↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔物使いの進化論 ~最弱スライムから始める神話級魔物育成~  作者: 庵


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
41/73

第41話「狐を集める者」


「人間だ」


レイの低い声に、ルークは杖を握ったまま暗い通路を見つめた。


足音はまだ聞こえない。だがレイの鼻は、ルークよりずっと先の気配を捉えている。


「何人?」


「一人。金属と薬の匂いがする」


薬。


その言葉に、ルークは倒れているミストフォックスへ視線を落とした。


足にはまだ金属の輪が残っている。


小狐も同じことを考えたのか、灰白色の身体を低くした。耳を伏せ、暗い通路へ牙を向けている。


明らかに怯えている。


ただ人間だからではない。


ハルトを守っていた時とも違う。


「知ってる相手なの?」


小狐は答えない。


だが尾が腹へ寄った。


十分だった。


「プル、二匹を守って。ソラは上」


「ぷる」


ソラが天井近くの崩れた石梁へ飛び移る。


狭い場所ではゲイルホークの速度を活かしきれない。それでも高い位置を取れるだけで相手の動きを見やすくなる。


レイはルークより半歩前。


小狐だけは動かなかった。


「君もプルの後ろへ」


低く唸られる。


「……嫌なんだね」


自分の仲間を守る場所を譲るつもりはないらしい。


仕方なく、ルークもその横へ立った。


やがて足音が聞こえた。


一定ではない。


時々止まる。


こちらの存在に気づいているのか、それとも何かを確認しながら進んでいるのか。


金属が壁へ擦れる音。


その後、灯りが見えた。


小さな魔法灯。


現れたのは三十代ほどの男だった。


細身。


湿地用の長靴。


腰には短剣。


背中には細い弩。


冒険者に見えなくもない。


ただし、腰の反対側には革紐と小さな鉄輪がいくつもぶら下がっていた。


ルークの目がそこへ止まる。


男も足を止めた。


「……誰だ、お前」


低い声。


驚いてはいる。


だが慌ててはいない。


むしろ最初に見たのはルークではなく、狐たちだった。


小狐の唸り声が強くなる。


男の眉が僅かに動いた。


「一匹逃げたとは聞いていたが、ここに戻ってたのか」


ルークの指に力が入った。


「この子を知ってるんですか」


「質問してるのはこっちだ」


男は魔法灯を少し持ち上げる。


レイ。


プル。


天井のソラ。


最後にルーク。


「魔物使いか。面倒だな」


「この狐たちを捕まえたのは、あなたですか?」


少しの沈黙。


男は否定しなかった。


それだけで答えに近い。


小狐が一歩前へ出る。


男の右手が腰へ動いた。


「動くな」


レイの声。


男の手が止まった。


初めて表情が崩れる。


「……喋った?」


「手を離せ」


レイは繰り返さない。


男はレイと腰の短剣を見比べ、ゆっくり手を上げた。


「分かった。別にここでやり合う気はない」


「だったら説明してください」


「何を」


「この狐たちを、どうして捕まえたんですか」


男が小狐を見る。


その目に怒りはない。


情もない。


品物を確認するような視線だった。


ルークはそれが嫌だった。


「依頼だよ」


「誰から?」


「そこまで話す義理はない」


「じゃあ、何のための依頼だったんですか」


「知らん」


即答だった。


ルークは眉を寄せる。


「知らない?」


「俺は採るだけだ。指定された魔物を、生きたまま捕まえる。理由まで聞いてたら仕事にならん」


男の言葉には、妙な現実味があった。


悪びれていない。


だからこそ厄介だった。


「この施設に連れてきたのも?」


「ここは待ち場所だ」


男は壁を顎で示す。


「昔の施設らしいが、檻と固定具が残ってる。湿地の奥で捕まえた魔物を一晩置くには都合がいい」


ルークは部屋を見回した。


古い檻。


石台。


革紐。


つまり、全てが最近の捕獲のために作られたわけではない。


古代の施設を、誰かが再利用している。


「黒い棘もあなたが?」


男の目が僅かに細くなった。


「何の話だ」


反応した。


知らないふりではない。


少なくとも言葉には心当たりがある。


「変異した魔物に刺さってた。黒い棘です」


「……見たのか」


今度は隠さなかった。


「あなたが刺した?」


「違う」


「じゃあ誰が?」


「知らん」


「また?」


男が舌打ちする。


「本当に知らん。俺がやるのは捕獲までだ。ここへ運んで、指定場所へ置く。その後は別の奴が来る」


「別の人間?」


「人間かどうかも知らん」


ルークが黙る。


男は苛立ったように続けた。


「顔を合わせたことがないんだよ。依頼書と金だけ置かれる。魔物を置いた翌日にはいなくなってる」


奇妙な仕事だ。


それでも男にとっては、それで成立していた。


「どんな魔物でも?」


「違う」


今度の返答は早い。


「指定がある」


「どんな?」


男が小狐を見る。


「進化しやすい個体」


ルークの胸が強く鳴った。


「どうやって分かるんです?」


「俺が知るか」


「でも捕まえるなら――」


「特徴が書いてあるんだよ」


男は腰袋から折り畳まれた紙を出した。


投げる。


ルークは警戒しながら拾う。


文字。


簡単な絵。


狐。


その下に条件らしい項目が並んでいる。


『幻惑を使用』


『気配を薄くする個体』


『同族を守る行動』


『可能なら若い個体』


ルークの手が止まった。


ただの種族指定ではない。


行動まで見ている。


能力だけでもない。


「同族を守る……?」


小狐を見る。


ハルトを守った。


双尾狐を守った。


今もミストフォックスの前にいる。


この子が狙われた理由が、少しだけ見えた。


「依頼主は、この子の進化条件を知ってる?」


「だから知らんと言ってるだろ」


男の声が荒くなる。


「俺は一匹いくらで捕る。それだけだ」


「でも、この子たちは傷ついた」


「死なせてない」


その言葉に、ルークは顔を上げた。


男は本気でそう思っている。


「死なせなければいいんですか」


「仕事だ」


「黒くなった双尾狐も?」


「それは俺の仕事じゃない」


「でも連れてきたのはあなたですよね」


男の眉間に皺が寄る。


「坊主。魔物に肩入れするのは勝手だが、俺に説教するな。お前だって魔物を戦わせてる」


ルークは言葉に詰まった。


否定できない。


プルも。


レイも。


ソラも。


ルークと一緒に何度も傷ついてきた。


「違う」と即座に言うのは簡単だった。


だが共生契約だから何をしても正しいわけではない。


ルークが判断を誤れば、仲間は傷つく。


「……そうですね」


男が少し意外そうな顔をする。


「でも」


ルークは続けた。


「僕は、この子たちが嫌だと言ったら無理に戦わせない」


隣でレイが僅かに耳を動かした。


「この子たちを強くしたい。でも、本人が何になるかまで僕が決めたくない」


男はしばらくルークを見る。


やがて肩をすくめた。


「変わった魔物使いだ」


「よく言われます」


「褒めてねえよ」


そこは分かっていた。




緊張が少し緩んだ。


その瞬間だった。


小狐が動いた。


男へ飛びかかる。


「待って!」


ルークが手を伸ばす。


男も反応した。


腰から小さな筒を抜く。


吹き矢。


小狐へ向ける。


レイが走った。


間に合わない。


ソラの風が先だった。


狭い部屋に突風が走る。


男の手元がずれる。


吹き矢が壁へ刺さる。


同時にレイが男を押し倒した。


「動くなと言った」


低い声。


男の喉元にはレイの牙。


小狐も、そのすぐ横で牙を剥いている。


「やめて!」


ルークが駆け寄る。


小狐へ手を伸ばしかけ、止めた。


無理に掴めば余計に暴れる。


「この人を好きになる必要はない。でも今殺したら、依頼主のことが分からなくなる」


小狐の耳が動く。


「それに」


ルークは壁へ刺さった吹き矢を見る。


「この人がやったことを、僕が勝手に許すこともできない。だから町へ連れていく」


男が鼻で笑う。


「俺が素直についていくと思うか?」


レイの牙が少し近づく。


「行く」


「……お前の狼、性格悪くないか」


「レイは結構優しいですよ」


「どこがだ」


ルークと男の声が重なった。


一瞬だけ妙な間ができる。


それでも小狐は笑わない。


当然だ。


じっと男を睨み続けている。


やがて。


一歩だけ下がった。


攻撃をやめた。


【信頼行動を確認しました】


表示が浮かぶ。


だが数字は変わらない。


【信頼関係:2/3】


ルークは少しだけ安心した。


今の行動一つで、いきなり全てを信じる必要はない。


それでいい。




男の荷物を調べると、吹き矢と眠り薬、革紐、金属輪が見つかった。


黒い棘はない。


代わりに、もう一枚依頼書がある。


狐ではなかった。


粗い絵。


大きな蛙型魔物。


その下に条件が書かれている。


『毒性の高い個体』


『通常より大型』


『可能なら複数個体を率いるもの』


そして右下。


中央の円から枝分かれする線。


同じ印。


「この依頼、いつから受けてるんですか」


男はレイに見張られながら壁へ座っている。


「半年くらいだ」


「半年?」


「最初は月に一度あるかどうかだった。ここ二月くらいは増えた」


湿地の異変が目立ち始めた時期と重なる可能性がある。


「依頼を受け取る場所は?」


男が黙る。


レイが見る。


「言う」


早かった。


「リューデンの西門から半日ほど南。枯れた柳が三本並んでる場所がある。そこに石箱が埋まってる」


ルークは場所を覚える。


「次の依頼は?」


「三日後」


「……まだ来るんだ」


依頼主へ繋がれるかもしれない。


だが相手がこちらに気づいていないとは限らない。


ここへ男が来た理由も確認する必要がある。


「今日は何をしに?」


男がミストフォックスを見る。


小狐の毛が逆立った。


「そいつを回収する予定だった」


やはり。


「依頼主は、この狐がここにいるのを知ってる?」


「捕まえた時に報告はした」


ルークは言葉を失う。


なら。


この施設のことも。


狐のことも。


そして小狐が一匹逃げたことも。


向こうは把握している可能性がある。


「急いでここを出た方がいい」


レイが言った。


「うん」


ルークも同意する。


施設の奥はまだ調べたい。


しかし負傷した狐。


捕獲者。


そして、存在を把握しているかもしれない依頼主。


長居する理由より、離れる理由の方が多くなった。




帰る準備を始める。


プルが衰弱したミストフォックスの下へ身体を滑り込ませ、背中を平らにする。


「ぷる」


ミストフォックスは警戒した。


だが小狐が先にプルへ乗った。


一度。


わざとらしく座る。


「ぷるる!」


プルが嬉しそうに揺れる。


小狐はすぐ降りた。


次にミストフォックスを見る。


少し迷ってから、灰色の狐がプルの背へ身体を預けた。


「乗ってくれたね」


「ぷる!」


動くと落ちるため、ルークが慌てて押さえる。


小狐はその様子を見ていた。


昨日までは近づくことすら嫌がっていたプルへ、自分の仲間を預けた。


小さな変化。


表示は出ない。


それでも十分だった。


男をレイの前へ歩かせ、入口へ向かう。


途中。


小狐が一度だけ立ち止まった。


壁。


進化誘導と刻まれていた場所。


その少し下。


ルークが気づいていなかった細い傷がある。


小狐が前脚で苔を掻いた。


文字が現れる。


古い文字。


その中に、一つだけ読める言葉。


『適合』


さらにその下。


『失敗個体は――』


そこから先は石が崩れていた。


ルークはしばらく壁を見つめた。


進化を誘導する施設。


進化しやすい個体を集める現在の依頼。


黒い棘。


そして適合と失敗。


同じことを、誰かがもう一度始めている。


完全に同じ方法なのかは分からない。


だが偶然ではない。


小狐がルークを見る。


「戻ろう」


今は先へ進む時ではない。


ここで得たものを持ち帰り、整理する。


そして三日後。


依頼書が置かれるという石箱。


そこへ行けば、この異変を起こしている相手へ、初めてこちらから近づけるかもしれない。


ルークは施設の暗い奥を一度だけ振り返り、外へ向かった。

最後までありがとうございます!

今後も個性の違う魔物たちが登場していきます。

「この先も読んでみたい」と思っていただけましたら、ブックマーク・評価をいただけると嬉しいです!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。