第66話「小さな道案内」
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ルークと魔物たちの物語は、まだまだここからです。
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サンドスネークは、その日も六歩ほど後ろをついてきた。
近づけば離れる。こちらが止まれば、向こうも止まる。けれど昨日までのように岩陰へ隠れることは減り、細い身体を砂の上へ晒したまま進む時間の方が長くなっていた。
ルークは何度か振り返りたくなるのを我慢していた。
「見すぎると逃げるから」
「分かってきたじゃないか」
レイが横から言う。
「誰かさんに何回も言われたからね」
「まだ足りん」
「厳しいなあ」
足元ではプルが小さく揺れ、その後ろを気にしている。どうやらプルも蛇の存在にはすっかり慣れたらしい。
ソラは上空。
イズナは街道脇。
一行の後ろにサンドスネーク。
いつの間にか、奇妙な並びが出来上がっていた。
昼前になると、街道の景色はさらに乾いたものへ変わった。
草はほとんど消え、代わりに低い岩と砂地が広がっている。風に舞う砂が頬へ当たり始め、ルークは用意していた布を口元へ巻いた。
「これ、思ってたよりきついね」
「まだ入口だ」
レイの毛にも細かな砂がついている。
「もっと酷くなるの?」
「たぶんな」
「嬉しくない情報だなあ」
ソラは風を受けながら、普段より高い位置を飛んでいた。地上の砂とは関係ないとでも言うように、旋回する姿はむしろ楽しそうだ。
イズナも歩きにくそうではない。
問題は。
「ぷる……」
プルだった。
跳ねるたびに身体へ砂が張りつく。
一度身体を震わせて落とす。
数歩進む。
またつく。
「大変そう」
「ぷるるっ」
平気だと言いたいらしい。
その直後、身体の半分に砂がついた。
「説得力ないよ」
プルが少し萎む。
ルークは笑いながら水をほんの少しだけ手へ出し、表面を濡らしてやった。
砂が落ちる。
「水、使いすぎないようにしないとね」
街道沿いには井戸の位置が地図に記されている。
次の補給地点までは半日。
それだけなら問題ない。
ただ。
乾燥地帯では、湿地のようにどこにでも水があるわけではない。
これも新しい土地で覚えなければならないことだった。
昼休憩。
岩陰へ入ったところで、ルークは昨日サンドスネークから受け取った白い石を取り出した。
手のひらほどもない。
表面はざらつき、陽にかざすと細かな粒が少しだけ光る。
「結局、何なんだろう」
鑑定してみる。
【白砂石】
【乾燥地帯で見られる鉱石】
それだけだった。
「普通の石か」
少し期待していた。
特別な素材。
珍しい鉱石。
進化に関係する何か。
そんな表示が出るかもしれないと思っていたのだ。
「残念そうだな」
レイが言う。
「ちょっとだけ」
ルークは石を眺める。
でも。
捨てる気にはならない。
価値のある素材だから受け取ったわけではない。
蛇が持ってきた。
それだけで十分だった。
「持っていくよ」
石袋とは別の小さな袋へ入れる。
投石用に使う気もない。
レイは何も言わなかった。
食事を始める。
乾燥肉。
固いパン。
少量の水。
ルークはいつものようにサンドスネークの分も肉を一切れだけ置いた。
今日は。
しばらく待っても来ない。
「食べないのかな」
「腹が減ってないんだろ」
「そういう日もあるか」
ルークはそれ以上気にしないことにした。
食事を終え。
水袋を閉じる。
荷物をまとめる。
その時だった。
後ろで砂を擦る音がした。
サンドスネークが近づいている。
ただ。
肉ではない。
ルークの荷物の横。
水袋へ向かっていた。
「水?」
蛇は袋の前で止まる。
口をつけるわけでもない。
一度だけ舌を出した。
それから。
反対方向を見る。
「……何?」
サンドスネークが少し進む。
止まる。
ルークを見る。
また進む。
「ついてこいってこと?」
レイが鼻を動かした。
「知らん」
「レイでも分からないんだ」
「俺は蛇じゃない」
それもそうだ。
ルークは立ち上がる。
「少しだけ見てみよう」
「少しだけ、か」
「本当に少しだけ!」
レイの視線が信用していない。
サンドスネークは街道から外れた。
砂の上を滑るように進み、低い岩の間へ入っていく。
距離を取る癖は変わらない。
ルークたちが遅れると止まり。
追いつくとまた動く。
「本当に案内してる?」
イズナの耳も蛇へ向いている。
ソラは上空から先を確認しているが、警戒する様子はない。
十分ほど歩いた頃。
岩場の奥でサンドスネークが止まった。
何もない。
砂。
岩。
乾いた灌木が一本。
「ここ?」
ルークが首を傾げる。
蛇は地面へ頭を向けた。
そして。
潜る。
【潜砂 Lv.1】
細い身体が砂の中へ消えた。
数秒。
別の場所から頭が出る。
また潜る。
今度は。
同じ場所。
「下に何かある?」
ルークはしゃがんだ。
砂へ手を入れる。
表面は熱い。
少し掘る。
さらに掘る。
「ルーク」
レイが鼻を寄せた。
「湿ってる」
「え?」
ルークは手を止める。
砂の色。
よく見る。
表面より。
少し濃い。
さらに掘る。
指先に。
冷たい感触。
「水だ」
地下から染み出す。
ほんの少し。
湧き水と呼べるほどの量ではない。
だが。
砂の下には確かに水分があった。
「すごい……!」
サンドスネークが地上へ出る。
ルークは蛇を見る。
「ここ、知ってたの?」
返事はない。
でも。
昨日も。
地中から来たサンドバロウワームへ。
誰より先に反応した。
潜砂。
それは移動するためだけの能力ではない。
砂の状態。
振動。
地下の湿り。
そういうものを感じながら生きているのかもしれない。
「白砂石」
ルークは昨日の石を思い出した。
あれも。
蛇が普段潜る場所から拾ったのかもしれない。
「……この子、この土地のことなら僕たちよりずっと詳しい」
「当然だろ」
レイが言う。
「ここで生きてるんだからな」
「そっか」
当たり前のことだった。
強いから役に立つわけじゃない。
Lv2。
戦えばほとんどの相手に負ける。
それでも。
この蛇には。
ここで生きるために覚えたものがある。
ルークは砂を少し広く掘った。
水が溜まるのを待つ。
そのまま飲む気はない。
布で濾し。
念のため煮沸する。
「補充できそう」
「予定より早いな」
「うん」
地図にない水場。
量は多くない。
大人数には向かない。
でも。
一人と数匹なら十分役に立つ。
プルが近づいてくる。
「ぷる?」
「飲み水があったんだよ」
「ぷる!」
身体が跳ねる。
水と聞いただけで嬉しそうだ。
「全部君のじゃないからね」
動きが止まる。
「ぷる……」
分かりやすい。
その時。
ソラが鳴いた。
鋭い声。
ルークはすぐ立ち上がる。
「敵?」
ソラが西側へ身体を向ける。
レイも耳を立てた。
「来る。五」
「何が?」
「飛んでる」
ルークが空を見る。
遠く。
黒い点。
一つではない。
五つ。
急速に大きくなる。
鑑定できる距離まで来る。
【サンドレイブン】
【Lv:8】
大型の鳥型魔物。
翼を広げれば人間一人ほどある。
五羽。
こちらを見つけたらしい。
狙いは。
地面にいるサンドスネーク。
「蛇を狙ってる!」
サンドスネークが岩陰へ逃げる。
だが。
上空からは丸見えだ。
一羽が高度を落とす。
ルークは投石紐へ手を伸ばした。
しかし。
「ピィ!」
頭上。
ソラが鳴いた。
怒っている。
「ソラ?」
ゲイルホークが上昇する。
一羽。
対。
五羽。
「手伝う?」
ソラはこちらを見ない。
さらに上へ。
レイが言った。
「いらんらしい」
次の瞬間。
ソラが消えた。
最初の一羽。
急降下。
サンドレイブンが翼を広げて避けようとする。
間に合わない。
ソラがその横を通過した。
風刃。
翼の風切羽だけを切る。
サンドレイブンが回転しながら高度を落とす。
二羽目。
横から来る。
ソラは速度を落とさない。
身体を傾ける。
すれ違う。
風纏を乗せた翼が相手の姿勢を崩す。
そのまま背後へ。
急降下からの反転。
爪。
背中を打つ。
二羽目も落ちる。
残り三羽。
ここでようやく。
サンドレイブンたちはソラを敵だと認識した。
三方向へ広がる。
囲む。
「ソラ!」
ルークが呼ぶ。
心配したわけではない。
位置を確認するため。
ソラは。
さらに上へ行った。
三羽が追う。
上。
上。
太陽へ近づく。
そして。
突然。
翼を閉じた。
落ちる。
【急降下 Lv.1】
三羽の間を。
一本の線のように抜ける。
その瞬間。
左右へ風刃。
二枚。
一羽の翼。
もう一羽の尾羽。
切れる。
最後の一羽が方向を変える。
逃げる。
ソラは追わなかった。
上空で一度旋回する。
「ピィィ!」
鳴き声が響く。
地面へ落ちた四羽は。
死んでいない。
翼や身体を痛めているだけ。
それでも。
立ち上がると。
一斉に逃げていった。
「……一分もかかってない」
ルークは空を見上げる。
ソラが戻ってくる。
何事もなかったように。
肩へ着地。
「ピィ」
「強くなりすぎじゃない?」
胸を張る。
「褒めてるから」
さらに張る。
落ちそうだ。
レイが鼻を鳴らした。
「空じゃ、あいつらじゃ相手にならん」
その言葉に。
ルークは実感する。
ゲイルホーク。
進化した時。
強くなったことは分かっていた。
でも。
偵察。
風。
援護。
そちらばかり見ていた。
空を戦場にした時。
ソラはもう。
五対一でも。
圧倒する側だった。
岩陰から。
サンドスネークが顔を出す。
上を見る。
ソラを見る。
動かない。
それから。
少しだけ。
ルークたちへ近づいた。
五歩。
今までの六歩より。
一歩だけ。
近い。
プルが触手を伸ばそうとする。
蛇がすぐ止まる。
「プル」
ルークが止める。
触手が戻る。
「急がなくていいよ」
誰に言ったのか。
プルか。
蛇か。
自分か。
ルークにも分からなかった。
水を補給し。
街道へ戻る。
サンドスネークもついてくる。
ただ。
今までとは少し違った。
ルークたちの後ろではない。
イズナより後ろ。
プルより少し外側。
それでも。
一行と同じ列の中。
レイがちらりと見る。
「近くなったな」
「うん」
ルークは笑う。
「でも触らない」
「学習したな」
「褒めてる?」
「事実だ」
相変わらずだ。
砂の先。
遠く。
地平線が揺れている。
ラグナまではまだ数日。
新しい土地へ入ったばかり。
それでも。
そこに暮らす一匹の弱い蛇から。
ルークたちはもう一つ。
この土地で生きる方法を教わっていた。
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