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魔物使いの進化論 ~最弱スライムから始める神話級魔物育成~  作者: 庵


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第38話「西湿地の奥へ」



翌朝、ルークたちは日の出とともにリューデンを出た。


ハルトから借りた地図には、西湿地の奥へ続く道が書き込まれている。目的地は、彼が小狐たちと出会ったという古い石造りの建物だった。


負傷した黒いダイアウルフと狼の群れは町の外に残してある。


レイは出発前に群れのところへ立ち寄り、何度か短く唸り合っていた。黒いダイアウルフも横になったまま顔を上げたが、追ってこようとはしなかった。


「大丈夫そう?」


「傷が治るまでは動かない。あいつらも残る」


「レイは残らなくていいの?」


聞くと、レイは面倒そうに耳を動かした。


「俺が行くと決めた」


「そっか」


「それだけか」


「いや、ちょっと嬉しい」


「……知らん」


レイが先へ歩いていく。


その足元をプルが追いかけ、ソラはすでに空へ上がっていた。


以前より仲間が増えた。


それでも今、ルークの横を歩く三匹が自分でここにいることを選んでいる。その事実は、契約の表示よりずっと分かりやすかった。




西湿地へ入って一時間ほどで、最初の魔物が現れた。


【マッドクラブ Lv.7】


全部で六匹。


以前なら足場を確認しながら一匹ずつ誘い出していた相手だ。


「プル、右を止めて。レイは左。ソラは逃げる奴だけお願い」


ルークが言い終わるより早く、三匹が動いた。


プルの身体から六本の触手が伸びる。


二本で前脚を絡め、別の二本で泥を跳ね上げる。視界を奪われたマッドクラブ同士がぶつかったところへ、残る触手が倒木を押し転がした。


三匹がまとめて横転する。


「ぷる!」


「うん。上手い!」


左ではレイが一匹目の鋏を紙一重で避けていた。


低く潜る。


爪撃。


甲殻そのものではなく、脚の付け根を狙う。


倒れた一匹を踏み台にして二匹目へ飛ぶ頃には、ソラの風刃が最後尾のマッドクラブの進路を塞いでいた。


逃がさないための一撃。


倒すための一撃ではない。


その違いに、ルークはすぐ気づいた。


「ソラ、そこ!」


投石紐を回す。


放った石が横を向いたマッドクラブの目元へ当たった。


完全な命中ではない。


少し下。


それでも十分だった。


動きが止まったところへレイが入り、戦闘が終わる。


六匹。


それでも表示されたのは一つだけだった。


【プルのLvが上がりました】


【Lv:10 → 11】


レイとソラには何も出ない。


ルークは少しだけ表示を待ったが、続きはなかった。


「……そりゃそうか」


進化して強くなれば、同じ相手を何匹倒しても以前ほど大きな成長にはならない。


それでも戦闘自体は圧倒的に楽になっている。


以前なら危険だった相手を、今はほとんど傷つかずに倒せる。


レベルだけではない。


それも成長だった。


「先へ行こう」


「ぷる!」


プルだけが上機嫌で跳ねる。


レイは倒した魔物の匂いを確認し、ソラはすでに次の偵察へ飛んでいた。




ハルトの地図が役に立ったのは、湿地の中央付近までだった。


そこから先は、線が急に少なくなる。


『この辺りから水深不明』


『毒沼あり』


『視界悪化』


短い注意書きばかりだ。


「五年もここにいた人が、あまり調べてないんだ」


「調べられなかったんだろう」


レイの言葉に、ルークは地図から顔を上げた。


確かにその通りだ。


湿地の色が変わっている。


水は茶色ではなく、ところどころ紫黒く濁っていた。葦の先も枯れ、虫の鳴き声まで少ない。


「ソラ。少し高いところから見てきてくれる?」


ソラが一声鳴いて上昇する。


すぐには戻ってこなかった。


いつもなら周囲を一周して数分で戻る。


今日は違う。


右。


左。


さらに高く。


遠くから見ても、何度も進路を変えているのが分かった。


「何してるんだろ」


「道を探している」


「見えるの?」


「動きで分かる」


レイが当然のように答える。


しばらくして、ソラが戻ってきた。


ルークたちの頭上を通過すると、少し南へ飛ぶ。


「そっち?」


追う。


二百歩ほど進むと、右手の水面が大きく泡立った。


泥の下からスワンプリーチが姿を現す。


一匹ではない。


少なくとも八匹。


「うわ……」


ソラが案内した道は、その群れを大きく迂回していた。


さらに進むと、今度は地面が途中で途切れている。


一見すると浅い水場だが、長い枝を落とすと、そのまま沈んでいった。


「これも避けてたんだ」


ソラが得意そうに鳴く。


「敵を見つけただけじゃない。安全な道を選んだんだね」


その瞬間。


【行動条件を確認しました】


ルークの視界に文字が浮かぶ。


【広域偵察】


【危険地帯における経路選定】


さらに続く。


【ソラの進化条件が更新されました】


【特殊条件の一部を達成しました】


【空域把握:1/2】


「これだ……!」


ソラが急降下してくる。


ルークの肩へ止まりかけ、勢いが強すぎたのか翼をばたつかせた。


「痛い痛い!」


「ピィ!」


「いや、褒めてるから!」


少し離れたところでレイが顔を背ける。


「笑った?」


「笑っていない」


「今、絶対――」


「先へ行くぞ」


誤魔化された。




昼を過ぎた頃、今度はレイが足を止めた。


「前に三匹」


「種類は?」


「大きいトカゲだ」


ルークは杖を握る。


葦の向こうにいたのはマッドリザードだった。


【マッドリザード Lv.17】


【マッドリザード Lv.18】


【マッドリザード Lv.18】


昨日までなら避けることも考えた相手。


だが今は足場がいい。


ソラが見つけた乾いた道の上だった。


「ここなら戦える」


三匹のマッドリザードもこちらに気づいた。


一匹が低く身体を沈める。


突進。


「レイ!」


「分かってる」


真正面からレイが走る。


ぶつかる寸前。


身体が横へ消えたように見えた。


マッドリザードの牙が空を噛む。


レイの爪が脇腹を裂いた。


【疾走 Lv.3】


以前より速いだけではない。


止まり方も、方向転換も違う。


二匹目がレイへ噛みつこうとする。


上空から風刃。


顔の前へ一枚。


マッドリザードが反射的に首を逸らす。


その瞬間、ソラが急降下した。


爪が頭部を掠める。


「近すぎる!」


ルークの声に、ソラが急上昇する。


その直後、尾が振り抜かれた。


ぎりぎりだった。


「無茶しない!」


「ピィ!」


反省しているようには聞こえない。


三匹目はプルへ向かう。


プルが触手を広げた。


一、二、三、四、五、六。


脚へ巻きつく。


だが相手はLv18。


力任せに二本を振りほどいた。


「ぷるっ!」


引っ張られる。


「プル、全部で止めなくていい!」


ルークが走る。


プルが反応した。


四本の触手を離す。


残した二本だけを片脚へ集中させる。


マッドリザードの体勢が崩れた。


そこへルークが投石紐を回す。


狙うのは目。


放つ。


石は狙いより少し外れ、眉間に当たった。


失敗。


だがマッドリザードが一瞬目を閉じる。


「今!」


プルの身体が跳ねた。


体当たり。


倒れたところへ硬化した触手を叩き込む。


【硬化 Lv.4】


仕留めた。


残る二匹。


レイとソラが追い込んでいる。


ルークは一歩引いて全体を見る。


「ソラ、右へ追って!」


風刃が左へ落ちる。


逃げ道が限定される。


右へ動いたマッドリザードの先にはレイ。


爪撃。


倒れる。


最後の一匹が逃げようとした。


ソラが追う。


今度は無理に近づかない。


上空から二枚。


三枚目を少し先へ撃つ。


進路が変わる。


その先へレイ。


戦闘が終わった。


【ソラのLvが上がりました】


【Lv:16 → 17】


それだけだった。


レイもプルも上がらない。


だがルークは納得した。


同格に近い相手を三匹。


ソラは戦闘の中で攻撃だけではなく、相手の進路まで制御していた。


「いい感じだ」


進化を急ぎすぎる必要はない。


何をできるようになったのか。


その積み重ねがあってこその進化だ。




午後。


湿地の奥へ進むほど、人工物が増えていった。


半分泥に沈んだ石柱。


砕けた石板。


そして、水草に覆われた古い道。


「近い」


ハルトの地図にある丸印と一致する。


ルークは『魔物観察録』を取り出した。


例のページ。


中央の円から枝分かれする線。


周囲を見回す。


すぐには何もない。


「気のせいだったのかな」


「いや」


レイが鼻を動かした。


「狐の匂いがする」


ルークは本を閉じる。


「小さい方?」


「混ざってる」


レイが顔を上げた。


「二匹……いや、三匹だ」


ハルトが言っていた数と同じ。


ルークたちは慎重に進んだ。


やがて木々の向こうに、石造りの壁が見える。


古い。


半分以上が植物に覆われ、屋根の一部は崩れていた。


入り口らしき場所には黒い蔦が絡んでいる。


そして。


その手前に、小狐がいた。


「いた」


灰白色の毛。


一本の長い尾。


昨日より前脚の黒い変色が少し広がっている。


ルークを見るなり耳を伏せた。


逃げはしない。


だが近づいてもこない。


「大丈夫。追いかけに来たんじゃない」


小狐が低く鳴いた。


その直後だった。


奥から別の鳴き声が返る。


低い。


苦しそうな声。


小狐が振り返る。


石造りの建物の陰から、一匹の狐が姿を現した。


一回り大きい。


白銀の毛。


そして尾が二本ある。


ルークの目が見開かれた。


鑑定する。


【種族:双尾狐】


【Lv:22】


【幻惑 Lv.3】


【気配遮断 Lv.3】


【魔力爪 Lv.2】


見たことのない種族。


だがルークが驚いたのは、そこではない。


白銀だったはずの身体の半分近くが黒く染まっていた。


【状態:変異進行】


「まだ……変異しきってない」


双尾狐がよろめく。


小狐が駆け寄ろうとした。


「待って!」


遅かった。


双尾狐の頭が上がる。


瞳が濁っている。


次の瞬間、前脚が振り抜かれた。


小狐が吹き飛ぶ。


「プル!」


触手が伸び、小狐を地面へ落ちる寸前で受け止めた。


レイが前へ出る。


ソラも翼を広げる。


「倒すのか」


レイが聞いた。


ルークは双尾狐を見る。


黒い変色。


苦しそうな呼吸。


それでも、小狐を攻撃した直後に一瞬だけ動きが止まっている。


爪も、首を狙っていなかった。


「……違う」


「何がだ」


「まだ残ってる」


何がとはうまく言えない。


だが完全に変異していた狼たちとは違う。


この双尾狐は抗っている。


小狐がプルの触手から飛び降りた。


双尾狐の前へ立つ。


震えている。


それでも退かない。


レイが低く唸った。


「あいつ、殺すなと言っている」


ルークは小狐を見る。


昨日までなら、何を考えているのか分からなかった。


今は違う。


守りたいものがある。


そのために、自分よりずっと強い相手の前へ立っている。


「分かった」


ルークは杖を構えた。


「倒さない」


双尾狐の身体が揺れる。


一匹。


二匹。


四匹。


六匹。


幻惑によって姿が増えていく。


【幻惑 Lv.3】


レイが目を細める。


「本物が分かりにくい」


「匂いは?」


「全部からする」


「そんなことまでできるの?」


答える暇はなかった。


六匹の双尾狐が同時に走り出す。


ルークは一歩も下がらなかった。


「レイ、見つけなくていい!」


「何?」


「全部止める!」


プルが触手を広げる。


ソラが上空へ舞い上がる。


「幻なら攻撃は通らない。本物だけが僕たちに触れる!」


六匹。


その全てを相手にする必要はない。


襲ってくる瞬間だけ見ればいい。


小狐が振り返る。


初めてルークを真っ直ぐ見た。


視界に文字が浮かぶ。


【特殊個体との信頼行動を確認しました】


【信頼関係:1/3】


だがルークは表示を追わなかった。


双尾狐が迫る。


「ここからだ!」


六つの影が一斉に飛びかかってきた。

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