第5話 進化への一歩
【素材吸収:1/3】
朝から何度見ても、表示は変わらなかった。
「残り二つか……」
「ぷる?」
ルークの足元でプルが身体を揺らす。
ハイスライムへの進化。
その条件の一つが、三種類の素材を吸収すること。
ホーンラビットの角を吸収したことで、そのうち一つが埋まった。
問題は。
「何を吸収すればいいのか分からないんだよね」
【Lv:???】
【吸収:???】
【変形:???】
【素材吸収:1/3】
必要な素材の名前までは表示されていない。
「手当たり次第に食べさせる……のは違うよね」
「ぷる」
昨日だけでも草、木の実、小石、薬草を試した。
その中で条件が進んだのは、ホーンラビットの角だけ。
つまり、何でもいいわけではない。
「角だから……硬いもの?」
プルを見る。
「それとも魔物の素材?」
「ぷる?」
当然、答えは返ってこない。
「試すしかないか」
ルークはノートを閉じた。
前世でも同じだった。
条件が分からない。
攻略情報もない。
なら仮説を立てて、一つずつ試す。
それしかない。
「今日は素材探しに行こう」
「ぷる!」
「でも、無茶はしないからね」
「ぷる!」
「危なくなったら逃げる」
「ぷる!」
「本当に分かってる?」
「ぷる!」
やはり少し不安だった。
森へ向かう前に。
ルークは納屋へ寄った。
中では父が農具の手入れをしている。
「父さん」
「ん?」
「ちょっと聞きたいんだけど」
「珍しいな。畑仕事を手伝いたいとか?」
「違う」
「即答か」
父が肩を落とす。
「魔物の素材について知りたい」
「素材?」
「ホーンラビットみたいな弱い魔物で、特徴的な素材を持ってるやつっている?」
「急にどうした」
「プルの育成に使いたいんだ」
「スライムの育成に魔物素材なんか使うのか?」
「分からないから調べる」
「……お前、昔からそうだったな」
父は呆れたように笑った。
少し考えてから口を開く。
「この辺りなら、ホーンラビットの他にはフォレストラットだな」
「フォレストラット?」
「森ネズミの魔物だ。前歯が硬い」
「硬い……」
「あとはグリーンキャタピラー。糸を吐く。弱いが、あいつの糸はそこそこ丈夫だ」
「糸……」
ルークの頭の中で何かが繋がる。
角。
牙。
糸。
それぞれ性質が違う。
「他には?」
「待て待て」
父が手を上げた。
「まさか一人で森の奥まで行くつもりじゃないだろうな」
「浅いところだけ」
「昨日ホーンラビット一匹に苦戦したんだろ?」
「なんで知ってるの?」
「母さんから聞いた」
「…………」
ルークは目を逸らした。
「プルもお前も怪我して帰ってきたら、そりゃ分かる」
「今日は大丈夫」
「その自信はどこから来る」
「プル、Lv2になったから」
「…………」
父がプルを見る。
「ぷる!」
胸を張っているように見える。
スライムに胸があるのかは分からないが。
「レベルが一つ上がっただけだろ」
「全然違うよ」
「そうか?」
「変形できる距離が伸びたし、力も強くなった。連続使用回数も増えてる」
「ほう」
父が少しだけ興味を示した。
「それに、角を吸収したら変形にも変化があった」
「待て」
父の眉が寄る。
「ホーンラビットの角を食わせたのか?」
「うん」
「スライムに?」
「うん」
「なんで?」
「食べたらどうなるかなって」
「…………」
父が黙る。
「ルーク」
「なに?」
「お前、あのご先祖様に似てきてないか?」
「褒めてる?」
「褒めてない」
即答された。
「とにかく森の奥には行くな。日が傾く前に帰ってこい」
「分かった」
「あと」
父が壁に立てかけてあった物を投げてくる。
ルークは慌てて受け取った。
「これ……」
短い木製の棒だった。
先端だけが少し太くなっている。
「昨日みたいに、いきなり短剣で刺すしかないってのは良くない」
「でもこれ、ただの棒じゃない?」
「ホーンラビットくらいなら頭を殴れば十分だ。刃物より間合いも取れる」
「なるほど……」
「短剣は最後だ」
「分かった」
父は再び農具へ視線を戻す。
「逃げられるなら逃げろよ」
「うん」
「魔物使いだからって、自分まで魔物みたいに頑丈になるわけじゃないからな」
「分かってる」
「ぷる!」
「お前にも言ってる」
「ぷる?」
父が苦笑した。
森へ入って一時間ほど。
ルークとプルは慎重に進んでいた。
「何もいないね」
「ぷる」
昨日までなら、魔物に遭遇しないことに安心していた。
今日は少しだけ違う。
もちろん危険な魔物には会いたくない。
だが、進化素材は欲しい。
「フォレストラットか、グリーンキャタピラー……」
父から聞いた特徴を思い出す。
狙うならフォレストラットだろう。
ホーンラビットの角と同じく、硬い部位を持っている。
もし「硬い魔物素材」が条件なら、可能性がある。
「プル」
「ぷる?」
「匂いとか分からない?」
「ぷる?」
「……無理か」
将来的には、探索が得意な魔物も欲しい。
そんなことを考えながら歩いていると。
カサッ。
プルが止まった。
「ぷる」
「ん?」
カサカサッ。
少し離れた茂み。
何かいる。
ルークは父から借りた棒を構えた。
「プル、後ろに」
「ぷる」
昨日と違う。
プルはルークの後ろへ隠れなかった。
横に並んだ。
「……怖くない?」
「ぷる」
少し震えている。
やはり怖いのだろう。
それでも逃げない。
茂みから飛び出してきたのは。
「フォレストラット!」
普通のネズミより二回りほど大きい。
茶色い体毛。
口元から伸びる、大きな前歯。
「本当にいた」
フォレストラットはこちらを見るなり、甲高い声を上げた。
「ギィッ!」
そして突っ込んでくる。
「プル!」
「ぷるっ!」
ルークが横へ動く。
プルも反対側へ。
昨日までなら。
ここで二人とも慌てていた。
だが今日は違う。
「足!」
「ぷるっ!」
プルの身体が伸びた。
フォレストラットの前脚へ絡みつく。
「ギッ!?」
体勢が崩れる。
「引っ張れ!」
「ぷるるっ!」
転倒。
「今!」
ルークが踏み込む。
父から借りた棒を振り下ろした。
ゴッ!
「ギィッ!」
手に衝撃が伝わる。
「まだ!」
一撃では倒れない。
フォレストラットが暴れる。
プルの身体が引きずられる。
「ぷるっ!?」
「離して!」
指示した瞬間。
プルが身体を戻す。
フォレストラットが立ち上がる。
「ギィッ!」
今度はルークへ飛びかかる。
「うわっ!」
棒を横に構える。
ガッ!
前歯が棒へ食い込んだ。
「こいつ……!」
想像以上に力が強い。
その時。
「ぷる!」
横からプルが飛び込んだ。
体当たり。
べちゃっ!
「ギッ!?」
威力は弱い。
倒すほどではない。
それでも。
フォレストラットの顔が横を向いた。
「ありがとう!」
ルークは棒を引き抜く。
そして。
「プル、もう一回!」
「ぷるっ!」
今度は後ろ脚。
絡みつく。
転ぶ。
「よし!」
棒を振り上げる。
一撃。
二撃。
三撃。
やがて。
フォレストラットが動かなくなった。
「はぁ……はぁ……」
ルークは棒を地面へついた。
「勝った……」
「ぷる……」
プルも地面に広がっている。
疲れている。
けれど。
「昨日より……全然違う」
ホーンラビットとの戦いでは。
何をすればいいのか分からなかった。
プルが傷ついた。
ルークも吹き飛ばされた。
最後は必死だった。
今回は違う。
指示を出した。
プルが応えた。
失敗しても立て直した。
二人で戦った。
「僕たち、ちゃんと戦えてたよ」
「ぷる?」
「強くなってる」
「ぷる!」
プルが跳ねる。
昨日より。
確実に強い。
その事実が嬉しかった。
【フォレストラットを討伐しました】
【経験値を獲得しました】
表示が浮かぶ。
しかし。
【Lv:2】
レベルは上がらない。
「一匹じゃ上がらなくなったか」
当然と言えば当然だ。
毎回一匹倒すだけでレベルが上がるわけではないらしい。
「さて」
ルークは倒れたフォレストラットを見る。
「問題はこっちだね」
前歯。
これが目的だった。
短剣を使い、なんとか一本を切り取る。
「プル」
「ぷる!」
もう何をするのか分かっているらしい。
近づいてくる。
「待って。全部は食べない」
「ぷる……」
「なんで残念そうなの」
小さく削る。
欠片を置く。
「これだけ」
「ぷる!」
ぺたり。
吸収。
二人で待つ。
「…………」
何も起こらない。
「違う?」
進化情報を確認する。
【素材吸収:1/3】
変わっていない。
「そっか……」
外れ。
「硬い素材なら何でもいいわけじゃないんだ」
「ぷる?」
ルークはノートを取り出した。
『フォレストラットの前歯』
『進化条件には該当せず』
失敗。
けれど。
ルークは不思議とがっかりしていなかった。
「一個分かったね」
「ぷる?」
「これじゃないってことが」
外れを一つ消した。
それも立派な情報だ。
「次を探そう」
さらに森を進む。
もちろん奥へは行かない。
父と約束した範囲。
見覚えのある道を選んで歩く。
その途中。
ルークは何種類かのものをプルに吸収させた。
赤い木の実。
外れ。
硬い樹皮。
外れ。
小さな魔石の欠片。
外れ。
「そんな簡単じゃないか」
「ぷる……」
プルが少し膨らんでいる。
「……また食べすぎた?」
「ぷぅ」
「今日はもう普通のもの食べなくていいからね」
そんなことを話していた時だった。
「ぷる?」
プルが突然、違う方向へ動いた。
「プル?」
「ぷる」
木の根元。
そこに。
白い糸のようなものが付着している。
「これ……」
指で触れる。
丈夫だ。
引っ張っても、簡単には切れない。
「もしかして」
父の言葉を思い出す。
グリーンキャタピラー。
糸を吐く。
弱いが、その糸はそこそこ丈夫。
「近くにいる?」
周囲を見渡す。
「ぷる」
プルが少し先へ進む。
木。
草。
また木。
白い糸が増えていく。
「待って、プル。勝手に行かないで」
「ぷる!」
追いかける。
やがて。
「いた」
大きな葉の上。
緑色の芋虫。
人間の腕ほどの大きさがある。
【グリーンキャタピラー】
向こうもこちらに気づいた。
「キィ……」
身体を起こす。
「プル、慎重に」
「ぷる」
ホーンラビットほど速くない。
フォレストラットのような牙もない。
父の話では、戦闘能力はかなり低い。
「これなら――」
そう思った瞬間。
ブシュッ!
「え?」
白いものが飛んできた。
「うわっ!」
ルークは反射的に避ける。
べちゃっ!
背後の木へ白い糸が張りついた。
「糸を飛ばすの!?」
聞いていない。
「キィ!」
二発目。
「プル!」
「ぷるっ!」
二人で左右へ避ける。
三発目。
「まずい!」
今度はプルへ。
「ぷる!?」
身体に糸が絡みついた。
「プル!」
逃げようとする。
しかし。
「ぷるるる!?」
動けない。
「そんなに強いのか、この糸!」
ルークが駆け寄ろうとする。
その時。
グリーンキャタピラーがプルへ向かって動き出した。
「させるか!」
ルークが棒を振る。
ゴッ!
身体を叩く。
「キィッ!」
思ったより柔らかい。
だが倒れない。
「もう一回!」
棒を振り上げる。
その横で。
「ぷるるる……!」
プルが必死に身体を変形させていた。
「プル?」
身体を細くする。
糸の隙間から。
少しずつ。
ぬるっ。
「抜けた!」
「ぷる!」
プルが飛び出した。
「そのまま巻きついて!」
「ぷるっ!」
伸びる。
グリーンキャタピラーの身体へ巻きつく。
「キィ!?」
「押さえて!」
「ぷるるるっ!」
ルークが棒を振り下ろす。
一撃。
二撃。
そして三撃目。
グリーンキャタピラーが動かなくなった。
「はぁ……」
ルークは息を吐いた。
「弱いって言ったじゃん、父さん……」
実際、攻撃力は低いのだろう。
だが糸が厄介すぎる。
「プル、大丈夫?」
「ぷる!」
元気だ。
「さっき自分で抜けたよね」
「ぷる?」
「身体を細くして」
偶然かもしれない。
それでも。
ホーンラビットの角を吸収してから、プルは細かな変形ができるようになっている。
「これも成長なのかな……」
調べたい。
だがその前に。
「糸」
ルークは木へ張りついた白い糸を見る。
ホーンラビットの角。
フォレストラットの前歯は違った。
なら。
「試してみよう」
糸を少しだけ集める。
プルへ差し出す。
「食べて」
「ぷる!」
吸収。
数秒。
何も起きない。
「…………」
また外れか。
そう思った瞬間。
【特定素材の吸収を確認しました】
「来た!」
ルークが立ち上がる。
【進化条件の一部を満たしました】
慌てて進化情報を開く。
【ハイスライム】
【条件】
【Lv:???】
【吸収:???】
【変形:???】
【素材吸収:2/3】
「二つ目!」
「ぷる!?」
突然大声を出したルークに、プルが驚く。
「プル! 二つ目だよ!」
「ぷる?」
「進化! 進化に必要なやつ!」
「ぷる!」
分かっているかは怪しい。
それでもプルも一緒に跳ねる。
「あと一つ……!」
三つのうち。
二つまで見つけた。
ホーンラビットの角。
グリーンキャタピラーの糸。
「角と糸……」
ルークは考える。
硬いものと。
柔らかく、丈夫なもの。
何の共通点がある?
「…………」
いや。
共通点ではないのかもしれない。
角は硬さ。
糸は伸びと粘り。
どちらも。
スライムが元々持っていない性質だ。
「もしかして……」
ルークはプルを見る。
「足りない性質を取り込んでる?」
「ぷる?」
スライムは柔らかい。
形を変えられる。
だが、攻撃するには柔らかすぎる。
ホーンラビットの角から硬さを。
グリーンキャタピラーの糸から強靭さを。
だとしたら。
「三つ目にも、意味があるはず」
適当に素材を食べさせるだけではない。
進化に必要な何か。
プルを次の種族へ変えるための性質。
「……面白い」
また。
あの感覚だった。
バラバラだった情報が。
少しずつ繋がっていく。
「探そう、プル」
「ぷる!」
「最後の一つ」
【素材吸収:2/3】
あと一つ。
そしてルークはまだ気づいていなかった。
グリーンキャタピラーとの戦いで。
プルが何度も。
限界まで【変形】を使ったことに。
【変形 Lv.1】
その表示が。
わずかに揺らいでいた。




