第60話「二つの進化先」
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【進化条件の更新を確認】
視界に浮かんだ文字を見て、ルークはその場で足を止めた。
先を歩いていたレイが振り返り、肩に乗っていたソラも首を傾げる。プルはルークの足元で一度跳ね、イズナだけが少し離れた場所からこちらを見ていた。
「イズナの進化条件が変わった」
その言葉に、灰白色の耳がぴくりと動く。
ルークはすぐに詳細を開いた。
【ミストフォックス】
【名前:イズナ】
【Lv:6】
【幻惑 Lv.2】
【気配遮断 Lv.3】
その下。
以前まで残っていた条件が並ぶ。
【仲間との連携:達成】
【???】
そして、その最後の一つが消えていた。
代わりに。
二つの進化先が表示される。
【通常進化候補:双尾狐】
【特殊進化候補:妖狐】
ルークはしばらく何も言えなかった。
「出たのか」
レイが聞く。
「……うん」
待っていた表示だった。
イズナがただのミストフォックスではなく、別の道へ進める可能性。
それがようやく形になった。
ルークの胸が高鳴る。
育成好きとして。
魔物使いとして。
進化先が二つ並ぶ光景を見て、興奮しないはずがない。
「見ていい?」
イズナへ聞く。
灰白色の狐は首を傾げた。
拒否はしない。
ルークはまず通常進化を見る。
【双尾狐】
【ミストフォックスの正統進化種】
【幻惑能力と気配遮断能力が成長】
【魔力・敏捷上昇】
【尾数:二】
次に。
【妖狐】
表示された内容は、双尾狐より少ない。
【特殊進化種】
【幻惑・隠密系統の適性変化】
【妖術適性:開放】
【進化条件】
【仲間との連携:達成】
【自ら危険へ踏み込み、仲間を守る:達成】
【進化意思:未確定】
ルークの視線が止まる。
「進化意思……」
レイが近づいてくる。
「何だ」
「最後の条件が、イズナ自身の意思になってる」
「なら簡単だろ」
レイはイズナを見る。
「こいつが決める」
あまりにも迷いのない答えだった。
「……そうだね」
ルークは苦笑する。
自分でも分かっていた。
共生契約を結んだ時から。
進化候補が見えた時から。
これは自分が好き勝手に決めるものではない。
それでも。
目の前に二つの進化先が並ぶと、考えてしまう。
妖狐。
その名前だけでも、明らかに普通ではない。
将来性も高そうだ。
妖術適性。
今までのイズナにはなかった新しい方向。
一方。
双尾狐も弱いわけではない。
既に見たことがある。
二本の尾。
高い幻惑。
高い気配遮断。
素直に強くなれる道だ。
「イズナ」
小狐がこちらを見る。
「どっちがいい?」
イズナは動かなかった。
「……分からない?」
耳が一度だけ傾く。
少し違うらしい。
ルークはしゃがんだ。
「じゃあ、まだ決めたくない?」
今度は。
尾が一度、横へ振られた。
ルークは目を瞬く。
「それ?」
もう一度。
尾が動く。
肯定。
「そっか」
答えはあまりにも簡単だった。
イズナは選ばなかった。
双尾狐でも。
妖狐でもない。
今はまだ。
一本尾のミストフォックスでいる。
「ぷる?」
プルが不思議そうに近づいてくる。
イズナの尾へ触手を伸ばす。
イズナが一歩下がった。
プルがさらに伸ばす。
もう一歩下がる。
三度目。
イズナが前脚で触手を軽く叩いた。
「ぷるっ」
少し不満そうに縮む。
ルークは笑った。
「尾が二本になるかもしれないから気になったの?」
「ぷるる」
どうやらそうらしい。
イズナはプルを睨んでいる。
だが、本気で嫌がってはいない。
以前ならもっと距離を取っていた。
今は隣にいる。
それだけでも。
最初に出会った頃とは違った。
リューデンへ戻る頃には、空が赤くなっていた。
湿地の入口ではギルド職員が待っており、グランドマーシュタートルの状態を何度も確認された。
限界刺激は停止。
命に別状はない。
ただし、筋肉と魔力循環への損傷が残っている。
しばらくは深部の浅瀬で治療を続けることになる。
主が縄張りを離れられない以上、治療師側が交代で通うらしい。
「本当に倒さなかったんだな」
報告を聞いた職員が言った。
ルークは首を傾げる。
「倒す理由がありませんでしたから」
「いや、それは聞いていたが……」
職員は苦笑した。
「普通、あの規模の魔物が暴れたら、まず討伐を考える」
「倒したら湿地の環境も変わるかもしれません」
「分かってる。だから結果的には助かった」
その言葉の後ろ。
ギルド内が少し騒がしくなる。
湿地の主を救った。
研究側の処置を妨害した。
黒い棘と薬液の情報を持ち帰った。
どうやら話が広まり始めているらしい。
ルークは居心地が悪くなり、仲間たちを見る。
レイはどうでもよさそうだ。
ソラは少し胸を張っている。
プルは人が増えたのでルークの脚へ寄っている。
イズナはいつの間にか気配を薄くしていた。
「帰ろうか」
その一言には、全員すぐ反応した。
宿へ戻ると、ルークは荷物を置くより先に床へ座り込んだ。
「疲れた……」
「今さらか」
レイが入口近くへ伏せる。
ソラは窓際の止まり木へ。
プルはその場で身体を平たくした。
イズナだけは少し歩き回り、やがて窓の下へ座った。
ルークは鞄から祖先の観察録を出す。
開こうとして。
止めた。
「今日はやめる」
レイが片目だけ開く。
「珍しいな」
「頭に入らないと思う」
「ようやく自分の限界を覚えたか」
「そういう言い方する?」
返事はない。
もう目を閉じている。
ルークも壁へ背中を預けた。
考えることは多い。
黒い棘。
白い液体。
透明な液体。
限界刺激。
研究側が進化そのものを人工的に起こそうとしている可能性。
全部大事だ。
でも。
今一番気になっているのは。
窓の下にいる一本尾の狐だった。
「イズナ」
耳がこちらへ向く。
「進化したくなったら教えてね」
イズナはじっとルークを見る。
「僕はどっちを選んでもいいと思ってる」
妖狐の方が珍しい。
強そう。
将来性もありそう。
本音を言えば。
見てみたい。
それでも。
「今のままでもいい」
イズナの視線が僅かに変わる。
「進化できるからって、今すぐ進化しなくてもいいから」
研究側のやり方を思い出す。
強くなる。
早く。
効率よく。
限界を越えて。
本人の身体が壊れても。
ルークがやりたい育成は。
それとは正反対だった。
待つことも含めて。
選ぶことも含めて。
進化なのだと思う。
イズナが立ち上がった。
こちらへ歩いてくる。
ルークの前で止まる。
そして。
一本の尾をルークの膝へ置いた。
「……触っていい?」
逃げない。
ルークはそっと手を伸ばした。
灰白色の毛を撫でる。
一度。
二度。
イズナは目を細めた。
すぐに尾を引き、離れていく。
「短いなあ」
レイが目を閉じたまま言う。
「十分だろ」
「聞いてたの?」
「聞こえる」
「ぷるる」
プルも近づいてくる。
今度はイズナではなく、ルークの膝へ触手を置いた。
ソラも止まり木から飛び降り、ベッドの端へ着地する。
結局。
全員が近くへ集まった。
ルークは小さく笑う。
今日。
誰も進化していない。
レベルも上がっていない。
新しいスキルも増えていない。
それでも。
間違いなく。
みんな前より強くなっていた。
翌朝。
ルークが目を覚ますと、レイはすでに起きていた。
窓の外を見ている。
「おはよう」
「起きろ」
「起きてるよ」
「客だ」
「客?」
ルークが身体を起こしたところで、扉が叩かれた。
三回。
宿の主人ではない。
扉を開ける。
そこに立っていたのはギルド職員だった。
昨日、湿地深部まで来た男の一人。
「朝早くに悪い」
手には一枚の地図がある。
「昨日の連中が使っていた物資について、少し分かった」
ルークの眠気が消える。
「どこから来てたんですか?」
男は地図を開いた。
リューデン。
西湿地。
そのさらに南。
街道を何本か越えた先。
指が止まったのは。
緑のほとんどない地域だった。
「全部じゃない。ただ、薬瓶に使われていた砂が、この辺りのものとよく似ているらしい」
地図の上。
乾いた土地が広がっている。
その先には。
一つの都市名が記されていた。
ルークは地図へ顔を近づける。
湿地とは正反対の場所。
水ではなく。
砂と岩の土地。
新しい旅先が。
少しずつ形を持ち始めていた。
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