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魔物使いの進化論 ~最弱スライムから始める神話級魔物育成~  作者: 庵


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第57話「暴れさせない戦い」

いつもお読みいただきありがとうございます!

皆さまの応援のおかげで、ランキングに掲載していただくことができました!

少しずつ順位も上がっており、本当に嬉しく思っています。

毎日のPVやブックマーク、評価のひとつひとつが、続きを書く大きな励みになっています。

本当にありがとうございます!

ルークと魔物たちの物語は、まだまだここからです。

今回も楽しんでいただけたら嬉しいです!



グランドマーシュタートルは泥へ伏せたまま、荒い呼吸を繰り返していた。


動けなくなっただけで、異常が止まったわけではない。


その証拠に、首の根元から前脚へ続く鱗の隙間は、先ほどより赤みを増している。水面も主の呼吸に合わせるように、小さく波打っていた。


ルークは鞄へ入れた容器に目を落とした。


黒い棘の先に残っている透明な液体。


これを調べれば何か分かるかもしれない。


だが、今ここで確かめられることは少ない。


「使わせない」


ルークは顔を上げた。


レイが横を見る。


「何をだ」


「力」


主の状態が悪化したのは、水流を何度も使った後だった。


偶然とは思えない。


「薬が身体を無理やり動かそうとしてるなら、僕たちがやることは逆だ。できるだけ何もさせない」


「暴れる奴を休ませろ、と?」


「うん」


「簡単に言う」


「僕もそう思ってる」


レイが鼻を鳴らした。


それでも反対はしなかった。




主の前脚が動いた。


泥に深く沈んだ爪が、ゆっくり持ち上がる。


「来る」


レイが低く告げる。


ルークは杖を握り直した。


「イズナ、まだ出ないで」


灰白色の耳が動く。


「プルも防ぐのは最後。先に動きを見よう」


「ぷる」


グランドマーシュタートルが身体を起こした。


さっきまでとは違う。


立ち上がろうとしているのに、脚が揃っていない。


右前脚が先。


左後脚が遅れる。


巨大な甲羅が傾いた。


主自身が慌てたように首を振る。


その動きに反応して、水面が膨らむ。


「やっぱり」


ルークは息を呑む。


意識していなくても魔力が反応している。


身体を動かす。


驚く。


力が漏れる。


漏れた力にまた驚く。


それでさらに暴れる。


悪循環だ。


「レイ、近づかないで!」


「分かってる」


主が一歩進んだ。


水が盛り上がる。


二歩目。


さらに大きくなる。


「イズナ!」


ルークが右側を指す。


イズナが走った。


途中で姿が薄くなり、消える。


数秒後。


主から十分に離れた浅瀬に、小さな波紋が生まれた。


次に。


そこへ一匹の狐の幻が現れる。


動かない。


逃げない。


ただ座っている。


主の眼がそちらを向いた。


「そのまま」


イズナ自身は見えない。


幻だけが残る。


追わせるためではない。


見る場所を作る。


それだけだ。


グランドマーシュタートルの脚が止まった。


水面の膨らみも少しずつ沈んでいく。


「効いてる」


攻撃を避けるための幻惑ではない。


相手の意識を落ち着かせるための幻惑。


イズナの尾が、離れた葦の陰で僅かに揺れた。




だが長くは続かなかった。


主の頭が急に上がる。


身体の奥から突き上げるように震えた。


幻を見る余裕が消える。


水面が持ち上がる。


「プル!」


「ぷるっ!」


六本の触手が広がる。


今度は盾にならない。


二本が倒木。


二本が太い根。


残る二本がグランドマーシュタートルの左右へ伸びた。


身体へ巻きつけない。


前脚の少し先へ突き立て、進める方向を狭くする。


主が右へ動こうとすれば、右側の触手が地面を叩く。


左なら左。


壁ではない。


目印だ。


「正面だけ開けて!」


「ぷる!」


逃げ道を完全に塞げば、主は力ずくで破ろうとする。


だから一つだけ道を残す。


しかしその先には、柔らかい泥と深い水がある。


走れない。


大きく踏み込めない。


「そっちなら動いても力を出しにくい」


主が一歩進む。


前脚が泥へ深く沈んだ。


二歩目は小さい。


甲羅がほとんど揺れない。


水流も起きなかった。


レイがルークを見る。


「最初からここに入れればよかったな」


「今分かったんだから仕方ないよ」


「次は先に分かれ」


「無茶言わないでよ」


それでも。


ルークは少し笑った。


言い返せる余裕が戻った。




主を刺激しない距離を保ちながら、ルークは動きを観察した。


歩幅を小さくすると、水流は起きにくい。


首を急に振ると、水が反応する。


前脚へ力を入れた時が最も危ない。


「大きい動きが駄目なんだ」


薬が魔力そのものを増やしているのか。


身体から引き出しているのか。


そこまでは分からない。


ただ。


本来なら意識して使うはずの力が、身体の動きに勝手についてきている。


「だからマッドリザードも身体が壊れたのか……」


限界を超えた力を出せるようにする。


その代わり。


身体が止めるはずのところで止まれない。


主の脚を見る。


赤みはまだある。


だが急激には広がっていない。


ルークは鑑定した。


【グランドマーシュタートル】


【Lv:34】


【状態:高熱/魔力循環異常/筋損傷】


【特殊状態:限界刺激・進行】


変化なし。


良くなってはいない。


けれど悪化もしていない。


「時間を稼げてる」


レイが周囲を見渡す。


「どれくらいだ」


「分からない」


ソラを送り出してから、まだそれほど時間は経っていない。


ゲイルホークになったソラなら街までは早い。


だが治療師が湿地深部まで来るには、当然もっと時間がかかる。


それまで持たせる。


簡単ではない。




主が突然首をこちらへ向けた。


ルークは反射的に動きかける。


だが止まった。


逃げれば追うかもしれない。


杖も上げない。


ただ立つ。


「僕はここ」


グランドマーシュタートルの眼が細くなる。


ルークを見ている。


敵だと判断しているのか。


それとも、ただ動く物を見ているだけなのか。


分からない。


レイが前へ出ようとする。


「待って」


ルークが止めた。


「今は見てるだけ」


「噛まれてからじゃ遅いぞ」


「そこまで来たら逃げる」


「間に合えばな」


主が一歩。


こちらへ。


ルークの背中に汗が流れる。


もう一歩。


距離が縮まる。


プルの身体が膨らんだ。


イズナの耳が伏せる。


「まだ」


ルークは動かない。


三歩目。


そこで主が止まった。


長い首が下がる。


鼻先が水面近くまで来た。


荒かった呼吸が、僅かに遅くなる。


「……戦いたくないのは、君も同じだよね」


返事はない。


当たり前だ。


だが主は襲ってこなかった。


しばらくルークを見た後、ゆっくり顔を逸らした。


レイの肩から力が抜ける。


「寿命が縮む」


「僕も」


「ならやるな」


「でも、動いたらまた水が出そうだったから」


「お前はたまに面倒だ」


「知ってる」


プルが「ぷるる」と小さく鳴いた。


同意された気がした。




しばらくは上手くいった。


グランドマーシュタートルは柔らかい泥の中で、大きく動かない。


イズナの幻が視線を誘導する。


プルが進路を限定する。


レイが周囲を警戒しながら、必要な時だけ主の前へ姿を見せる。


ルークは指示を出す回数を減らした。


三匹が自分で動き始めていたからだ。


主が右へ寄れば、プルが先に右を狭める。


視線が落ち着かなくなれば、イズナが幻を出す。


大きく踏み込みそうになれば、レイが別方向から存在を示して止める。


「……僕いらなくない?」


レイがすぐ答えた。


「黙って見てろ」


「はい」


それでも悪い気はしなかった。


全部を命令しなくても。


仲間が同じ目的を理解して動く。


それは、ルークが目指していた形の一つだった。




異変は突然起きた。


グランドマーシュタートルの呼吸が止まる。


一秒。


二秒。


三秒。


「……主?」


次の瞬間。


巨大な甲羅の下から、低い音が響いた。


心臓の鼓動にも似ていた。


一度。


泥が震える。


二度。


水面が波打つ。


三度目。


主の全身が跳ねた。


「離れて!」


ルークが叫ぶ。


グランドマーシュタートルの身体から魔力が噴き出した。


目には見えない。


だが水面が一斉に外側へ押し広げられる。


プルの触手が外れる。


イズナの幻が消える。


レイが泥を削りながら後退した。


「何だ!」


「分からない!」


主が苦しそうに首を持ち上げる。


鱗の隙間。


赤かった部分が暗く変わっていく。


黒ではない。


濃い紫。


ルークは鑑定した。


文字が現れる。


【グランドマーシュタートル】


【Lv:34】


【状態:高熱/魔力循環異常/筋損傷】


【特殊状態:限界刺激・進行】


その下。


今までなかった一行。


【出力上限:突破開始】


「まずい……!」


Lvは変わっていない。


進化もしていない。


それなのに。


身体が、本来出してはいけない力へ踏み込み始めている。


グランドマーシュタートルが咆哮した。


水面が丸ごと持ち上がる。


今までとは規模が違う。


「プル、守らなくていい!」


「ぷる!?」


「全部は無理だ! 動けるようにして!」


プルの身体が一瞬迷う。


その間にレイが叫んだ。


「プル、ルークの足だけ取れ!」


「ぷるっ!」


触手一本がルークの腰へ。


もう一本がイズナへ。


残りは地面へ固定。


レイは自分で走る。


ルークは一瞬だけ目を見開いた。


自分が言う前に。


レイが役割を割り振った。


「来るぞ!」


水が落ちる。


巨大な壁のように。


「全員、伏せて!」


プルが触手を縮める。


ルークとイズナの身体が泥の低い場所へ引き込まれた。


レイも地面へ伏せる。


水が頭上を通った。


轟音。


葦が折れ。


倒木が流される。


数秒後。


ルークは泥の中から顔を上げた。


「みんな!」


「俺はいる」


「ぷるっ!」


イズナも少し離れた場所で立ち上がる。


全員無事。


だが。


主は違った。


大きな水流を放った反動で、前脚が崩れている。


甲羅が泥へ傾いた。


それでも身体は止まらない。


魔力だけが次の力を引き出そうとしている。


「休ませるだけじゃ止まらない……」


ルークは立ち上がった。


ここまで悪化させないよう抑えてきた。


その判断は間違っていない。


だが薬の作用そのものは、身体の中に残っている。


時間を稼ぐだけでは足りない。


次は。


本当に止める方法が必要だった。


その時。


遠くから。


高い鳴き声が聞こえた。


「ピィィ――!」


ルークが空を見る。


葦の向こう。


一羽の鳥影が、こちらへ真っ直ぐ飛んでくる。


「ソラ!」


ゲイルホークが翼を畳み、湿地の上を滑るように近づいてくる。


その脚には。


送り出した時にはなかった、小さな白い布が結ばれていた。

最後までお読みいただきありがとうございます!

ランキングをきっかけに、この作品を見つけてくださった方も増えてきました。

本当にありがとうございます!

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次回もよろしくお願いします!

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