第67話「砂嵐の中で」
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ルークと魔物たちの物語は、まだまだここからです。
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異変に気づいたのは、昼を少し過ぎた頃だった。
空は晴れている。
雲もほとんどない。
それなのに。
ソラがいつもより低い位置まで降りてきた。
「ピィ!」
一度。
強い鳴き声。
ルークは足を止める。
「どうしたの?」
ソラは答える代わりに、進行方向のさらに南西へ身体を向けた。
遠く。
地平線の一部が。
ぼんやりと茶色く霞んでいる。
「……あれ何?」
レイが鼻を動かす。
「分からん。ただ風が変わった」
言われて。
ルークも気づく。
さっきまで背中側から吹いていた風が。
横から来ている。
しかも。
少しずつ強くなっていた。
イズナの一本尾が大きく揺れる。
プルも跳ねるのを止めた。
「砂嵐?」
旅の準備をしている時。
宿場の店主から聞いていた。
この辺りから先では。
天候が変わると、短時間で大量の砂が吹きつけることがある。
街道上で巻き込まれれば。
方向を見失う。
目を開けられない。
場合によっては。
呼吸すら難しくなる。
「まだ距離はありそうだけど……」
ルークが地平線を見る。
その時。
足元近くにいたサンドスネークが、急に向きを変えた。
南ではない。
街道の右側。
岩場の方。
少し進んで。
振り返る。
「また?」
サンドスネークが進む。
止まる。
こちらを見る。
「案内してる」
「たぶんな」
レイも今回は否定しなかった。
ルークは地図を開く。
この先。
街道沿いに宿場はない。
次の休憩所までも距離がある。
「行こう」
迷う時間はなかった。
サンドスネークは速かった。
普段はルークたちから一定の距離を取っているのに。
今は違う。
何度も振り返りながら。
岩と岩の間を進んでいく。
「ソラ、上から砂嵐を見てて!」
「ピィ!」
ソラが上昇する。
レイは先頭近く。
イズナはいつの間にかルークのすぐ横へ来ていた。
風がさらに強くなる。
細かな砂が頬へ当たる。
痛い。
「プル、水袋を中へ!」
「ぷる!」
外へ出していた荷物を、プルが身体の中へ包み込む。
吸収ではない。
変形した身体の内側に空間を作り。
水袋。
食料。
地図。
薬。
濡らしたくない物まで次々と収めていく。
「まだ持てる?」
「ぷるる!」
二本の触手が上がる。
余裕らしい。
以前なら。
荷物を守るためにルークが一つずつ鞄へ戻していた。
今は。
歩きながら。
プル一匹で終わる。
前を行くサンドスネークが、一つの岩壁の前で止まった。
高い岩が斜めに重なっている。
外から見ると。
行き止まりだった。
「ここ?」
蛇が消える。
「えっ」
岩の根元。
人間なら気づかないほど細い隙間。
そこへ潜り込んだ。
レイが近づく。
匂いを嗅ぐ。
「奥がある」
ルークはしゃがんだ。
確かに。
隙間の向こうから。
僅かに冷たい空気が来ている。
「でも僕たちは入れない」
蛇なら入れる。
イズナでも厳しい。
人間のルークは絶対に無理だ。
「外れ?」
その瞬間。
地面の下から。
かさかさ。
音がした。
少し離れた場所。
サンドスネークの頭が出る。
「そっち?」
蛇がまた消える。
ルークたちは回り込む。
岩壁の裏。
砂に半分埋まった場所に。
人一人が屈めば通れそうな穴があった。
「……見つけられないよ、こんなの」
入口は低い。
だが。
その奥。
少し広くなっている。
天然の岩窟。
「入れる」
レイが先に奥へ進む。
すぐ戻ってきた。
「危険な臭いはない」
「よし。全員中へ!」
イズナ。
プル。
ルーク。
最後にソラ。
サンドスネークも。
いつの間にか中に入っていた。
数分後。
外が暗くなった。
夜ではない。
砂だった。
岩窟の入口から見えていた空が。
黄色。
茶色。
そして。
ほとんど何も見えない色へ変わる。
風の音が響く。
ごう。
ごう。
岩の外側を。
大量の砂が叩いている。
「……間に合った」
ルークは息を吐いた。
入口へ近づこうとする。
「行くな」
レイが止めた。
「ちょっと見るだけ」
「飛ばされたいなら行け」
「やめとく」
即座に諦める。
岩窟の奥は。
思ったより広かった。
五人ほどなら余裕で休める。
天井も高い。
外から砂は少し入ってくるが。
直撃はしない。
「この子、ここ知ってたんだ」
ルークがサンドスネークを見る。
蛇は。
岩の端。
小さなくぼみの中へ身体を丸めている。
ここで生まれたのか。
以前使ったことがあるのか。
それは分からない。
でも。
あのまま街道にいたら。
かなり危険だった。
「ありがとう」
サンドスネークが頭を上げる。
それだけ。
すぐまた丸くなる。
レイが隣へ伏せた。
「役に立ったな」
「役に立つとかじゃなくて」
「分かってる」
「まだ何も言ってないよ」
「顔で分かる」
少し悔しい。
砂嵐はすぐには終わらなかった。
三十分。
一時間。
風の音は。
弱くなるどころか。
さらに強くなった。
「今日、このままここで泊まる可能性あるね」
「その方がいいかもしれん」
レイが答える。
ルークは荷物を確認する。
食料はある。
水もある。
問題ない。
むしろ。
無理に進む理由がない。
「じゃあ少し休もう」
ソラが翼を畳む。
イズナも壁際へ座った。
プルは身体の中から必要な荷物だけを出していく。
その時。
入口から。
強い風が吹き込んだ。
「うわっ!」
砂が大量に入ってくる。
ルークが腕で顔を覆う。
プルが反応した。
二本の触手を入口両脇の岩へ。
身体を一気に横へ広げる。
【変形 Lv.4】
薄い膜。
だが。
全部を塞がない。
上部に細い隙間を残す。
空気は通る。
砂だけを受け止める。
「それいい!」
「ぷる!」
プルの表面へ砂が溜まる。
一定量になると。
外側へ流す。
また受ける。
「もう完全に扉だね」
「ぷるる!」
嬉しそうだ。
レイがそれを見る。
「前より器用になったな」
プルの身体が止まった。
一瞬。
それから。
大きく跳ねた。
「褒められたの分かったんだ」
「余計なことを言うな」
「照れてる?」
「違う」
絶対に違わない顔だった。
ルークは壁へ背を預けた。
少し離れた場所。
サンドスネークもいる。
普段なら。
ルークたちが休み始めても。
必ず距離を取る。
今日は。
逃げ場所が同じだからか。
近い。
三歩ほど。
それでも。
蛇は落ち着いていた。
「今なら薬、塗れるかな」
口にして。
すぐ首を振る。
横腹の傷は。
既にかなり乾いている。
急いで触る必要はない。
「やめた」
レイが片目を開く。
「成長したな」
「何でみんな僕を子供扱いするの」
返事はなかった。
しばらくして。
イズナが立ち上がった。
サンドスネークを見る。
蛇も頭を上げる。
二匹の視線が合う。
イズナが一歩。
近づく。
蛇は動かない。
もう一歩。
蛇の身体が僅かに縮む。
警戒。
イズナはそこで止まった。
伏せる。
それだけ。
襲わない。
触らない。
ただ。
同じ場所にいる。
ルークは黙って見ていた。
最初に共生契約を結ぶ前のイズナも。
こうだった。
距離を測る。
相手を見る。
自分で近づく。
だから。
ルークは何も言わない。
数分後。
サンドスネークの身体から。
少しだけ力が抜けた。
頭が下がる。
イズナも目を閉じた。
三歩ほどの距離。
それだけ。
でも。
昨日までならなかった光景だった。
夕方近く。
風の音が少しずつ弱くなった。
プルが入口を塞いでいた身体を戻す。
外。
景色が変わっていた。
街道の一部は砂に埋まり。
岩の根元には新しい砂丘ができている。
「こんなに変わるんだ……」
ルークが外へ出る。
自分たちが歩いてきた跡。
全部。
消えていた。
「道分かる?」
ルークがレイを見る。
レイは少し考える。
鼻を動かす。
「臭いは残ってる。ただ、街道は埋まってる」
上空へソラが飛ぶ。
高く。
何度も旋回する。
「ピィ!」
南東。
どうやら街道は見えるらしい。
「なら戻れそうだね」
荷物を整える。
野営する必要はなさそうだ。
あと数時間歩けば。
次の宿場まで届く。
出発しようとした時。
サンドスネークが。
岩窟の奥へ戻った。
ルークは止まる。
「ここに残る?」
蛇は奥へ進む。
この場所を知っている。
ここなら生きられる。
水場も。
隠れ場所も。
あるのかもしれない。
ルークは少しだけ寂しくなった。
でも。
呼ばない。
「じゃあね」
手を振る。
蛇は返さない。
当たり前だ。
ルークたちは岩窟を出る。
十歩。
二十歩。
後ろから音はない。
「行こう」
前を向く。
レイ。
プル。
イズナ。
ソラ。
四匹と一緒に。
砂へ埋まりかけた街道を進む。
それでいい。
そう思った。
しばらくして。
プルが振り返った。
「ぷる?」
ルークも見る。
岩窟の入口。
小さな頭。
サンドスネーク。
こちらを見ている。
でも。
出てこない。
「……来ないよね」
ルークは笑う。
また前を向く。
その瞬間。
砂を擦る音。
するする。
近づく。
レイの耳が動く。
「来たぞ」
「え?」
振り返る。
サンドスネークが。
今までより速く。
こちらへ向かっていた。
五歩。
四歩。
三歩。
二歩。
そして。
ルークのすぐ横を通り過ぎる。
止まった場所は。
先頭近く。
レイより少し後ろ。
蛇は。
初めて。
ルークたちの後ろではなく。
同じ方向を向いた。
「……一緒に来るの?」
返事はない。
そのまま。
進み始める。
ルークは追い越さないように歩いた。
名前もない。
契約もない。
まだ触れられもしない。
それでも。
小さなサンドスネークは。
自分の隠れ家へ残る道ではなく。
ルークたちと進む道を。
自分で選んだ。
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