第65話「弱い蛇の意地」
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ルークと魔物たちの物語は、まだまだここからです。
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朝の空気がまだ冷たいうちに、ルークたちは街道を南へ進み始めた。
昨日まで遠巻きについてきていたサンドスネークは、今日もいる。けれど距離は少しだけ縮まり、岩陰から岩陰へ隠れるというより、街道脇の砂を這いながら一行と同じ速度で進んでいた。
「近くなったよね」
「餌をもらえると覚えたんだろ」
レイの答えは相変わらず現実的だった。
「それだけかなあ」
「期待しすぎるな」
「分かってるよ」
そう答えながらも、ルークは何度も横を見てしまう。
サンドスネークは視線が合うと少し距離を取る。
だが、もう逃げてはいかなかった。
昼が近づくにつれ、地面の砂が増えた。
街道そのものは固められているものの、その両側には低い砂丘ができ始めている。風が吹くたび、細かな砂が地面を薄く滑っていった。
ソラはかなり高いところを飛んでいる。
湿地では木々が多く、高度を取っても視界が遮られる場所があった。
ここには何もない。
翼を広げれば、ずっと先まで見渡せる。
「ソラ、楽しそうだね」
「ピィ!」
遠くから返事が飛んできた。
その直後。
ソラが急に旋回した。
一度。
二度。
そして進行方向の左側へ大きく逸れる。
「何か見つけた」
ルークが言うより早く、レイもそちらへ鼻を向けた。
「血の臭い」
「人?」
「違う。魔物だ」
街道から少し離れた場所。
岩が何本も地面から突き出した場所がある。
その奥から。
甲高い鳴き声が聞こえた。
「行ってみる?」
「お前はもう行く顔をしてる」
「ちょっと見るだけ」
「いつもそれだ」
それでもレイは先に歩き出した。
岩場の向こう。
一匹の魔物が倒れていた。
小型のトカゲ。
黄土色の身体。
片方の後脚から血が出ている。
だがルークが注目したのは、傷ついた魔物ではなかった。
その周囲。
六匹。
細身の獣が取り囲んでいる。
耳が大きく、前脚が長い。
牙を見せながら、傷ついた獲物へ少しずつ近づいていた。
【サンドジャッカル】
【Lv:10】
【サンドジャッカル】
【Lv:11】
【サンドジャッカル】
【Lv:9】
残りもほぼ同じ。
「六匹か」
ルークは杖へ手を伸ばした。
その時。
横から。
するり。
小さな影が前へ出た。
「え?」
サンドスネーク。
ルークたちより先に。
岩場へ近づいていく。
「待って」
蛇は止まらない。
サンドジャッカル一匹が気づく。
鼻先が小さな蛇へ向いた。
次の瞬間。
牙が見えた。
「戻って!」
サンドスネークはようやく危険に気づいたのか、身体を反転させた。
遅い。
ジャッカルが走る。
だが。
二歩目を踏み出す前に。
銀灰色の影が横から入った。
レイだった。
体当たり。
サンドジャッカルの身体が岩へ飛ぶ。
「一匹」
レイはもう次を見ている。
群れが一斉に反応した。
三匹がレイへ。
二匹が左右へ。
普通なら。
囲む。
数で押す。
それが群れの戦い方なのだろう。
だが。
「ソラ、上の二匹!」
ルークが言った時には、既に風が落ちていた。
一匹目の足元が裂ける。
飛び退く。
そこへ。
ソラが急降下した。
翼の一撃。
地面を転がる。
二匹目が口を開く。
ソラはその正面へ入らない。
急上昇。
旋回。
背後。
風刃が後脚の手前へ落ちる。
逃げ道を切られたジャッカルが止まった。
「ピィ!」
ソラの爪が肩を掠める。
それだけで体勢を崩した。
二匹。
ほぼ同時に戦線から外れる。
レイへ向かった三匹も。
勝負になっていなかった。
一匹目。
飛びかかる。
避ける。
爪撃。
倒れる。
二匹目。
背後を狙う。
レイが振り返らない。
その前に。
ジャッカルが何もない方向へ噛みついた。
イズナの幻。
本物のレイは逆側にいる。
前脚が一度動く。
二匹目も転がる。
最後の一匹が逃げようとする。
だが。
逃げた先には。
別のレイ。
さらに横にも。
もう一匹。
幻。
サンドジャッカルは完全に止まった。
その足元から。
青い触手が伸びる。
「ぷる」
四本。
一瞬で脚と胴をまとめて拘束。
プルがそのまま持ち上げた。
「……終わった」
ルークは杖を抜く暇すらなかった。
六匹。
数十秒。
殺したわけでもない。
三匹は倒れ。
二匹は動けず。
最後の一匹はプルに持ち上げられている。
「ぷる?」
プルがルークを見る。
「もういいよ」
拘束を解く。
砂へ落ちたジャッカルは、倒れた仲間の様子を見る。
レイが一歩前へ出た。
それだけで。
群れは逃げた。
一匹ずつ。
立てる仲間を連れて。
岩場の向こうへ消えていく。
「……六匹だったのに」
ルークが呟く。
「弱かった」
レイはそれだけだった。
「Lv11もいたよ」
「だから?」
言葉が続かない。
少し前までなら。
Lv10前後の群れは、十分に危険だった。
今は。
レイ。
ソラ。
イズナ。
プル。
ほとんどルークの指示すら必要なかった。
「みんな、本当に強くなったね」
「ピィ!」
ソラだけは素直に喜んだ。
「そうだ、蛇!」
ルークが振り返る。
サンドスネークは。
いなかった。
「逃げた?」
レイが鼻を動かす。
「そこだ」
倒れた小型トカゲの横。
岩の影。
小さな頭が出ている。
「そっちに行ったの?」
ルークが近づこうとして。
止まる。
トカゲを見る。
まだ生きている。
鑑定。
【デザートリザード】
【Lv:3】
【状態:負傷】
後脚の傷は深くない。
ただ走れない。
サンドジャッカルに狙われたのも、そのせいだろう。
そして。
サンドスネークは、そのすぐ横にいる。
襲わない。
食べようともしない。
ただ。
前へ出て。
ルークたちとトカゲの間に身体を置いた。
「……守ってる?」
レイが近づく。
蛇が一気に首を上げた。
小さな口を開く。
威嚇。
相手はダイアウルフだ。
勝てるはずがない。
それでも逃げない。
「レイ、待って」
「何もする気はない」
「分かってる。でもあの子には分からないから」
ルークはしゃがんだ。
それ以上近づかない。
サンドスネークはこちらを警戒している。
「そのトカゲ、知り合い?」
当然。
返事はない。
でも。
ただ餌についてきていた蛇なら。
サンドジャッカルへ自分から近づいた理由が分からない。
傷ついたトカゲのところへ。
真っ直ぐ向かった。
「もしかして、助けようとした?」
小さな身体が揺れる。
偶然かもしれない。
ルークが勝手に意味をつけているだけかもしれない。
だから。
決めつけない。
「その子、治してもいい?」
サンドスネークの頭が低くなる。
まだ警戒。
ルークは薬を取り出した。
地面へ置く。
そして。
二歩下がった。
「僕は近づかない」
蛇は薬を見る。
ルークを見る。
動かない。
「使い方は分からないよね……」
自分で置いてから気づく。
これでは意味がない。
「やっぱり僕がやらないと駄目か」
レイが呆れたように息を吐く。
サンドスネークは。
まだ動かない。
ルークが一歩近づく。
威嚇。
止まる。
もう一度。
少しだけ。
蛇は逃げない。
さらに。
一歩。
今度は。
威嚇しなかった。
「触らないよ」
ルークはデザートリザードの前へしゃがむ。
トカゲも警戒している。
弱っているとはいえ。
噛まれる可能性はある。
プルがすぐ横へ来る。
「ぷる」
「大丈夫。噛まれそうならお願い」
一本の触手が待機する。
ルークは布へ薬を塗った。
傷へ近づける。
トカゲが首を動かした。
噛む。
その前に。
サンドスネークが動いた。
トカゲの鼻先へ。
軽く。
頭をぶつける。
トカゲが止まった。
「……仲いいんだ」
少なくとも。
敵同士ではない。
ルークは傷を洗い、薬を塗る。
軽く布を巻く。
デザートリザードは最後まで暴れなかった。
終わると。
ルークはすぐ下がった。
「これで歩けると思う」
少し待つ。
トカゲが立つ。
後脚を庇いながら。
一歩。
二歩。
歩ける。
サンドスネークがその横を進む。
トカゲもついていく。
「一緒に行くの?」
二匹は岩場の奥へ向かう。
ルークは追わなかった。
少し寂しい。
でも。
これでいい。
「あの蛇、もうついてこないかもね」
「それが普通だろ」
レイが言う。
「うん」
ルークは立ち上がった。
午後。
街道へ戻る。
サンドスネークはいない。
岩場も遠ざかった。
「結局、あの子は何だったんだろう」
「蛇だ」
「そういう意味じゃなくて」
「考えすぎだ」
「レイは考えなさすぎ」
「必要なら考える」
言い返せない。
ルークは前を見る。
新しい魔物。
新しい土地。
一匹一匹に理由がある。
全部を自分が知れるわけではない。
全部を仲間にできるわけでもない。
それでも。
少し関われたなら。
それでいいのかもしれない。
夕方。
二つ目の宿場まで、あと少し。
ソラが低く飛んで戻ってきた。
「ピィ!」
「どうしたの?」
進行方向ではない。
後ろを見る。
誰もいない。
「何か来る?」
レイが鼻を動かした。
「二匹」
ルークの胸が少し跳ねる。
「まさか」
待つ。
岩の影。
一匹。
小さなサンドスネーク。
その後ろ。
足を庇いながら。
デザートリザード。
「二匹とも?」
近づいてくる。
ただし。
一定の距離で止まる。
デザートリザードはそこから先へ来ない。
サンドスネークだけが。
もう少し進む。
十歩。
八歩。
六歩。
今までで一番近い。
ルークは動かなかった。
蛇の口に。
何かがある。
小さな。
白っぽい石。
サンドスネークはそれを地面へ落とした。
「……くれるの?」
石は。
砂の中で少しだけ光っている。
ルークが触ろうとした瞬間。
蛇は逃げない。
ただこちらを見ている。
「お礼……なのかな」
レイは石の匂いを嗅ぐ。
「知らん」
「そこは空気読んでよ」
「蛇に聞け」
ルークは笑いながら石を拾った。
特別な物かは分からない。
価値があるかも分からない。
でも。
捨てる気にはならなかった。
「ありがとう」
サンドスネークの頭が。
ほんの少しだけ動いた。
そして。
今度は。
デザートリザードの方へ戻らなかった。
ルークたちが歩き始めると。
六歩ほど後ろ。
昨日までよりずっと近い位置を。
小さな蛇は。
ついてきた。
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