第23話 僕も共に
グランゼルで初めて本格的に山の魔物と戦った翌朝、ルークは山へ向かう前に商業区へ足を運んでいた。
昨日一日だけでも、プルとレイは目に見えて強くなった。プルはLv18、レイはハイウルフLv13まで上がり、レイの【爪撃】もLv3へ成長している。
それに対して、ルークが手にしている武器はリーベルから使い続けている木製の棒だった。
ゴブリンやオークの手首や脚を狙うには十分だったが、ロックリザードの頭を殴った時には、相手より先にルークの手が痺れてしまった。
「さすがに、これで山の魔物と戦い続けるのは無理があるよね」
「ぷる!」
プルが同意するように身体を揺らす。
レイもルークの持っている棒を見た後、近くの武器屋へ視線を向けた。
「レイもそう思う?」
尻尾が一度動いた。
「二匹だけどんどん強くなってるからなあ。僕も置いていかれないようにしないと」
ルークは笑いながら武器屋の扉を開けた。
店内には剣や槍、斧だけでなく、大型のハンマーや鉱山で使われる頑丈な武器まで並んでいた。防具の種類もリーベルとは比較にならず、革鎧から全身を覆う金属鎧まで揃っている。
「いらっしゃい。冒険者か?」
カウンターの奥から、大柄な男が声をかけてきた。
「はい。Eランクです。武器と防具を新しくしたくて」
男はルークの身体を確認した後、プルとレイへ視線を移した。
「魔物使いか。戦うのは従魔に任せてるのか?」
「最初はそうでした。でも最近は、僕も一緒に前へ出ています」
「だったら重装備はやめた方がいい。従魔と一緒に動くなら、動けなくなる方が危険だからな」
ルークも同じ考えだった。
レイとの共生によって得た【敏捷補正】と【危険察知】を活かすなら、攻撃を受けることより避けることを前提にした方がいい。
「武器は何を使ってる?」
「これです」
ルークが木製の棒を渡すと、男は何度か振ってから苦笑した。
「よくこれで山へ入ったな」
「昨日ロックリザードを殴ったら、手が痺れました」
「そりゃそうだ。あいつの頭なんて岩みたいなもんだからな」
男は店の奥へ行き、何本かの武器を持って戻ってきた。
「剣や槍を一から覚えるより、今までの戦い方を伸ばした方が早いだろ。これを持ってみろ」
渡されたのは、今まで使っていた棒より少し短く、両端を黒い金属で補強された武器だった。
「戦棍ですか?」
「軽量型のスタッフだ。芯材はアイアンウッドだから、見た目よりずっと頑丈だぞ。魔物を一撃で倒す武器じゃないが、脚や関節を狙ったり、相手の体勢を崩したりするには使いやすい」
ルークは両手で持ち、何度か軽く振ってみる。
木の棒より重い。
だが、重すぎない。
むしろ適度な重さがあることで、振った時の感覚が分かりやすかった。
「これ、いいですね」
「即決か?」
「僕が敵を倒す必要はないので。二匹が倒しやすい状況を作れれば十分です」
男が少しだけ感心したように笑う。
「自分の役割が分かってるなら、それでいい」
武器は決まった。
防具も同じ考え方で選んだ。
胸と腹を守る軽量の革鎧に、前腕を守る腕当て、膝から下を守る脛当て。金属鎧ほど頑丈ではないが、走ったり身体を捻ったりしても邪魔にならない。
「これなら動ける」
新しい装備を身につけたルークの周りを、プルが嬉しそうに跳ね回る。
レイもスタッフへ近づき、匂いを嗅いだ。
「二匹とも、僕の装備なのに気になるんだね」
「ぷる!」
レイも尻尾を一度動かす。
装備代で依頼報酬のかなりの部分が消えたが、惜しいとは思わなかった。
これからさらに強い魔物と戦うなら、必要な投資だった。
昼前には、三人は再び山岳地帯へ入っていた。
今日は昨日より少し奥まで進み、新しい装備に慣れながらプルとレイのレベルも上げるつもりだった。
「レイ、いつも通り索敵をお願い。プルは今日は僕の近くで戦ってみよう」
レイが先頭へ出る。
プルはルークの横。
しばらく進むと、【気配察知 Lv.2】を使っていたレイが足を止めた。
視線の先にいたのは、三体の大きな猪型の魔物だった。
フォレストボアより一回り以上大きく、背中から頭にかけて灰色の岩のような外皮に覆われている。
「ストーンボアだ」
ギルドで名前を確認していた。
山岳地帯に生息する魔物で、硬い身体と強力な突進が特徴らしい。
「新しい装備を試すにはちょうどいいかな」
「ぷる!」
レイも身体を低くする。
ルークは新しいスタッフを両手で構えた。
「行こう」
最初のストーンボアが前脚で地面を掻き、そのまま突進してきた。
「プル、正面!」
プルが身体を広げ、前面を【硬化 Lv.2】で固める。
巨体が激突した。
ドンッ!
プルの身体が後ろへ押される。
それでも、倒れない。
ロックリザードの鱗やアイアンアントの甲殻を吸収したことで、同じ【硬化 Lv.2】でも以前より防御力が上がっていた。
「そのまま無理に押し返さなくていい! 横へ流して!」
プルが身体の形を変える。
真正面から受け止めるのではなく、硬化した身体を斜めに傾けた。
ストーンボアの巨体がプルの身体を滑るように横へ逸れていく。
「それ!」
体勢を崩した相手へレイが飛び込んだ。
【疾走 Lv.2】で一気に距離を詰め、岩のような外皮に覆われていない後脚へ【爪撃 Lv.3】を叩き込む。
ストーンボアが大きくよろめいた。
そこへルークも走る。
今までなら、一歩遅れていた。
だが、レイから受けている【敏捷補正】のおかげで、身体が以前より軽い。
「ここ!」
レイが傷をつけた後脚へ、スタッフを振り下ろす。
ゴンッ!
手に衝撃が返ってくる。
しかし、以前の木製の棒とは違った。
武器が衝撃を受け止め、その重さがそのまま相手へ伝わっている。
「これならいける!」
もう一度。
同じ場所を狙う。
ストーンボアの脚が崩れた。
その瞬間、プルの触手が身体へ巻きつき、横へ引き倒す。
腹部が露出する。
レイはすでに動いていた。
【爪撃 Lv.3】が柔らかい腹部を深く切り裂き、一体目が地面へ倒れた。
「よし!」
ルークはスタッフを握り直した。
自分の攻撃だけで倒したわけではない。
それでも。
確実に。
戦力になっている。
残る二体が同時に突進してくる。
一体はプルへ。
もう一体はルークへ向かっていた。
胸の奥がざわつく。
【危険察知:微弱】。
正面。
少し右。
ルークはストーンボアが迫る直前まで動かなかった。
「まだ……」
距離が縮まる。
「今!」
身体を左へ滑らせる。
巨大な身体がすぐ横を通過する。
ルークはそのまま身体を回転させ、スタッフの金属部分を後脚へ叩き込んだ。
一撃で倒す必要はない。
狙うのは、レイが攻撃しやすい場所。
二撃目。
同じ脚。
ストーンボアの動きが鈍る。
そこへ銀灰色の影が横から飛び込んだ。
レイの【爪撃 Lv.3】が傷ついた脚へ重なり、ストーンボアが地面へ倒れる。
「レイ、そのまま!」
レイが腹へ回る。
その間に、ルークはプルを見る。
もう一体を相手にしている。
ストーンボアの突進を【硬化】で受けながら、今度は自分から身体を斜めに変形させていた。
巨体が横へ流れる。
さらに一本の触手が前脚へ巻きつき、その勢いを利用して引く。
ストーンボアが自分の力で体勢を崩した。
「プル、上手い!」
「ぷる!」
プルは一度成功した方法を、もう自分のものにし始めている。
ルークが合流すると、三体目を倒すまでそれほど時間はかからなかった。
【経験値を獲得しました】
【プル Lv:18 → Lv:19】
【レイ Lv:13 → Lv:14】
プルはキングスライムの必要レベルまで、あと一つ。
レイも順調にレベルを取り戻している。
さらに、もう一つ表示が現れた。
【共生恩恵による戦闘経験の蓄積を確認しました】
【身体操作補正:微弱 → 小】
「……僕の方も上がった?」
ルークは自分の手を開き、軽くスタッフを振ってみた。
先ほどまでより、動きが滑らかだった。
筋力が急に増えたわけではない。
それでも、自分が思い描いた軌道を身体が以前より正確になぞってくれる。
プルから受けている【身体操作補正】が強くなったのだ。
「僕もちゃんと強くなってるんだ」
プルとレイが成長すれば、その一部がルークへ返ってくる。
そしてルークが強くなれば、二匹の近くで戦える時間が増える。
三人で戦うための選択肢も増えていく。
「いいな、これ」
ルークは新しいスタッフを握り直した。
前世では、強くなるのは画面の中のキャラクターだった。
装備を変え、スキルを覚え、少しずつできることが増えていく。その過程が好きで、何時間でも育成を続けられた。
今は、自分自身がその中にいる。
「もっと練習しよう。僕も二匹についていけるくらいにはならないと」
「ぷる!」
レイもルークを見上げ、尻尾を一度大きく振った。
最後に、ルークは倒したストーンボアの硬い外皮を少しだけ採取した。
昨日吸収したロックリザードの鱗、アイアンアントの甲殻に続く三種類目の硬質素材だ。
「プル、これも試してみよう」
プルが外皮を取り込む。
少し待つと、予想通り表示が現れた。
【ストーンボアの硬質外皮を吸収しました】
【硬質素材を確認しました】
【硬化成長条件を達成しました】
続けて表示された内容を見て、ルークの表情が変わる。
【硬化 Lv.2 → Lv.3】
「やった! プル、【硬化】がLv3になった!」
「ぷる!」
嬉しそうに跳ねるプルを見ながら、ルークはキングスライムの進化情報も確認した。
【キングスライム】
【進化条件】
【Lv:19/20】
【統率行動:???】
【スキル条件】
【硬化 Lv.3:達成】
【変形 Lv.2:達成】
【吸収 Lv.2:達成】
【特殊条件:硬質素材三種吸収 達成】
特殊条件が一つ開き、達成へ変わっている。
残るレベルは、あと一つ。
そして、まだ内容の分からない【統率行動】。
「本当に近づいてきたな」
プルがキングスライムになる。
最初に十二もの進化先を見つけた時には、遥か先の話だと思っていた。
だが今は、その条件へ一つずつ手が届いている。
ルークはプルの頭を軽く撫でてから、隣にいるレイへ目を向けた。
「次はレイの進化も調べないとね」
レイは静かにルークを見返した。
ハイウルフLv14。
プルが次の進化へ近づいているように、レイにもその先がある。
グランゼルへ来た目的は、まだ始まったばかりだった。
ルークは新しいスタッフを肩へ担ぎ、二匹と並んで山を下り始めた。
明日はさらに強い魔物を探す。
プルをLv20へ。
レイもさらに強く。
そしてルーク自身も、二匹と共に前へ出られる魔物使いになる。
グランゼルの山には、まだ三人が知らない魔物がいくらでもいる。
急ぐ必要はない。
それでも、立ち止まる理由もなかった。




