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魔物使いの進化論 ~最弱スライムから始める神話級魔物育成~  作者: 庵


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第34話「群れを率いる者」



泥に残された大きな足跡を前に、レイはしばらく動かなかった。


狼に似た四本指の跡は、レイのものより二回りほど大きい。人間の足跡と同じ方向へ続き、どちらも西湿地の奥へ向かっている。


ルークは追いたい気持ちを抑え、地図に場所を書き込んだ。


「今日は戻ろう。今から追えば、帰りが遅くなる」


レイは足跡から鼻を離さない。


「レイ?」


ようやく顔を上げたものの、普段のようにすぐルークの隣へは戻らなかった。もう一度だけ西を見てから、ゆっくり歩き出す。


その反応が引っかかった。


足跡の主を知っているのか。


それとも、同じ狼系の魔物だから気になっただけなのか。


ルークには判断できなかった。


リューデンへ戻ったのは夕方だった。


冒険者ギルドへ入ると、昨日から対応してくれている男性職員がルークの姿を見るなり眉を寄せた。


「また泥だらけだな」


「昨日よりは少ないです」


「比較対象が悪い」


言い返せない。


ルークは今日確認した魔物の種類と位置、紫色の水溜まり、さらに人間と大型獣の足跡について報告した。


男性職員は地図へ印を書き込みながら聞いていたが、足跡の話で手を止めた。


「大きな狼?」


「たぶん狼系です。レイよりかなり大きくて」


「西側なら、可能性はあるな」


「何かいるんですか?」


「湿地の外縁にはウルフの群れがいくつかいる。普段はもっと北だ。人間の生活圏まで降りてくることはほとんどない」


ルークはレイを見る。


受付台の横に伏せていたレイも話を聞いているようだった。


「最近、場所が変わったんですか?」


「魔物の行動範囲が変わってるって依頼書に書いてあっただろ。狼も例外じゃない」


男性は地図を畳んだ。


「ただし追うな。特に群れならな」


「分かってます」


「昨日なら信用しなかったが、今日は少しだけ信用してやる」


「少しだけですか」


「少しだけだ」


そこで会話は終わった。


ルークは宿へ戻る前に、レイの状態をもう一度確認する。


【種族:ハイウルフ】


【Lv:20/20】


【嗅覚 Lv.2】


【爪撃 Lv.3】


【疾走 Lv.3】


【気配察知 Lv.3】


そして進化条件。


【進化候補:ダイアウルフ】


【Lv:20/20 達成】


【疾走 Lv.3:達成】


【爪撃 Lv.3:達成】


【気配察知 Lv.3:達成】


【群体戦闘:達成】


【特殊条件:???】


変化はない。


「やっぱり分からないな」


レイがルークを見る。


「明日も少し戦ってみよう。レベルは上限だけど、スキルが変われば何か分かるかもしれない」


レイは短く鼻を鳴らした。


翌朝。


ルークたちは西ではなく、南側の湿地へ向かった。


昨日よりさらに町に近い区域で、討伐依頼が多く出ている場所だ。西湿地の異変は気になるが、今は無理に踏み込まず、まず四人の戦力を上げることにした。


最初に遭遇したのは、六匹のマッドクラブだった。


以前なら数を見て慎重になっていた。


今は違う。


「プル、右半分。レイは左から回って」


「ぷる!」


レイが走る。


マッドクラブ三匹が鋏を向けたが、追いつけない。


その間にプルから四本の触手が伸びる。


一匹を持ち上げる。


二匹目の脚を払う。


三匹目の鋏を押さえ込む。


残り三匹がルークへ向かった。


「ソラ!」


上空から二枚の風刃が飛んだ。


【風刃 Lv.2】。


一枚目が先頭の甲殻を切り裂き、二枚目がその後ろの個体へ当たる。


威力が明らかに上がっている。


ルークも投石紐を回した。


石を放つ。


一匹の鋏に当たる。


狙った場所だった。


「よし!」


怯んだところへレイが戻る。


爪撃。


一匹。


そのまま反転して二匹目。


プルが押さえていた個体へソラの風刃が入り、残った一匹も四本の触手に囲まれる。


戦闘開始から一分も経っていなかった。


【マッドクラブを討伐しました】


【マッドクラブを討伐しました】


【マッドクラブを討伐しました】


表示が続く。


六匹全て。


ルークは少し息を吐いた。


「昨日より楽だったね」


「ぷる!」


プルはかなり得意そうだ。


レイは当然という顔をしている。


ソラは上空を旋回したまま、次の獲物を探していた。


しばらくして表示が浮かぶ。


【プルのLvが上がりました】


【Lv:5 → 6】


続いてソラ。


【ソラのLvが上がりました】


【Lv:9 → 10】


【飛翔 Lv.2 → Lv.3】


「飛翔も上がった」


ソラが翼を大きく広げた。


飛行速度そのものが劇的に変わったわけではない。


それでも旋回が滑らかになり、低空から一気に高度を上げる動きが速くなっている。


「これなら偵察できる範囲も広がりそうだ」


ソラは嬉しそうに高度を上げた。


その直後だった。


遠くから何かの鳴き声が聞こえた。


一つではない。


複数。


レイが反応する。


「狼?」


北西。


昨日見つけた足跡とは少し違う方向だ。


ルークは迷った。


西の奥へ入るつもりはない。


ただ鳴き声は近い。


「見るだけ。危なそうなら戻ろう」


レイが先に歩き出した。


十分ほど進むと、景色が変わった。


湿地の中に小さな林がある。


その手前で、戦闘が起きていた。


狼。


五匹。


どれもレイより小さい。


【ウルフ Lv.6】


【ウルフ Lv.8】


【ウルフ Lv.7】


【ウルフ Lv.9】


【ウルフ Lv.5】


相手は巨大な蜥蜴だった。


【マッドリザード Lv.17】


しかも二匹いる。


「襲われてる……」


狼たちは逃げていなかった。


一匹が地面に倒れている。


残る四匹がその個体を守るようにマッドリザードを囲んでいた。


だが力の差が大きい。


一匹が噛みつこうとする。


マッドリザードの尾が振られた。


狼が吹き飛ぶ。


「レイ!」


ルークが呼ぶより先に、レイが走った。


「待って!」


止まらない。


普段のレイなら、ルークの指示を無視して飛び込むことはほとんどない。


それでも今は一直線に戦場へ向かっている。


マッドリザードが倒れた狼へ顎を向けた。


その前へレイが入る。


爪撃。


鼻先を深く切り裂いた。


マッドリザードが仰け反る。


五匹の狼が一斉にレイを見る。


レイは振り返らない。


低い唸り声を上げた。


短い。


それだけだった。


しかし。


四匹の狼が動いた。


二匹が左右へ。


一匹が負傷した仲間を引きずる。


もう一匹がレイの後ろへつく。


ルークは足を止めた。


「……指示した?」


言葉ではない。


鳴き声と動きだけ。


それでも野生の狼たちはレイの意図を理解している。


二匹のマッドリザードが同時に動いた。


レイは正面から向かわない。


走る。


一匹を引きつける。


二匹の狼が側面から吠え、もう一匹の注意を逸らす。


まるで最初から同じ群れだったように動いている。


「プル、僕たちも行く!」


「ぷる!」


ルークたちも戦場へ入った。


一匹目はレイが担当している。


なら二匹目。


「ソラ、目を狙って! プルは脚!」


風刃。


マッドリザードが顔を逸らす。


四本の触手が脚へ絡みついた。


敵が振りほどこうとする。


強い。


プルの身体が引きずられる。


「僕も!」


ルークは投石紐を回す。


石を放つ。


目元。


外れた。


だが鼻先には当たった。


一瞬だけ動きが止まる。


その隙にプルが触手を一本増やして木へ巻きつけた。


自分の身体を固定する。


残る触手でマッドリザードを引く。


巨体が傾く。


「今!」


ソラの風刃。


首。


野生の狼も一匹飛び込んだ。


噛みつく。


マッドリザードが暴れる。


尾が狼へ向かった。


ルークの危険察知が反応する。


「下がって!」


声は通じない。


それでも狼より先にレイが動いた。


疾走。


体当たりするように仲間を押す。


尾が空を切った。


そのままレイは振り返る。


マッドリザードの死角。


爪撃。


深く入った。


一匹目が倒れる。


【マッドリザードを討伐しました】


残る一匹が状況を見た。


逃げる。


「追わない!」


ルークは叫んだ。


湿地へ入れば不利になる。


レイも追わなかった。


だが野生の狼二匹が走り出そうとする。


レイが吠えた。


今までより強い声。


二匹が止まった。


マッドリザードは泥の中へ消えていく。


誰も追わない。


数秒後。


表示が現れた。


【群れへの指揮行動を確認しました】


ルークの目が大きくなる。


続く。


【自身と契約関係にない同族個体からの自発的な追従を確認しました】


「レイ……」


さらに一行。


【特殊条件の一部を達成しました】


【統率行動:1/2】


「これだったんだ」


プルの時と似ている。


ただ戦うだけではない。


レイ自身が群れを動かす。


それもルークの命令ではなく、自分の判断で。


レイは表示など見えていない。


倒れていた狼へ近づく。


傷が深い。


後脚から血が出ている。


ルークも近づいた。


「治療できると思う」


レイがルークを見る。


頼んでいる。


そう感じた。


「分かった」


ルークは荷物から薬と布を出した。


治療には少し時間がかかった。


野生の狼は当然ルークを警戒した。


近づこうとすると牙を見せる。


それでもレイが隣に座ると、少しずつ唸り声が弱くなった。


「痛いけど、我慢してね」


傷口を洗う。


薬を塗る。


布を巻く。


噛まれるかもしれない。


そう思っていたが、狼は最後まで耐えた。


治療が終わると、群れはすぐには離れなかった。


五匹がレイの周囲へ集まる。


一匹が鼻先を近づける。


別の一匹が身体を低くする。


レイは威張らない。


ただ静かに立っている。


やがて一匹が林の方へ歩き出した。


数歩進み、振り返る。


他の狼も同じ方向を見る。


「帰る場所があるのかな」


レイはルークを見る。


それから狼たちを見る。


迷っている。


「行ってきていいよ」


レイの耳が動く。


「僕たちはここで待ってる」


レイは数秒ルークを見ていた。


やがて群れの方へ歩き出す。


五匹の狼がその後を追う。


プルもついて行こうとした。


「プルは待とう」


「ぷる……」


明らかに残念そうだった。


レイが戻ってきたのは三十分ほど後だった。


一匹ではない。


先ほどの五匹もいる。


さらに。


林の奥から別の狼たちが現れた。


六匹。


七匹。


八匹。


ルークは思わず立ち上がった。


「こんなにいたの?」


十匹を超える群れ。


その中央をレイが歩いてくる。


襲ってくる様子はない。


プルの身体が少し膨らむ。


ソラもルークの近くへ降りた。


レイはルークの前まで来ると止まった。


その後ろで狼たちも止まる。


奇妙な光景だった。


野生の群れ。


人間。


キングスライム。


ウィンドホーク。


普通なら同じ場所に集まる組み合わせではない。


その時、一匹の狼が鳴いた。


林の奥を見る。


レイも振り返る。


何かいる。


次の瞬間。


狼たちが一斉に身体を低くした。


敵意ではない。


怯えている。


ルークの危険察知にも反応が走った。


強い。


昨日までとは明らかに違う。


林の奥から、重い足音が聞こえてくる。


枝が折れる。


草が揺れる。


やがて姿を現したのは、巨大な狼だった。


灰色ではない。


泥と血で汚れた黒い毛。


レイより二回り以上大きな身体。


昨日見つけた足跡と一致する。


ルークは反射的に鑑定した。


【種族:ダイアウルフ】


【Lv:27】


【爪撃 Lv.4】


【疾走 Lv.4】


【気配察知 Lv.4】


【威圧 Lv.3】


「ダイアウルフ……」


レイの進化候補と同じ種族。


だが、様子がおかしい。


右肩に深い傷がある。


口元には乾いた血。


そして首には。


切れた革紐が巻きついていた。


野生の魔物が身につけるものではない。


レイが低く唸る。


ダイアウルフもレイを見る。


二匹の視線がぶつかった。


群れの狼たちは動かない。


逃げることも、戦うこともできずにいる。


ルークはスタッフへ手を伸ばした。


その時だった。


ダイアウルフの後ろから、さらに三匹の狼が姿を現した。


どの個体も身体の一部が黒く変色している。


そしてダイアウルフ自身の傷口にも、昨日から何度も見た紫色が広がっていた。


レイが一歩前へ出る。


今度はルークも止めなかった。


進化条件の表示が、視界の端に残っている。


【統率行動:1/2】


目の前には怯える群れ。


その前に立つレイ。


そして、同じ進化先の名を持つ強敵。


ルークは投石紐へ石を入れながら、レイの隣へ並んだ。


「戦うなら、一緒だよ」


レイは前を向いたまま、静かに牙を見せた。


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