第24話 王の資格
翌朝、ルークたちはグランゼルの冒険者ギルドを訪れていた。
昨日の戦闘でプルはLv19になり、キングスライムへの進化に必要なLv20まであと一つ。三種類の硬質素材を吸収したことで【硬化】もLv3へ成長し、進化条件の大部分が埋まっている。
残っているのは、内容すら分からない【統率行動】だけだった。
「キングっていうくらいだから、誰かを率いるのかな。でも、プルに無理やり他のスライムを従わせるのも違う気がするんだよね」
「ぷる?」
当のプルは何のことか分かっていないらしく、ルークの足元で身体を揺らしている。レイも興味がないのか、依頼板の前で静かに座っていた。
条件が分からない以上、考えているだけでは進まない。
まずはLv20へ到達させる。その過程で条件につながるものを探せばいい。
そう考えて依頼板を眺めていたルークは、一枚だけ縁取りの違う依頼書を見つけた。
【緊急討伐依頼】
【旧第三採掘道周辺 オーガ出没】
【推定数:一体】
【危険度:D相当】
「オーガか……」
昨日まで戦っていたストーンボアやロックリザードより、明らかに格上の魔物だった。
受付の女性へ依頼書を持っていくと、冒険者証を確認した彼女は難しい顔をした。
「Eランクでも受注自体は可能ですが、討伐をおすすめしているわけではありません。今回は発見位置と個体情報を持ち帰るだけでも報酬が出ます。危険だと思ったら戦わず戻ってください」
「分かりました。無理だと思ったら逃げます」
ルークは素直に頷いた。
強くなりたいからといって、命を賭けるつもりはない。
ただ、プルもレイも昨日までとは違う。ルーク自身も新しい装備を手に入れ、共生恩恵による身体能力も少しずつ上がっている。
今の三人がどこまで戦えるのか。
試してみたい気持ちはあった。
旧第三採掘道は、昨日ストーンボアと戦った場所よりさらに山の奥にあった。
片側には切り立った岩壁が続き、反対側には急な斜面が広がっている。かつては鉱石を積んだ荷車が頻繁に行き来していたらしいが、今では道のあちこちに雑草が生えていた。
先頭を歩いていたレイが、不意に足を止める。
「何かいる?」
レイの耳が前方へ向けられた。
【気配察知 Lv.2】。
ルークもスタッフを握り、周囲を警戒する。
すると岩陰から、小さな灰色の塊が飛び出してきた。
「スライム?」
一匹だけではない。その後ろから二匹、三匹と続き、全部で四匹のスライムが山道を転がるように下ってくる。
プルより遥かに小さく、身体を激しく震わせていた。
ルークたちを見ても止まらない。
「逃げてるのか?」
レイが低く唸った。
次の瞬間、岩陰から巨大な影が姿を現した。
身長は二メートルを軽く超え、灰色の皮膚に丸太のような腕。右手には、大きな岩を括りつけただけの粗末な棍棒を握っている。
「オーガ……!」
探していた個体だった。
オーガは逃げるスライムたちを見つけると、大股で距離を詰めて棍棒を振り上げた。
このままでは間に合わない。
ルークが動こうとした瞬間、それより早く青い身体が飛び出した。
「プル!」
プルは四匹のスライムを追い越し、そのままオーガとの間へ割って入った。身体を大きく広げ、覚えたばかりの【硬化 Lv.3】を発動する。
巨大な棍棒が振り下ろされた。
激しい衝撃音とともにプルの身体が大きく沈み、地面に細かな亀裂が走った。
「ぷるぅっ……!」
耐えてはいる。
しかし、これまで受けたどの攻撃より重い。
「レイ、横から!」
レイが地面を蹴り、【疾走 Lv.2】で一気にオーガの側面へ回り込んだ。そのまま脚へ【爪撃 Lv.3】を叩き込むが、筋肉の厚い脚に入った傷は思ったほど深くない。
オーガが吠えながら棍棒を横へ薙ぐ。
レイは寸前で後ろへ跳び、巨大な棍棒が鼻先を掠めるように通過した。
「やっぱり強い。でも、攻撃した後に隙がある」
棍棒の威力は凄まじい。
その代わり、振り切った直後には必ず身体が流れる。
ルークはそこに勝機を見た。
「プル、正面から止めなくていい! 昨日みたいに攻撃を横へ流して!」
「ぷる!」
オーガが再び棍棒を振り上げる。
プルは身体を斜めに広げ、【硬化】させる角度を変えた。振り下ろされた棍棒が青い身体の表面を滑り、そのまま地面へ叩きつけられる。
今度は衝撃の大部分を逃がした。
「その腕を止めて!」
プルから二本の触手が伸び、棍棒を握った腕へ巻きつく。【変形】した触手の表面が【硬化】し、オーガの腕を地面近くへ押さえ込んだ。
完全には止まらない。
それでも、一瞬だけ動きが鈍る。
レイには十分だった。
【疾走 Lv.2】で右脚へ飛び込み、先ほど傷つけた場所へ再び【爪撃 Lv.3】を重ねる。
「僕も!」
ルークも遅れず踏み込んだ。
新しいスタッフを両手で握り、レイが傷つけた右脚ではなく、その裏側にある膝を狙う。
スタッフの金属部分が膝裏へ叩き込まれた。
オーガの身体が大きく揺れる。
効いた。
ルーク一人の攻撃では、大した傷にはならない。それでもレイが傷を作り、ルークが関節を崩し、プルが動きを止めれば、格上の相手にも隙を作れる。
「もう一度、同じ脚を狙う!」
オーガが怒りに任せて腕を振り、プルの触手を引き剥がした。
そのまま棍棒を振り回す。
ルークの胸の奥に警告が走った。
【危険察知:微弱】。
「離れて!」
三人が同時に距離を取った直後、棍棒が地面すれすれを通過した。近くの岩へ直撃し、人の頭ほどもある石が簡単に砕け散る。
まともに受ければ終わる。
だからこそ、受けない。
オーガがレイを追って一歩踏み込んだ瞬間、傷ついた右脚がわずかに沈んだ。
ルークはそれを見逃さなかった。
「プル、右脚!」
三本の触手が一斉に伸びる。
一本が足首へ、二本目が膝へ巻きつき、三本目は地面へ伸びて支点を作った。触手が【硬化 Lv.3】によって固定され、オーガの右脚がその場に縫いつけられる。
オーガが無理やり前へ進もうとする。
傷ついた脚では耐えきれない。
巨体が傾いた。
「レイ!」
銀灰色の身体が駆け出す。
レイは倒れかけたオーガの膝へ飛び乗り、そこから太腿、肩へと足場を変えながら一気に駆け上がった。
最後に狙ったのは首だった。
【爪撃 Lv.3】。
鋭い爪が首筋を深く切り裂く。
オーガが苦し紛れに腕を振り回し、レイが肩から飛び降りる。その瞬間、ルークも懐へ踏み込んでいた。
狙うのは顎。
新しいスタッフを下から全力で振り上げる。
鈍い音とともにオーガの顔が跳ね上がり、傷ついた右脚が完全に崩れた。
巨体が片膝をつく。
その隙にレイがもう一度地面を蹴った。
首に残る傷へ、二度目の【爪撃】が重なる。
オーガはしばらく身体を揺らしていたが、やがて前のめりに倒れ、そのまま動かなくなった。
ルークはすぐには武器を下ろさなかった。
レイが慎重に近づき、倒れたオーガの匂いを確認する。しばらくして警戒を解いたのを見て、ようやく大きく息を吐いた。
「倒した……。僕たちだけで、本当にオーガを倒せた」
プルが嬉しそうに跳ね、レイも荒い呼吸を整えながらルークの横へ戻ってくる。
格上だった。
一度でも大きな判断を間違えていれば、誰かが大怪我をしていたかもしれない。それでも三人がそれぞれの役割を果たし、Dランク相当の魔物を倒した。
直後、待っていた表示が現れる。
【経験値を獲得しました】
【格上個体の討伐を確認しました】
【プル Lv:19 → Lv:20】
【レイ Lv:14 → Lv:16】
「プル、Lv20だ!」
キングスライムの必要レベルへ到達した。
さらにレイにも変化が起こる。
【疾走 Lv.2 → Lv.3】
レイが自分の脚を確認するように地面を軽く蹴った。オーガとの戦闘では何度も限界近くまで加速していたため、それがスキルの成長につながったらしい。
ルークは喜びながらも、すぐにプルの進化情報を確認した。
【キングスライム】
【進化条件】
【Lv:20/20 達成】
【統率行動:???】
【スキル条件】
【硬化 Lv.3:達成】
【変形 Lv.2:達成】
【吸収 Lv.2:達成】
【特殊条件:硬質素材三種吸収 達成】
「やっぱり、これだけ残ったか」
【統率行動】。
レベルが上限へ到達しても、その内容は明らかにならなかった。
どうすれば条件を満たせるのか。
ルークが考え始めたところで、プルが背後へ身体を向けた。
先ほど助けた四匹のスライムが、少し離れた岩陰からこちらを見ていた。
「まだいたんだ」
一匹が恐る恐る近づいてくる。
プルはその場で待った。
やがて一匹目がプルの前まで来ると、小さく身体を揺らした。それを見た残りの三匹も少しずつ近づき、最後には四匹全てがプルの周囲へ集まった。
プルも何度か身体を揺らして応える。
何を話しているのか、ルークには分からない。
それでも不思議と、やり取りをしていることだけは伝わった。
しばらくするとプルは一本の触手を伸ばし、山道の下側を指した。オーガが現れた方向とは反対で、グランゼルへ続く比較的安全な道だった。
四匹のスライムが触手の先を見る。
そして、一匹が動き始めた。
残りの三匹もその後を追う。
プルは追いかけなかった。
ただその場から、四匹が離れていくのを見送っていた。
その時、新しい表示がルークの前に浮かび上がった。
【同種個体からの信頼を確認しました】
【上位個体としての誘導行動を確認しました】
そして、それまで隠されていた進化条件が変化する。
【統率行動:1/3】
「……そういうことか」
ルークはようやく理解した。
キングスライムになるために必要なのは、他のスライムを力で従わせることではなかった。
危険から守り、安全な場所へ導く。
その結果として信頼され、相手が自ら行動を共にする。
それがプルに求められている【統率】だった。
「プルらしい条件だね」
「ぷる?」
プル自身は、自分が何か特別なことをしたとは思っていないらしい。
困っていたから助けた。
危険だったから守った。
帰る場所を示した。
最初にルークが出会った頃のプルなら、人間どころか他の魔物を見ただけで震えて逃げていただろう。それが今では、自分より弱い存在を守るために格上のオーガの前へ迷わず飛び出した。
強くなったのは、レベルやスキルだけではない。
「あと二回だよ、プル」
キングスライムの条件をもう一度確認する。
必要レベルは達成し、スキル条件も特殊条件も終わった。残された【統率行動】は、あと二回。
「次の進化、本当に見えてきた」
「ぷる!」
今度は意味が分かったのか、プルが大きく跳ねた。
レイもそんなプルを見つめていたが、やがて何かを感じ取ったように山の上へ顔を向けた。
ルークもその視線を追う。
遥か上空を、一つの影が横切っていった。
昨日も見かけた、大きな翼を持つ魔物だった。
距離があるため種類までは分からない。それでも昨日より低い場所を飛んでおり、旋回しながらこちらのいる採掘道の上空を通過していく。
「またあの魔物か」
偶然だろうか。
ルークが見上げている間に、翼を持つ影は岩山の向こうへ消えていった。
今は追いかける理由もない。
それよりも、今日得たものの方が大きかった。
プルはLv20へ到達し、キングスライムになるための最後の条件が判明した。レイもLv16になり、【疾走】がLv3へ上がっている。
そして何より、格上のオーガを三人だけで倒せた。
ルークは新しいスタッフを肩へ担ぎ、プルとレイと並んで山道を下り始めた。
グランゼルへ来てから、戦う相手は急激に強くなっている。それでも新しい魔物と戦うたびに、三人にも新しい戦い方が増えていた。
次はさらに山の奥へ行く。
プルの残された二つの統率行動を探しながら、レイの次の進化についても調べていく。
そして時折姿を見せる、空を飛ぶ謎の魔物。
ルークはまだ、その魔物との出会いが三人の旅を大きく変えることを知らなかった。




