ立ち、突進を軽く避けて横腹へ前脚を当てる。それだけで甲虫は砂の上へ転がり、もう一匹はまともに攻撃する前に向きを変えた。
レイは逃げる二匹を追わず、戻ってくる。
「今のは駄目だな」
「うん」
ルークも反論しなかった。
サーヴァに出来ることを探すつもりだったのに、自分の考えた通りに動かそうとしていた。
巻きつけば止められる。
そう考えた。
でも。
実際には力が足りない。
咬撃も通らない。
そのうえルークの指示にも従わない。
「思ってたより難しい」
「当たり前だ」
レイは砂に半分潜ったサーヴァを見る。
「そいつはお前の戦い方なんか知らん」
「……そうだね」
「お前もそいつの戦い方を知らん」
そちらの方が。
大きかった。
昼までの間。
ルークはサーヴァへ何も指示しなかった。
代わりに、何をするのかを見ることにした。
デザートビートルの群れから一匹だけ離れた個体へ石を投げ、こちらへ誘導する。倒す役目はルーク自身が担当し、レイたちは周囲の警戒だけに回った。
一匹目。
サーヴァはすぐに砂へ潜り、後脚へ巻きつこうとした。
失敗。
二匹目。
今度は正面から顔を出して噛みつこうとし、大顎に追われて逃げた。
三匹目では少し変わった。
ビートルがルークへ向かって走る途中、砂の下を横切ったサーヴァが前脚の真下を掘り抜いた。
ほんの小さなくぼみだった。
けれど。
体重をかけた脚が沈む。
ビートルの身体が前へ傾いた。
ルークは反射的に踏み込む。
杖を顎の横へ当て、さらに体勢を崩す。
完全に倒れたところで。
柔らかい腹部へ一撃。
デザートビートルはしばらく脚をばたつかせていたが、やがて戦意を失い、そのまま逃げていった。
「……今のだ」
ルークは倒すことより、足元を見ていた。
サーヴァも砂から顔を出す。
「巻きつかなくていいんだ」
細い身体で力比べをする必要はない。
硬い甲殻を噛み砕く必要もない。
【潜砂】がある。
敵が踏み込む場所を知ることが出来る。
そこを少し崩すだけなら。
今のサーヴァにも出来る。
次の一匹では、ルークの方が失敗した。
サーヴァが砂の下へ入ったのを見て、きっと右前脚を狙うと思い込んだ。そこへ敵を誘導しようとした結果、サーヴァは反対側から飛び出し、二匹の動きが完全に噛み合わなくなる。
危険になるほどではなかったものの、ビートルはその隙に逃げていった。
「……違ったか」
レイが少し離れた場所から言う。
「お前、また勝手に決めたな」
「はい」
何も言い返せない。
サーヴァは砂から頭を出し、逃げていく獲物を見ている。
少し。
悔しそうに見えた。
もちろん、本当にそうなのかは分からない。
けれど次の獲物が近づいた時、逃げずに砂へ潜った。
午後になる頃には、やり方が少し変わっていた。
ルークはサーヴァへ細かな指示を出さない。
敵の視線を自分へ向ける。
投石で走る方向をずらす。
杖で正面から受けず、速度を落とす。
そこから先は。
砂の下に任せる。
四匹目。
前脚が沈む。
ルークが横へ流す。
五匹目。
今度は後脚側の砂が崩れ、方向転換に失敗する。
六匹目では。
サーヴァ自身がわざと一度姿を見せた。
デザートビートルが小さな蛇へ向きを変える。
すぐ潜る。
追ってきた相手は、そのままルークの前へ。
「それもありなんだ」
杖を低く構える。
突進を流す。
足を払う。
倒れた。
サーヴァがすぐ近くから頭を出す。
ルークは思わず笑った。
「僕を使った?」
蛇は答えない。
当然だ。
けれど。
今のは明らかに、ルークの位置を利用していた。
自分が敵を倒す。
ではない。
倒せる相手のところへ連れていく。
それなら。
弱くても戦える。
夕方。
砂丘の影が長くなる頃、今日の練習を終えた。
プルはまだ元気だったが、ルークの腕には朝から杖を振り続けた疲れが残っている。サーヴァも表面上は平気そうに見えたものの、いつもより砂へ潜っている時間が長かった。
「今日はここまでにしよう」
レイも反対しなかった。
倒したというより、追い払ったデザートビートルは十匹を超えている。
ほとんどがルークとサーヴァの組み合わせだった。
ルークは水を飲んでから、サーヴァへ鑑定を向けた。
朝と同じ。
そう思っていた。
【サンドスネーク】
【Lv:3】
【潜砂 Lv.1】
【咬撃 Lv.1】
「あ」
思わず声が漏れた。
レイがこちらを見る。
「どうした」
「サーヴァ、Lv3になってる」
昨日までLv2。
たった一つ。
数字が増えただけ。
レイやプルたちと比べれば、まだ圧倒的に弱い。
咬撃も変わっていない。
潜砂もLv1のまま。
それでも。
ルークには。
その一つが妙に嬉しかった。
「おめでとう、サーヴァ」
手を伸ばしそうになって。
止める。
まだ触らせてはくれない。
代わりに、少し離れたところへ乾燥肉を一切れ置いた。
サーヴァはすぐには食べなかった。
一度ルークを見て。
それから肉を咥える。
逃げずに。
その場で食べ始めた。
「明日もやる?」
聞いてみる。
サーヴァは食べ終わったあと。
砂へ潜った。
「……これはどっち?」
「知らん」
レイは即答した。
「便利な時だけ蛇じゃないことにするよね」
「俺は最初から狼だ」
少しして。
ルークの足元。
砂から小さな頭が出た。
そのまま。
また沈む。
数歩先。
今度は別の場所から出る。
ルークはそれを見て笑った。
たぶん。
明日も来る。
でも。
どんな戦い方をするのかは。
明日になってみなければ分からない。
それでよかった。
育てるというのは。
答えを教えることではなく。
一緒に答えを探すことなのかもしれなかった。
今回も最後までお付き合いいただき、ありがとうございます!
皆さまに楽しんでいただける物語を目指して、これからも丁寧に書き続けていきます。
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