第61話「次の土地へ」
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ルークと魔物たちの物語は、まだまだここからです。
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地図の上に広がる色は、リューデン周辺とはまるで違っていた。
湿地を示す青や緑は南へ行くほど減り、代わりに茶色と薄い黄土色が増えていく。ギルド職員が指を置いた都市は、その乾いた土地の入口にあった。
「ここがラグナ?」
ルークが尋ねる。
「ああ。正確には砂漠そのものじゃない。乾燥地帯と交易路の境にある街だ」
職員は地図を指でなぞった。
「リューデンから南へ街道を使えば、普通の馬車で七日から八日。途中に二つ宿場がある」
「結構遠いですね」
「湿地を抜ければ道自体は悪くない。ただ、南へ行くほど水場が少なくなる」
水。
その言葉にプルが小さく揺れた。
ルークは足元を見る。
「プル、大丈夫?」
「ぷる?」
たぶん何を心配されたのか分かっていない。
レイが横から言う。
「こいつは飲まないだろ」
「そうなんだけど、乾燥が苦手だったりしないかなって」
「ぷるる」
プルが少し胸を張るように膨らんだ。
平気だと言いたいらしい。
「まだ行くと決めてないぞ」
レイが言った。
「あ」
ルークは地図から顔を上げる。
その通りだった。
薬瓶に使われていた砂が、乾燥地帯のものと似ている。
今分かっているのはそれだけだ。
研究側の拠点があるとは限らない。
黒幕がいるわけでもない。
「砂が付いてたから、そこへ行けば全部分かる……は早すぎるね」
「ようやく学んだな」
「その言い方やめてよ」
ギルド職員が苦笑する。
「俺も今すぐ向かえと言いに来たわけじゃない。情報として渡しておきたかっただけだ」
男は別の紙を一枚出した。
そこには薬瓶について分かったことが簡単にまとめられている。
瓶自体は珍しいものではない。
だが栓の隙間に入り込んでいた細かな砂に、赤い鉱物片が混じっていた。
同じ特徴の砂が多い地域。
その一つがラグナ周辺らしい。
「候補は他にも?」
「ある。だが街道で繋がっていて、薬品の取引も多いとなるとラグナが一番近い」
なるほど。
確定ではない。
だが次に調べる場所としては十分だった。
ルークは地図を見つめた。
リューデンへ来た時には想像もしなかった。
湿地。
黒い棘。
研究施設。
イズナ。
そして。
自分たちはもう、最初にいた村からかなり遠くまで来ている。
「行ってみたい」
口に出すと。
レイがこちらを見る。
「調査か?」
「それもあるけど」
ルークは地図の南側を見る。
「見たことない魔物がいそうだから」
数秒の沈黙。
レイがため息をついた。
「そっちが本音か」
「どっちも本音だよ」
ソラが肩の上で「ピィ」と鳴く。
少し楽しそうだった。
出発はすぐにはしなかった。
グランドマーシュタートルの状態を確認する必要があったし、南水路から救出した魔物たちもまだ治療中だ。
それに。
リューデンを出る前にやることは多かった。
翌日の昼。
ルークたちは再び治療所を訪れた。
最初に目に入ったのは、リードバードだった。
止まり木の上で身体を丸めている。
黒ずんでいた羽毛は、ほとんど元の色へ戻っていた。
【リードバード Lv13】
【状態:回復中】
【特殊状態:限界刺激・停止】
完全ではない。
だが。
明らかに良くなっている。
「もう飛べるそうだよ」
治療師が言う。
「長い距離はまだ駄目だけどね」
ルークが近づくと、リードバードが首を向けた。
以前のような怯え方はしない。
「よかった」
隣の囲いではマーシュラットが餌を食べていた。
その奥。
スワンプクラブは治療用の桶から勝手に出ようとして、助手に戻されている。
「元気になってる」
「元気すぎるのも困るけどね」
治療師は苦笑した。
「マッドリザードは?」
ルークが聞くと。
表情が少しだけ変わる。
「まだ時間が必要」
案内された奥の区画。
そこには大きな身体が横たわっていた。
【マッドリザード Lv31】
【状態:衰弱/筋損傷/骨格負荷】
【特殊状態:進化限界突破】
棘を抜いてから、悪化は止まっている。
だが。
異常に膨らんだ身体は戻らない。
高すぎるLv表示もそのままだ。
「生きてはいけると思う」
治療師が言った。
「ただし、この身体で長く動けるかは分からない」
ルークは黙った。
助けた。
でも。
全部を元に戻せたわけではない。
「主の方も同じ?」
「そこまでは酷くない。刺激を止めるのが早かったから」
それを聞いて、少しだけ肩の力が抜ける。
「今朝は自分で少し動いたよ」
「本当ですか?」
「うん。ただし当分は安静」
主は助かった。
完全ではない。
それでも。
南水路の魔物たちを見てきたからこそ、早く止められた。
無駄ではなかった。
失敗も。
遠回りも。
全部。
治療所を出ると。
プルがいつもよりゆっくり跳ねていた。
ルークは気づく。
「気になる?」
「ぷる……」
振り返っている。
治療所の奥を。
マッドリザードのいる方向。
「助けたのに、元に戻らなかったね」
「ぷる」
触手が一本、下がる。
ルークはしゃがんだ。
「でも、助けなかった方がよかったわけじゃない」
プルがこちらを見る。
「次はもっと早く見つける」
触手が僅かに上がる。
「それに、もっと治せる方法も探す」
今までは。
強くする方法ばかり考えてきた。
進化条件。
スキル。
素材。
戦い方。
でも。
強くなることが正しいとは限らない。
強すぎる力で。
壊れることもある。
「育てるって、強くするだけじゃないんだね」
レイが横を歩きながら答える。
「今さらか」
「今日は辛辣だね」
「いつもだ」
プルが小さく跳ねた。
今度は少し元気だった。
街の外へ出たのは、その翌日だった。
出発ではない。
身体を動かすための軽い訓練。
湿地編の間は戦闘続きで、まともに自分たちの変化を確認できていなかった。
街から少し離れた草地。
湿地に近い場所には、低級魔物が何体か生息している。
ルークは杖を持って歩いていた。
「今日は無理しないよ」
レイが前を向いたまま言う。
「誰に言ってる」
「全員」
「お前自身にも言え」
「……はい」
レイの耳が動いた。
次の瞬間。
「三体」
「どこ?」
「右」
葦が揺れる。
現れたのはポイズンフロッグだった。
三体。
どれも大きい。
以前なら。
まず毒を警戒し。
跳躍距離を見て。
一体ずつ動きを止めていた。
ルークは杖を構える。
だが。
「ソラ」
呼んだだけだった。
「ピィ!」
ゲイルホークが飛ぶ。
一体目のポイズンフロッグが跳ねる。
ソラはそれより高い。
翼が振られる。
風刃。
地面の泥が切れる。
直接身体を切らず、跳躍直前の足場だけを抉った。
蛙が体勢を崩す。
二体目が口を膨らませる。
毒液を吐く前に。
ソラが視界から消えた。
急降下。
翼が頭上を掠める。
強い風。
蛙が転がる。
三体目が逃げようとする。
その正面。
何もいなかった場所にレイが立っていた。
「グァッ!」
ポイズンフロッグが方向を変える。
そこには。
もう一匹のレイ。
イズナの幻。
本物は右。
幻は左。
蛙は真ん中で止まった。
その足元から。
青い触手が伸びる。
「ぷる」
プルが一体。
二体。
三体。
まとめて脚を取った。
持ち上げる。
毒液を吐けないよう顔を外へ向ける。
終了。
ルークは杖を構えたまま立っていた。
「……何もしてない」
「する必要がなかった」
レイが言う。
プルが三体の蛙を地面へ下ろす。
拘束を解く。
ポイズンフロッグたちは一瞬動かなかった。
そして。
三方向へ逃げていった。
誰も追わない。
「前は結構大変だったのにな」
ルークは投石紐にすら触れていない。
ソラが肩へ戻る。
羽を整える。
明らかに得意そうだ。
「ピィ」
「はいはい。すごかったよ」
胸がさらに張る。
イズナは少し離れたところに座っている。
自分は何もしていないような顔をしているが。
あのレイの幻がなければ、三体目は逃げていた。
「イズナもありがとう」
耳が少しだけ横へ向いた。
褒められるのにはまだ慣れていないらしい。
レイは周囲を見ながら呟く。
「こんな奴ら相手に全員で動く必要もなかったな」
「それは僕も思った」
四匹がこちらを見る。
ルークは苦笑した。
「次からは、もっと少人数でやろう」
強くなったからこそ。
戦う必要のない相手へ。
全力を出さない。
それも。
今までとは違う強さだった。
その日の午後。
ルークはギルドで南への旅程を確認した。
必要な水。
食料。
砂避けの布。
夜の冷え込みへの備え。
湿地とは必要な物がかなり違う。
「これ、全部持てるかな……」
荷物の山を前にして呟くと。
プルが触手を伸ばす。
一つ。
二つ。
三つ。
荷物をまとめて身体へ取り込もうとする。
「待って待って。吸収しちゃ駄目なやつあるから!」
「ぷる?」
「食べ物とか地図とか」
プルは触手を止めた。
少し考える。
今度は身体の一部を袋の形に変えた。
「それならありかも」
荷物を包む。
落ちない。
「便利だな」
レイが言う。
「プル、旅道具まで担当できるようになってきたね」
「ぷるる」
得意げだ。
成長は。
戦闘だけではない。
出発予定日は二日後に決まった。
夜。
宿へ戻る途中。
ルークはイズナを見る。
進化候補はまだ消えていない。
【双尾狐】
【妖狐】
どちらも選べる。
でも。
イズナは一本尾のまま歩いている。
急がない。
それでいい。
ルークも急かさない。
その時。
イズナが突然立ち止まった。
南を向く。
耳が立つ。
「どうしたの?」
風が吹いた。
湿った匂いではない。
街道の向こうから来る。
乾いた土の匂い。
ルークにはまだ、それくらいしか分からない。
イズナはしばらく南を見ていた。
やがて。
一歩。
そちらへ進む。
振り返る。
ルークを見る。
「……行きたい?」
尾が一度動いた。
ルークは笑う。
「僕も」
レイがその横を通り過ぎる。
「なら準備しろ」
ソラが空を見上げる。
プルが跳ねる。
次の土地。
次の魔物。
次の進化。
今度は何が待っているのか。
ルークは少しだけ足を速めた。
二日後。
四匹と一人は。
湿地都市リューデンを発つ。
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ですが、ルークと魔物たちの成長はまだまだこれから。
さらなる進化、新たな出会い、そして強敵との戦いも待っています。
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