第4話 成長の手応え
【Lv:1 → Lv:2】
その表示を、ルークは何度も見返していた。
「本当に上がってる……」
「ぷる?」
腕の中のプルが身体を揺らす。
たった一つ。
たった一つレベルが上がっただけだ。
それなのに、ルークには嬉しくて仕方がなかった。
「Lv2か……」
前世なら。
ゲームを始めて数分で通り過ぎるような数字だった。
けれど今は違う。
二人で必死になって戦った。
逃げようとして。
追いかけられて。
プルがルークを庇って。
最後は二人で力を合わせて倒した。
その結果が、このLv2だった。
「よし」
ルークは立ち上がった。
「帰ろう」
「ぷる?」
「今日はもう終わり」
「ぷるっ!」
「駄目」
即答した。
「怪我してるんだから」
「ぷぅ……」
分かりやすくしぼむ。
「それに僕も……」
そこで言葉を止める。
少し離れた場所には、倒したホーンラビットがいる。
ルークは短剣を握った手を見る。
まだ震えていた。
「今日は十分だよ」
初めて魔物を殺した。
怖かった。
命を奪った感触が、手に残っている。
それを簡単に忘れていいとは思えなかった。
けれど。
この世界で魔物と旅をするなら。
戦わなければならない時は、これからも必ず来る。
「……慣れなきゃいけないのかな」
「ぷる?」
「なんでもない」
ルークはプルを抱き上げた。
「帰ろう」
その前に。
ルークはホーンラビットの死骸を見下ろした。
このまま置いていくのも違う気がする。
「確か、角と肉は売れるって父さんが言ってたよね」
冒険者だった父から、魔物について教わったことがある。
ホーンラビットは弱い魔物だが、その肉は食べられる。
角も小物や薬の材料として使われることがある。
「持って帰ろうか」
ルークが死骸へ手を伸ばした時だった。
「ぷる」
プルが腕から降りた。
「どうしたの?」
「ぷる」
ホーンラビットへ近づいていく。
「プル?」
ぺたり。
プルの身体が、ホーンラビットに触れた。
次の瞬間。
「え?」
ホーンラビットの身体が、少しずつプルの中へ沈み始めた。
「ちょ、ちょっと待って!」
「ぷる?」
「食べるの!?」
プルの動きが止まる。
ルークを見る。
「…………」
「ぷる?」
そうだった。
スライムには【吸収】がある。
「いや……待って」
ルークの頭が動き始める。
昨夜読んだ『魔物観察録』。
そこに書かれていた一文。
『スライムは摂取したものの性質を、その身にわずかに残すことがある』
薬草を吸収した時。
プルの身体には、確かに変化があった。
なら。
魔物を吸収したら?
「…………やってみよう」
「ぷる!」
止められていたのが不満だったのか。
許可した途端、プルは吸収を再開した。
「でも全部は駄目だよ! 角は残して!」
「ぷる?」
「角! そこ!」
ルークが必死に指差す。
理解したのかどうか怪しい。
結局、角だけはルークが先に切り取ることにした。
「これでよし」
「ぷる!」
プルがホーンラビットを包み込む。
「……すごいな」
自分とそれほど変わらない大きさの獲物が、少しずつ透明な身体へ沈んでいく。
普通なら入るはずがない。
しかしプルの身体は膨らみながら、ゆっくりと獲物を取り込んでいった。
数分後。
「ぷるぅ……」
プルが地面に広がっていた。
「大丈夫?」
「ぷる……」
なんとなく分かる。
満腹だ。
「食べすぎたんじゃない?」
「ぷぅ」
ルークは思わず笑った。
「自分で全部食べたんでしょ」
その時。
視界の端に文字が浮かんだ。
【吸収を行いました】
「ん?」
続けて表示される。
【吸収 Lv.1】
【熟練度が上昇しました】
ルークの表情が変わった。
「熟練度……?」
初めて見る表示だ。
意識を向ける。
しかし数値までは出てこない。
どの程度上昇したのか。
あと何回使えばLv2になるのか。
そこまでは分からなかった。
「なるほど……」
使えば成長する。
少なくとも、その可能性は高い。
「じゃあ変形も……」
三日間の訓練。
何度も何度も使わせた。
もしかすると、あれも無駄ではなかったのかもしれない。
「プル。ちょっと見せて」
情報を確認する。
【種族:スライム】
【Lv:2】
【スキル】
【吸収 Lv.1】
【変形 Lv.1】
レベル自体は変わっていない。
だが。
「数字だけじゃ分からないんだよね」
ルークはプルを見た。
「帰ったら調べよう」
「ぷる?」
「Lv2になって何が変わったのか」
「ぷる!」
満腹で動けないくせに、返事だけは元気だった。
翌朝。
家の裏。
地面には、小枝や石が並べられていた。
少し離れた場所には父が使っていた古い木箱。
そしてルークの手には一冊のノート。
「じゃあ始めようか」
「ぷる!」
プルは完全に元気を取り戻していた。
昨日受けた傷も、母の回復魔法でほとんど塞がっている。
「まず変形」
ルークは地面へ印をつける。
三日前。
プルが身体を伸ばせた距離。
およそ一メートル。
「ここから、あの小枝まで」
「ぷる」
プルが構える。
「伸ばして!」
「ぷるっ!」
身体の一部が勢いよく伸びた。
ぺたっ。
小枝へ届く。
「やっぱり」
以前より速い。
しかも。
「もう少し先までいける?」
その向こうを指差す。
プルがさらに身体を伸ばした。
「ぷるるる……!」
一メートル。
そこからさらに。
「おお……」
およそ二十センチ。
以前より長い。
「戻して」
「ぷる!」
すぐ元へ戻る。
「もう一回」
繰り返す。
一回。
二回。
三回。
以前なら三回も繰り返せば、かなり疲れていた。
「まだいける?」
「ぷる!」
四回。
五回。
「すごい」
明らかに違う。
ルークはノートへ書き込む。
『Lv2』
『変形速度上昇』
『最大距離、一メートル程度から約一・二メートル』
『連続使用回数も増加』
「レベルが上がると、基礎能力そのものが上がるのかな」
【変形】はLv1のまま。
なのに性能が上がっている。
つまり。
種族レベル。
スキルレベル。
この二つは別々に成長している可能性が高い。
「面白い……」
「ぷる?」
「すごく面白い」
ルークの目が輝く。
「ぷ、ぷる」
なぜかプルが少し後ずさった。
「なんで逃げるの」
「ぷる」
「変なことしないよ」
「ぷる……」
信用されていない気がする。
次に試したのは力だった。
小さな木片。
少し大きな木片。
石。
順番に変形した身体を巻きつけ、引っ張らせる。
「次これ」
「ぷるっ!」
ずるっ。
「これもいけるか」
昨日より明らかに力が強い。
劇的な変化ではない。
石を砕けるわけでもない。
木を倒せるわけでもない。
けれど。
確実に強くなっている。
「たった一レベルでこれか……」
一つ。
たった一つ数字が増えただけ。
それでも実際に動きを見れば、違いが分かる。
「プル」
「ぷる?」
「強くなってるよ」
「…………ぷる?」
分かっていない。
「昨日より強い」
ルークが腕を曲げ、力こぶを作る。
「強い」
「ぷる!」
今度は伝わったらしい。
プルが勢いよく跳ねた。
「嬉しい?」
「ぷる! ぷる!」
「僕も嬉しい」
その言葉は本心だった。
自分が強くなったわけではない。
それでも。
プルが成長したことが、自分のことのように嬉しかった。
「よし。次は吸収だね」
用意していたものを並べる。
草。
木の実。
小石。
薬草。
昨日持ち帰ったホーンラビットの角。
「全部食べる必要はないから、少しずつ試そう」
「ぷる!」
最初は草。
ぺたり。
吸収。
変化なし。
次に木の実。
吸収。
「…………」
変化なし。
小石。
「これ食べられる?」
「ぷる」
ぺたり。
身体へ沈んでいく。
「食べられるんだ……」
数秒後。
小石が消えた。
「何でもありだな」
しかし、見た目に変化はない。
「次は薬草」
薬草を差し出す。
「ぷる!」
プルが吸収する。
すると。
「やっぱり」
ほんのわずか。
青い身体に緑色が混ざった。
森で初めて薬草を与えた時と同じ。
「薬草の性質を取り込んでる……?」
ルークはノートへ書き込む。
そして最後。
ホーンラビットの角。
「これは昨日倒したやつの角」
「ぷる」
「全部じゃなくて、先だけね」
短剣で小さく削る。
欠片をプルの前へ置いた。
「食べてみて」
プルが触れる。
欠片が身体へ沈む。
「…………」
待つ。
十秒。
二十秒。
「何も起きない?」
そう思った時だった。
プルの身体の一部が。
ほんの少しだけ尖った。
「え?」
ルークが目を見開く。
「プル、今のもう一回!」
「ぷる?」
「ここ! 尖らせて!」
自分の指先を尖らせるようにして見せる。
「ぷるる……」
プルの身体が変形する。
いつもの丸みを帯びた形。
そこから。
先端が少しずつ細くなる。
「……できてる」
昨日まではできなかった。
細く伸ばすことはできても、先端は丸いままだった。
だが今は違う。
わずかではあるが。
先端が尖っている。
「角を吸収したから?」
偶然かもしれない。
Lv2になったからできるようになった可能性もある。
変形を何度も練習した成果かもしれない。
まだ断定できない。
「もう一回、角を食べてみよう」
「ぷる!」
二つ目の欠片。
吸収。
もう一度変形。
「さっきより……尖ってる?」
ほんのわずかな違い。
気のせいと言われれば、それまでだ。
それでも。
「記録しよう」
ルークはノートへ書き込んだ。
『ホーンラビットの角』
『吸収後、変形時に先端を尖らせられるようになった?』
『要検証』
そこで。
文字が浮かんだ。
【特定素材の吸収を確認しました】
「……!」
ルークが息を呑む。
表示はそれだけではなかった。
【進化条件の一部を満たしました】
「え?」
ルークの手から鉛筆が落ちた。
「進化……条件?」
「ぷる?」
慌てて進化情報を開く。
【進化候補:12】
【ハイスライム】
【条件】
【Lv:???】
【吸収:???】
【変形:???】
【素材吸収:1/3】
「…………」
昨日まで。
すべて【???】だった。
それが。
一つだけ。
見えるようになっている。
【素材吸収:1/3】
ルークの心臓が大きく鳴った。
「プル」
「ぷる?」
「分かった」
まだ全部ではない。
何レベル必要なのか。
【吸収】と【変形】をどこまで育てればいいのか。
残る二つの素材が何なのか。
何も分からない。
それでも。
初めて。
進化へ続く道が見えた。
「条件を満たすと、情報が開示されるんだ」
最初から答えを教えてくれる能力ではない。
自分たちで試す。
行動する。
条件に触れる。
そこで初めて、情報が見える。
「だったら……」
やることは一つ。
「探せばいい」
「ぷる?」
「プルが何を食べれば変わるのか」
「ぷる」
「どう戦えば強くなるのか」
「ぷる!」
「どんな進化ができるのか」
ルークは笑った。
「全部、僕たちで見つけよう」
「ぷるー!」
プルが大きく跳ねる。
その勢いのまま。
地面に置かれていた残りのホーンラビットの角へ落ちた。
「あ」
べちゃ。
「ぷる?」
角が身体の中へ沈んでいく。
「ちょっと待って、それ売ろうと思ってたやつ!」
「ぷる!?」
慌てて吐き出そうとする。
しかし遅い。
角は完全に消えていた。
「…………」
「…………ぷる」
しばらくの沈黙。
「まあ……いいか」
「ぷる?」
「進化のためだもんね」
「ぷる!」
本当に分かっているのかは怪しい。
ルークは苦笑しながらノートを開いた。
進化まで、あとどれくらいかかるのか。
まだ分からない。
けれど。
一つだけ確かなことがある。
プルは昨日より強い。
そして明日は。
今日より、もっと強くなれる。
ルークにとって。
それだけで十分だった。




