第64話「砂の夜」
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ルークと魔物たちの物語は、まだまだここからです。
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日が傾くにつれて、街道の色はさらに変わっていった。
土の赤みが薄れ、細かな砂が風に乗って足元を流れていく。まだ見渡す限りの砂漠ではないが、低い草はまばらになり、岩陰以外に日差しを避けられる場所も少なくなっていた。
ルークたちは夕方になる前に街道を外れ、大きな岩が二つ重なった場所を野営地に選んだ。風上は岩壁が遮り、少し離れた場所には枯れかけた灌木もある。
「今日はここにしよう」
「悪くない」
レイが周囲を一周し、鼻を上げた。ソラも上空から降りてきて岩の上へ止まり、イズナは荷物を下ろすより先に周囲の気配を探り始める。
プルだけは、ルークが鞄を置くのを見てすぐ身体を丸くした。
「まだ寝る時間じゃないよ」
「ぷる」
返事だけはしたものの、動く気配はない。
ルークは苦笑しながら荷物を広げた。
そして。
少し離れた岩陰に、小さな頭があった。
「まだいる」
サンドスネークだった。
昼間にロックスコーピオンから助けたあとも、一定の距離を保ったままついてきている。横腹の鱗が剥がれた傷もそのままだ。
「本当に何で来るんだろう」
「餌」
レイが即答した。
「それだけかな」
「少なくとも、お前に惚れたわけじゃない」
「そんなこと思ってないよ」
ルークは乾燥肉を取り出した。
一切れを小さくちぎり、自分たちと蛇のちょうど中間へ置く。
サンドスネークは動かない。
「今日は盗まなくてもいいよ」
黒い目がこちらを見ている。
「取らないから」
それでも動かない。
ルークは諦め、焚き火の準備へ戻った。
しばらくして。
振り返る。
肉は消えていた。
「食べるのは早いんだよなあ」
岩陰から尾の先だけが見えていた。
夕食を終えたあと、ルークは水を少量だけ浅い器へ入れた。
乾燥地帯に入れば、水は貴重になる。
無駄にはできない。
だが、この辺りで生きる小さな魔物が普段どこから水分を取っているのか気になった。
「これも置いてみよう」
「世話をするなとは言わん」
レイが伏せたまま言う。
「でも?」
「近づいてこない奴に構いすぎるな」
ルークの手が止まる。
少し考えた。
「……そうだね」
助けたい。
知りたい。
触ってみたい。
それは全部ルーク側の事情だ。
蛇が望んでいるとは限らない。
器を岩陰の近くまで持っていこうとしていた手を引き、自分たちの野営地の端へ置く。
「飲みたいなら来ればいい。それだけにする」
レイは目を閉じた。
「最初からそうしろ」
厳しい。
でも正しい。
ルークもそれ以上は近づかなかった。
夜になると、昼間の暑さが嘘のように消えた。
乾いた風は冷たく、ルークは外套を一枚増やす。プルも昼間ほど身体を広げず、いつもより丸い形でルークの横に収まっていた。
「昼は暑くて、夜は寒いのか」
「砂漠はもっと差が出るぞ」
レイは平気そうだ。
ソラも羽毛がある。
イズナは尾を身体へ巻きつけている。
「僕とプルが一番大変かも」
「ぷる?」
「君、寒いの平気?」
「ぷるる」
分からない。
少なくとも本人は気にしていないらしい。
見張りはいつものように交代する予定だった。
ルークが最初。
次がレイ。
その後をソラとイズナが補う。
だが実際には、誰か一匹が完全に眠っている時間の方が少ない。仲間が増えるほど、自然と周囲を見る目も増えていた。
焚き火が小さくなった頃。
ルークは岩陰を見た。
サンドスネークはまだいる。
少しだけ近い。
昼間より五歩ほど。
水を入れた器は空になっていた。
「飲んだんだ」
蛇はじっとしている。
傷は気になる。
だが近づかない。
ルークも動かなかった。
そのまましばらく。
風の音だけを聞く。
異変に最初に反応したのは、サンドスネークだった。
小さな身体が突然持ち上がる。
首が地面へ向いた。
次に。
逃げた。
ルークたちからではない。
野営地へ向かって。
「え?」
蛇が焚き火の近くまで走り、岩の隙間へ潜り込む。
直後。
イズナの耳が立った。
レイも目を開く。
「下だ」
ルークは杖を取った。
「地面?」
答えが来る前に。
砂が盛り上がった。
野営地から十歩ほど離れた場所。
細かな砂が円を描いて沈む。
その中心から、太い顎が飛び出した。
【サンドバロウワーム】
【Lv:12】
長さはルークの身長を超えている。
脚はない。
茶褐色の硬い皮膚。
丸い口の内側に、細かな歯が何列も並んでいる。
「地下から来るのか!」
一匹ではない。
別方向の砂も動く。
二匹目。
さらに三匹目。
「三匹」
レイは立ち上がった。
だが焦っていない。
ルークも同じだった。
Lv12。
以前なら十分に警戒した。
地下から奇襲してくるなら、さらに厄介だっただろう。
今は。
「ソラ、上。レイは出てきたやつだけお願い」
「残りは?」
レイが聞く。
ルークは砂の動きを見た。
「僕とプルでやる」
レイの耳が僅かに動く。
「分かった」
それだけだった。
一匹目が飛び出す。
レイが走る。
サンドバロウワームが大きな口を開いた瞬間、銀灰色の身体はもう横へ抜けていた。
爪撃。
首に近い柔らかな部分へ一撃。
巨体が砂へ叩きつけられる。
起き上がらない。
「一匹」
ルークが確認した時には、レイはもう次を見ていなかった。
自分の担当は終わった。
そう言わんばかりだ。
二匹目が地中を進む。
砂の盛り上がりがルークへ一直線に来る。
「プル、僕の前を固めて」
「ぷる!」
プルが地面へ広がる。
薄く。
いつもの盾とは違う。
砂の上を覆う膜。
サンドバロウワームが真下へ入った瞬間。
「今!」
プルが硬化した。
地下から突き上げようとした頭が、硬い膜へぶつかる。
鈍い音。
砂の中で動きが止まった。
その場所へ。
ルークは投石紐を回す。
狙うのは見えない身体ではない。
少し前。
砂の盛り上がり。
逃げるなら進む場所。
石を放つ。
着弾。
砂が弾ける。
驚いたワームが予定より早く地上へ飛び出した。
「そこ!」
ルークは踏み込む。
大きな口がこちらへ向く。
怖くないわけではない。
だが。
動きが分かる。
出てくる場所も。
口を開くタイミングも。
杖を横に出す。
噛ませない。
顎の側面へ当て、首の向きを流す。
ワームの口がルークの横を通過した。
そのまま。
杖を返す。
頭部ではなく。
首の付け根。
一撃。
身体が曲がる。
そこへ。
「ぷるっ!」
プルの触手が二本。
胴体へ巻きつく。
三本目。
四本目。
砂から完全に引きずり出す。
ワームが暴れる。
だが。
ルークまで届かない。
「そのまま!」
プルが地面へ押しつける。
終了。
二匹目は動けなくなった。
三匹目。
砂の盛り上がりは。
イズナへ向かっていた。
「イズナ!」
ルークが呼ぶ。
だが小狐は動かない。
地面が弾ける。
巨大な口。
食われる。
そう見えた。
ワームの顎が閉じる。
空を。
イズナの姿が消える。
幻だった。
本物は。
三歩ほど後ろ。
既にそこにいる。
サンドバロウワームは、自分が何を噛んだのか理解できていない。
もう一度頭を振る。
今度は右。
そこにもイズナ。
噛みつく。
消える。
左。
またいる。
三度目。
ワームが完全に地上へ身体を出した。
「イズナ、そこまで!」
幻が消える。
代わりに。
真上から風が落ちた。
ソラ。
【風刃 Lv.4】
狙いは胴体の横。
致命傷にはしない。
砂を深く切り裂く。
ワームの身体が溝へ落ち、動きが止まる。
次の瞬間。
ソラが急降下。
翼で頭部を強く打った。
一撃。
サンドバロウワームの頭が砂へ沈む。
戦闘は終わった。
三匹。
一分もかからなかった。
「……Lv12だったよね」
ルークが呟く。
レイは倒した一匹の匂いを確認している。
「だから?」
「いや……」
以前なら。
同じくらいのLvでも。
能力を確認して。
全員で役割を決めて。
かなり慎重に戦っていた。
今は。
一匹をレイが一撃。
一匹をルークとプル。
最後はイズナとソラ。
誰も危ない場面がない。
「強くなったなあ」
ルークが口にすると。
レイは鼻を鳴らした。
「今さら言うことか」
「実感するのは別なんだよ」
「ピィ!」
ソラは分かりやすく胸を張る。
イズナは何でもないような顔で前脚を舐めている。
プルは拘束したワームをまだ押さえている。
「もういいよ」
「ぷる」
触手が緩む。
ワームはすぐに砂へ潜り、逃げていった。
残る二匹も。
動ける方は。
レイから距離を取るように地中へ消えていく。
追わない。
食料にする必要もない。
ただ野営地を守っただけだ。
「そういえば」
ルークは振り返った。
サンドスネーク。
焚き火の横。
岩の隙間から。
頭だけ出している。
「もしかして、あれが来るの分かった?」
蛇は動かない。
聞いても答えない。
もちろんだ。
でも。
最初に逃げたのは。
地面が揺れるより前だった。
「潜砂」
ルークは小さく呟く。
サンドスネークが持つ能力。
【潜砂 Lv.1】
砂の中を進むための技だと思っていた。
だが。
普段から地中へ潜る魔物なら。
地面の動きにも敏感なのかもしれない。
「僕たちより先に気づいたんだ」
「そうらしいな」
レイも否定しなかった。
ルークは少し考える。
そして。
乾燥肉を取り出した。
「これはお礼」
一切れ。
地面へ置く。
近づかない。
蛇はすぐには来ない。
ルークも待たない。
焚き火へ戻った。
少しして。
かさ。
音がした。
見る。
サンドスネークが肉の前まで来ている。
今までで一番近い。
ルークとの距離。
五歩ほど。
蛇が肉を咥える。
いつもなら。
すぐ逃げる。
でも。
今日は逃げなかった。
その場で。
食べ始めた。
「……近い」
ルークは小さな声で言った。
「騒ぐな」
レイに止められる。
「分かってる」
見ないふりをする。
本当は見たい。
ものすごく見たい。
でも我慢する。
食べ終わる。
サンドスネークが頭を上げた。
ルークを見る。
数秒。
それから。
岩陰へ戻った。
翌朝。
ルークが目を覚ました時。
蛇はいなかった。
「行っちゃったかな」
少しだけ。
寂しい。
だが。
それが普通だ。
助けたからといって。
ついてくる必要はない。
契約する必要もない。
あの蛇にはあの蛇の生活がある。
「出発しよう」
荷物をまとめる。
プルが運ぶ水袋を包む。
ソラが空へ。
イズナが先行。
レイが街道へ出る。
ルークも後に続いた。
一時間ほど歩いた頃。
レイが突然言った。
「いるぞ」
「え?」
「左」
ルークが見る。
何もない。
砂と岩。
しばらくして。
小さな頭が。
岩の向こうから出た。
サンドスネーク。
「来たんだ」
昨日までより。
少しだけ近い。
それでも。
一定の距離はある。
ルークは笑った。
「おはよう」
蛇は返事をしない。
ただ。
逃げもしなかった。
そして。
ルークたちが歩き出すと。
今日もまた。
その後ろをついてきた。
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