第25話 レイの進化条件
オーガを討伐した翌日、ルークたちは冒険者ギルドで報酬を受け取っていた。
Dランク相当とされていたオーガを三人だけで倒したことは、受付でも少し話題になったらしい。討伐証明を確認した受付の女性は、何度もルークとプル、レイを見比べていた。
「本当に三人だけで倒したんですね」
「かなり危なかったですけど」
「危なかったで済ませる相手じゃないんですけどね……。ただ、これでグランゼル周辺での実績も十分です。まだEランクですが、中層手前までの依頼なら受けても問題ありません」
行ける場所が増える。
それは、そのまま出会える魔物が増えるということだった。
「中層にはどんな魔物がいますか?」
「昨日のオーガ以外だと、ケイブスパイダー、アイアンアントの大型個体、それから山岳ウルフの群れですね。上空にはハーピーや鳥型の魔物もいます」
ルークは最後の言葉に反応した。
ここ数日、山の上空で何度か見かけている翼を持った影がいる。ただ、今日の目的はそれではない。
「山岳ウルフについて詳しく教えてもらえますか?」
隣に座っていたレイの耳が動いた。
「興味があります?」
「レイがハイウルフになってから、次の進化条件をまだちゃんと調べていないので」
受付の女性は少し考えた後、山の地図を取り出した。
「この辺りです。中層手前の岩山と森林が混ざっている場所に、ウルフ系の群れがいくつかあります。普通のウルフより身体が大きく、群れでの戦闘がかなり上手いので注意してください」
「ありがとうございます」
ルークは教えられた場所を覚える。
昨日はプルのキングスライムへの道が大きく進んだ。
今日はレイ。
三人で強くなると決めた以上、誰か一匹だけを育て続けるつもりはなかった。
昼前には、ルークたちは山岳ウルフの生息域へ入っていた。
昨日までの岩場とは違い、この辺りには背の低い木々が増えている。地面には大きな岩が点在しており、死角になる場所も多かった。
「レイ、分かる?」
レイは地面の匂いを嗅いだ後、顔を上げた。
【嗅覚 Lv.2】と【気配察知 Lv.2】。
二つのスキルを使いながら、ゆっくりと前へ進んでいく。
しばらくすると、レイが一本の木の前で止まった。幹には深い爪痕が残されている。
「縄張りの印かな」
レイが爪痕の匂いを嗅ぐ。
その直後、低い唸り声が聞こえた。
一方向ではない。
左右だけでなく、後ろからも聞こえてくる。
「囲まれてる」
ルークがスタッフを構えると、岩陰から一匹目が現れた。
灰色の狼だった。
レイより一回り小さいが、普通のウルフより身体が大きく、脚も太い。
続いて二匹目、三匹目と姿を現し、最終的には六匹の狼がルークたちを取り囲んだ。
【マウンテンウルフ】
初めて見る種族だった。
「戦うつもりみたいだね」
六匹はすぐには襲ってこない。
一定の距離を保ちながら互いの位置を確認し、ルークたちの逃げ道を塞ぐように少しずつ配置を変えている。
その動きを見て、ルークはすぐに気づいた。
「レイと似てる」
ただ正面から襲いかかるのではない。
仲間の位置を見ながら、相手の死角を作っている。
一匹が正面から前へ出てきた。
ルークたちの注意がそちらへ向いた瞬間、背後にいた二匹が同時に走り出す。
「プル、後ろ!」
プルが身体を反転させ、二匹の前へ触手を伸ばした。
一匹は横へ避け、もう一匹は触手を飛び越える。
「連携が上手い!」
飛び越えたマウンテンウルフが、そのままルークへ牙を剥いた。
胸の奥に【危険察知:微弱】の警告が走る。
ルークはスタッフを横に構えて噛みつきの軌道を逸らし、そのまま身体を捻って横へ抜けた。
直後、レイが割り込む。
【爪撃 Lv.3】。
しかし、マウンテンウルフも素早く身体を引いて爪を避けた。
今までの魔物より明らかに戦い慣れている。
「面白い相手だ」
ルークは自然と笑っていた。
「レイ、一匹ずつじゃなくて群れ全体を見て!」
レイの耳が動いた。
正面の敵だけを見るのではなく、六匹全体の位置を捉え始める。
右から一匹が接近し、その動きに合わせるように左側の二匹も走り出した。
レイは最初に迫ってきた一匹へ向かって【疾走 Lv.3】を発動すると、噛みつきが届く直前で急激に進路を変えた。そのまま左から迫っていた二匹のうち一匹へ先回りし、肩口へ【爪撃 Lv.3】を叩き込む。
マウンテンウルフが地面を転がった。
「やっぱり読めてる!」
レイは以前から、相手の動きを読むことを得意としていた。
そこへ【気配察知】が加わり、さらに今日は群れで連携する相手と戦っている。
一匹ずつを見るのではなく、群れ全体の動きを読む。
どの個体が囮になり、どの個体が本命として攻撃してくるのか。
戦闘が続くほど、レイの視線が変わっていく。
「プル、レイに合わせよう!」
「ぷる!」
プルもレイの動きを見る。
二匹のマウンテンウルフが左右へ分かれた瞬間、レイが短く吠えた。
「ウォン!」
それだけでプルが反応した。
三本の触手が右側へ伸び、二匹の進路を塞ぐ。
逃げ道を失った一匹が方向を変えるが、その先にはルークがいた。
「こっちだ!」
スタッフを低く振り、前脚を叩く。
マウンテンウルフが体勢を崩したところへ、レイが横から飛び込んだ。
【爪撃 Lv.3】が急所を捉える。
一体目が倒れた。
残る五匹が一度距離を取る。
だが、今度はレイが待たなかった。
自分から一匹へ向かって走り出す。
追われた個体が仲間のいる方向へ逃げると、左右から二匹がレイを挟もうと動いた。
その連携すら、レイは読んでいた。
追っていた一匹へ届く直前で急停止し、身体を反転させる。【疾走 Lv.3】の加速を一瞬だけ使い、援護に入ろうとしていた一匹の側面へ回り込んだ。
振り抜かれた【爪撃 Lv.3】が深く入る。
二体目が倒れた。
そこから戦いの流れは大きく変わった。
マウンテンウルフたちは群れとして強い。傷ついた個体が下がれば別の個体が前へ出て、正面から注意を引く個体がいれば、別の個体が死角から襲ってくる。
だが、レイは戦えば戦うほど、その連携を理解していった。
一匹が動けば、その動きから次の一匹の位置を予測する。
そこへプルの触手が進路を塞ぎ、ルークがスタッフで体勢を崩す。
三人の連携が噛み合い始めると、マウンテンウルフの数は一匹ずつ減っていった。
四匹を倒し、残るのは二匹。
最後の二匹は同時にレイへ狙いを定めた。
一匹が正面から走り、もう一匹が大きく迂回して背後へ回る。
「レイ、後ろ!」
ルークが声を上げた時には、レイもすでに気づいていた。
それでも振り返らない。
正面の一匹だけを見ながら、背後の気配が近づくのを待つ。
後ろからマウンテンウルフが飛びかかった瞬間、レイは身体を低く沈めた。
牙が銀灰色の毛を掠め、飛び越えたマウンテンウルフが正面から迫っていた仲間とぶつかる。
「プル!」
二匹が重なった瞬間を逃さず、プルが複数の触手を伸ばした。
【変形 Lv.2】で二匹の身体へ触手を絡ませ、そのまま【硬化 Lv.3】を発動する。
マウンテンウルフたちは暴れたが、体勢を崩した状態では簡単に抜け出せない。
レイが一匹へ飛び込み、ルークはもう一匹へ向かった。
ルークはスタッフを低く構え、拘束されたマウンテンウルフの前脚を狙って強く打ち込む。脚が崩れたところへもう一撃を重ね、完全に体勢を崩したところでレイが戻ってきた。
最後はレイの【爪撃 Lv.3】が急所を捉え、六匹目も動かなくなった。
戦闘を終えたレイは、その場に腰を下ろして荒くなった呼吸を整えていた。
かなり疲れているはずなのに、その目にはまだ戦闘の興奮が残っている。
「レイ、こういう相手と戦うの好きでしょ?」
ルークが笑いながら聞くと、レイは興味がないと言いたげに顔を逸らした。
しかし、地面に触れている尻尾だけは隠せていない。左右へゆっくり動いている。
「やっぱり楽しかったんだ」
レイが振り返り、少し不満そうにルークを見る。
その横ではプルも身体を小刻みに揺らしていた。まるで笑っているように見えたのか、レイが前脚を伸ばしてプルをころりと転がす。
「ぷるっ!?」
「二匹とも元気だね」
ルークが笑ったところで、戦闘結果を知らせる表示が現れた。
【経験値を獲得しました】
【レイ Lv:16 → Lv:18】
「二つ上がった!」
格上のオーガに続き、今度は自分と同じ狼種との群体戦闘だった。その経験が大きかったのか、さらに新しい表示が続く。
【群体戦闘経験を確認しました】
【複数個体の行動予測を確認しました】
【気配察知 Lv.2 → Lv.3】
レイの耳がわずかに動いた。
試すように周囲を見回すと、先ほどまでよりも遠くの気配まで感じ取れているらしい。
だが、変化はそれだけではなかった。
【進化条件の一部を満たしました】
「進化条件?」
ルークはすぐにレイの情報を開いた。
【種族:ハイウルフ】
【Lv:18】
【進化候補:5】
その一番上に表示されていた【ダイアウルフ】を確認すると、以前まで隠されていた条件の多くが明らかになっていた。
【ダイアウルフ】
【進化条件】
【Lv:18/20】
【疾走 Lv.3:達成】
【爪撃 Lv.3:達成】
【気配察知 Lv.3:達成】
【群体戦闘:達成】
【特殊条件:???】
「レイもあと二レベルか」
必要なスキル条件は全て達成している。
残るのはLv20への到達と、まだ分からない特殊条件だけだった。
昨日はプルのキングスライムへの道が見えた。
そして今日は、レイにもダイアウルフへの道が見えてきた。
「この山にいる間に、二匹とも次へ進めるかもしれないね」
「ぷる!」
プルが嬉しそうに跳ねる。
レイも普段通り落ち着いた顔をしているが、尻尾は先ほどより大きく動いていた。
ルーク自身も、自然と期待が膨らんでいく。
プルがキングスライムになれば何が変わるのか。
レイがダイアウルフになれば、どこまで強くなるのか。
そして、その先にもまだ進化がある。
グランゼルへ来たことで、三人の成長速度は明らかに上がっていた。
ルークが倒したマウンテンウルフから討伐証明を回収していると、それまで座っていたレイが突然立ち上がった。
耳が真っ直ぐ上へ向いている。
「また何か見つけた?」
レイの視線を追って、ルークも空を見上げる。
青空と岩山の間を、一つの影が飛んでいた。
ここ数日、何度も見かけている翼を持つ魔物だった。
ただし、今日は今までより遥かに近い。
翼を広げれば一メートルを超える程度の鳥型で、青みがかった灰色の羽が陽光を反射している。
「あれがずっと見かけてた魔物か」
鳥型の魔物は風に乗り、岩山の間を縫うように飛んでいた。
だが、その飛び方には違和感がある。
時折大きく高度を落とし、片方の翼だけが不自然に揺れている。
「怪我してる?」
ルークが目を凝らした直後、さらに二つの影が上空から現れた。
人間に近い上半身と鳥の翼、鋭い鉤爪を持つ魔物。
「ハーピー……!」
二体のハーピーが鳥型の魔物を追っていた。
逃げる鳥は岩壁すれすれを飛び、何度も方向を変えて距離を離そうとしている。しかし傷ついた翼では速度が上がらず、少しずつ追いつかれていた。
一体のハーピーが上から急降下する。
鉤爪が鳥の背中を掠め、青灰色の羽が何枚も宙へ舞った。
鳥型の魔物が大きく体勢を崩す。
「まずい!」
必死に翼を動かすものの、もう高度を維持できない。
鳥は岩壁へ一度身体をぶつけ、そのまま斜面の向こう側へ落ちていった。
二体のハーピーも獲物を追い、続けて高度を下げていく。
ルークは考えるより先に走り出していた。
「レイ、場所分かる?」
レイもすでに走り始めている。
【気配察知 Lv.3】で落下した魔物の位置を探りながら、岩場の間を迷うことなく進んでいく。
プルもルークの横を跳ねながらついてきた。
「急ごう。あのままだとやられる!」
岩場を越え、急な斜面を回り込む。
やがて前方から、ハーピーの甲高い鳴き声が聞こえてきた。
その奥には、別の小さな鳴き声も混じっている。
まだ生きている。
ルークは新しいスタッフを握り直し、レイとプルと共に声のする方向へ走った。
ここ数日、何度も空から三人を見ていた一匹の魔物。
その魔物とルークたちが初めて真正面から出会うまで、もうほとんど距離は残されていなかった。




