第21話 鉱山都市グランゼル
第二章 鉱山都市グランゼル編
リーベルを発つと決めてから三日後。
ルークはプルとレイを連れ、北東へ向かう乗合馬車に揺られていた。
目的地は鉱山都市グランゼル。リーベルから馬車で五日ほどの場所にあり、周囲には森林だけでなく山岳地帯や洞窟、巨大な鉱山が広がっている。
そして何より、そこにはリーベル周辺では見られなかった魔物が数多く生息しているらしい。
ロックリザード、アイアンアント、オーガ、ケイブスパイダー、ハーピー。
ギルドで名前を聞いただけでも、ルークはすぐに行ってみたいと思った。
「楽しみだな。どんな魔物がいるんだろう」
「ぷる!」
隣にいたプルが嬉しそうに跳ね、馬車の床がぽよんとわずかに揺れた。
「おい、坊主。そいつ大丈夫なんだろうな?」
向かいに座っていた商人らしき男が、不安そうにプルを見る。
「大丈夫ですよ。僕の従魔です」
「スライムを従魔にするってのも珍しいが……そっちの狼もか?」
男の視線がレイへ移った。
レイは馬車の隅で伏せている。
ハイウルフへ進化したことで身体が一回り以上大きくなり、銀灰色の毛並みも相まって、普通のウルフとは明らかに違う存在感があった。
「レイも僕の仲間です」
「ハイウルフだろ? 若いのに大したもんだな」
「ありがとうございます」
ルークは素直に笑った。
村を出たばかりの頃は、【魔物使い】という職業に多少の引っかかりがあった。
世間では弱い職業だと思われている。
実際、最初に契約したプルはスライムだった。
それでも今は違う。
プルもレイも、自慢できる仲間だ。
二匹がどこまで強くなるのか。
ルーク自身にも、まだ想像できなかった。
旅は最初の二日間、何事もなく進んだ。
景色は少しずつ変化していき、平坦だった道には傾斜が増え、遠くには巨大な山々が見えるようになってきた。
三日目の昼頃。
馬車が山間の道へ入ったところで、それまで伏せていたレイが突然身体を起こした。
「レイ?」
銀灰色の耳が真っ直ぐに立っている。
視線は右側に広がる岩場へ向けられていた。
ルークもすぐに意識を集中する。
少し遅れて、胸の奥に嫌な感覚が走った。
【危険察知:微弱】。
何かがいる。
「馬車を止めてください!」
「え?」
御者が振り返った。
「右側の岩場に何かいます!」
「何かって、何が――」
言い終わる前だった。
岩陰から一匹の魔物が飛び出した。
「ギャアッ!」
突然現れた魔物に馬が驚き、前脚を上げて大きく暴れる。
「うわっ! 落ち着け!」
御者が慌てて手綱を引いた。
ルークは馬車の横に現れた魔物を見る。
全長は一メートルを少し超えるほど。
四本の太い脚と長い尾。
そして何より特徴的なのは、全身を覆う灰褐色の鱗だった。
一枚一枚がまるで岩のように厚い。
「ロックリザード……!」
「坊主、なんで嬉しそうなんだ!」
商人の声でルークは我に返った。
「あ、すみません!」
だが一匹ではなかった。
最初の個体の後ろから、さらに二匹が岩場を降りてくる。
「三体か……」
レイが馬車から飛び降りる。
プルもその後を追った。
「僕も行きます!」
「お、おい!」
商人の声を背中で聞きながら、ルークも棒を手に馬車を降りた。
三体のロックリザードがゆっくりと距離を詰めてくる。
ルークは棒を構えながら、初めて見る魔物を観察した。
見るからに硬そうな鱗。
地面すれすれまで低い身体。
口には鋭い牙が並び、太い尾もある。
「レイ、正面から噛まれないようにして。プルは一体の動きを止めてみよう!」
二匹が左右へ分かれる。
最初に飛び出したのはロックリザードだった。
四本の脚で地面を蹴り、低い姿勢のまま一気にプルへ迫る。
「速い!」
見た目から想像していたより遥かに速い。
大きく開かれた口がプルへ迫る。
プルは身体から二本の触手を伸ばした。
【変形 Lv.2】。
一本が前脚へ巻きつき、もう一本が後脚を捕らえる。
「そのまま引いて!」
「ぷるっ!」
プルが二本の触手を縮める。
しかし。
「動かない!?」
ロックリザードは四本の脚を大きく広げ、地面へ張りつくように踏ん張っていた。
重心が低いうえに力も強い。
今までのゴブリンやオークなら体勢を崩せたプルの拘束でも、簡単には動かせない。
次の瞬間、ロックリザードが身体を大きく捻った。
「プル、横!」
太い尾が薙ぎ払われる。
プルは咄嗟に身体の側面を【硬化 Lv.2】で固めた。
バンッ!
青い身体が大きく弾き飛ばされ、地面を何度も転がる。
「プル!」
「ぷるっ!」
すぐに身体を起こした。
ダメージはある。
それでも動ける。
「硬化してなかったら危なかった……」
リーベル周辺で戦ってきた魔物より明らかに強い。
それが。
ルークには嬉しかった。
一方、レイも二体目のロックリザードと戦っていた。
相手が地面を蹴る。
レイは【気配察知 Lv.2】で動きを捉え、噛みつきが届く直前に横へ抜けた。
そのまま身体を反転させる。
【爪撃 Lv.2】。
鋭い爪がロックリザードの脇腹を捉えた。
ガリッ!
硬い音が響く。
レイはすぐに距離を取った。
「浅い……」
鱗には確かに傷がついている。
だが、それだけだ。
ゴブリンなら一撃で深い傷を負わせられるレイの【爪撃】でも、ロックリザードの鱗を簡単には切り裂けない。
「レイの爪でも駄目なら、正面から攻撃する相手じゃない」
ルークはロックリザードの身体を観察する。
頭。
背中。
脚。
首。
どこも硬い鱗に覆われている。
なら。
どこかに。
その時だった。
胸の奥に強い警告が走る。
「っ!」
ルークは考えるより先に横へ飛んだ。
直後、三体目のロックリザードが大きく口を開き、先ほどまでルークが立っていた場所へ噛みついた。
「危なっ!」
立ち上がりながら棒を振る。
ロックリザードの頭へ直撃。
ゴッ!
「硬っ……!」
まるで岩を殴ったような衝撃が手へ返ってきた。
効いていない。
ロックリザードがもう一度口を開く。
ルークは後ろへ下がった。
噛みつき。
避ける。
ロックリザードが身体を捻る。
次は尾。
ルークは身体を低くして薙ぎ払いをかわした。
その瞬間だった。
「……見えた」
ロックリザードが身体を捻ったことで、普段は地面に隠れている腹部が見えた。
背中とは違う。
鱗が薄い。
「レイ!」
レイがルークを見る。
「腹だ! 腹の鱗が薄い!」
レイの耳が大きく立った。
すぐに理解したらしい。
「プル、こっちに来て!」
「ぷる!」
ルークは自分を狙っていたロックリザードから距離を取りながら、プルと合流する。
「脚を引っ張るんじゃなくて、身体を持ち上げるんだ。腹の下に触手を入れて!」
プルが一瞬身体を揺らした後、すぐに動いた。
二本の触手がロックリザードの左右を通過し、そのまま地面を這うように腹の下へ入り込む。
「そこで【硬化】!」
二本の触手が【硬化 Lv.2】によって棒のように固くなる。
「持ち上げて!」
「ぷるぅっ!」
プルが身体を大きく膨らませる。
硬化した二本の触手が持ち上がり、ロックリザードの身体がわずかに浮いた。
四本の脚が地面から離れる。
「今!」
レイが地面を蹴った。
【疾走 Lv.2】。
銀灰色の身体が一気に加速し、横から低い姿勢で潜り込む。
そして、剥き出しになった腹へ【爪撃 Lv.2】を叩き込んだ。
ザシュッ!
「ギャアアッ!」
今度は違う。
レイの爪が深く入った。
「やっぱり!」
レイが反対側へ抜けた直後、プルが触手を解除する。
ロックリザードが地面へ落ちる。
立ち上がろうとしたが、腹から大量の血が流れていた。
やがて力を失い、動かなくなる。
「一体!」
弱点が分かれば。
戦い方は変えられる。
残る二体が同時に襲いかかってきた。
「プル、一体を浮かせて! レイは腹を狙う!」
「ぷる!」
プルがすぐに触手を伸ばす。
だが、もう一体がルークへ向かってきた。
「こっちは僕が引きつける!」
ロックリザードが噛みつく。
ルークは横へ避ける。
追ってくる。
もう一度。
避ける。
次に身体が捻られる。
「尾!」
今度は攻撃される前に分かった。
ルークは後ろへ大きく下がり、尾の範囲から逃れる。
攻撃は強い。
速度もある。
だが、動きそのものは単純だった。
噛みつき。
そして、近距離では尾。
何度か見れば。
「読める!」
ロックリザードが再び迫る。
ルークはギリギリまで引きつけてから横へ飛んだ。
背後から鳴き声が響く。
振り返ると、レイとプルが二体目を倒していた。
「あと一体!」
ルークは最後のロックリザードから距離を取りながら、二匹の方へ誘導する。
「プル!」
一本目の触手が正面から伸びる。
ロックリザードが横へ避けた。
二本目。
さらに避ける。
だが。
それは囮だった。
三本目の触手が地面を這い、ロックリザードの腹の下へ潜り込む。
【変形 Lv.2】。
そして【硬化 Lv.2】。
「持ち上げて!」
身体が浮く。
その時には、レイはすでに走り始めていた。
【疾走 Lv.2】。
一気に距離を詰め、低い姿勢で滑り込む。
【爪撃 Lv.2】。
腹へ一撃。
そのまま地面を蹴って反転し、もう一度。
二度目の【爪撃】が同じ場所を切り裂いた。
最後のロックリザードが地面へ落ち、そのまま動かなくなった。
「……強かった」
ルークは大きく息を吐いた。
プルも少し疲れたのか、その場で身体を小さく揺らしている。
レイも呼吸が荒い。
それでも、三人とも大きな怪我はしていなかった。
「これが、違う地域にいる魔物か」
倒れたロックリザードを見る。
硬い鱗。
低い身体。
強力な尾。
今まで戦ってきた魔物とは、戦い方がまるで違った。
最初は攻撃がほとんど通らなかった。
それでも観察し、弱点を見つけ、三人のスキルを組み合わせれば倒せた。
「面白いな……」
「坊主」
後ろから声がした。
振り返ると、商人が馬車からこちらを見ていた。
少し引いている。
「魔物に襲われた直後に、なんでそんな嬉しそうなんだ?」
「あ」
言われて初めて気づいた。
ルークは笑っていた。
「すみません」
「いや、別に謝られても困るんだが……。まあ、助かったよ」
「馬も無事みたいです」
御者も馬を落ち着かせながら、ほっと息を吐いていた。
ルークは改めて倒れたロックリザードへ近づく。
そこで、祖先の『魔物観察録』に書かれていた内容を思い出した。
ロックリザードは、岩や鉱石を食べる。
「プル、ちょっと試してみようか」
「ぷる?」
ルークは倒れた個体から、戦闘で剥がれかけていた鱗を一枚取った。
灰褐色。
触ってみても硬い。
「これ、吸収してみて」
「ぷる!」
プルが鱗を取り込む。
灰褐色の鱗が青い身体の中へ沈み、ゆっくりと溶けるように消えていった。
少し待つ。
表示が現れた。
【ロックリザードの鱗を吸収しました】
【硬質素材を確認しました】
【吸収経験を獲得しました】
さらに。
【硬化 Lv.2】
【特殊成長条件の一部を満たしました】
「……やっぱり!」
ルークの目が大きくなる。
ただ戦うだけではない。
何を吸収するかによって。
プルのスキルそのものが変化する可能性がある。
「グランゼルには鉱山がある」
鉄。
銅。
銀。
他にも。
ルークが知らない鉱石があるかもしれない。
「プル。【硬化】、まだ強くできるよ」
「ぷる!」
嬉しそうに身体を揺らすプルを見ながら、ルークも笑った。
新しい土地へ来ただけで。
もう新しい成長方法が見つかった。
その日の夕方、馬車は山道の途中にある宿場へ到着した。
夕食を終えたルークは、部屋へ戻るとすぐに祖先の『魔物観察録』を開いた。
目的はロックリザードだ。
何ページかめくると、該当する記述が見つかった。
『ロックリザードは、生息する土地によって鱗の硬度が異なる』
さらに読み進める。
『鉄鉱床周辺に生息する個体は、通常個体より鱗が黒く硬い。食性との関連があると思われるが、詳細は不明』
「やっぱり食べる物が関係してるんだ」
プルを見る。
プルもベッドの横から本を覗き込んでいる。
文字が読めるわけではない。
「プルも読む?」
「ぷる!」
「絶対読めないよね」
ページをめくる。
次に気になったのは、狼種についての記述だった。
『山岳部の狼種は大型化する傾向があり、平地のウルフとは異なる群れを形成する』
レイが反応した。
伏せていた身体を起こし、ルークの近くへ来る。
「レイと同じ狼がいるかもしれないね」
レイは本を見る。
その目が。
少しだけ変わった。
レイは幼い頃に両親を失っている。
それから。
他の狼と暮らしたことはない。
「会ってみたい?」
ルークが聞くと、レイは少し考えてから尻尾を一度だけ動かした。
「そっか」
無理に聞かない。
でも。
いつか。
レイと同じ種族。
あるいは。
さらに進化した狼と出会うことがあるかもしれない。
ルークは再び本へ視線を戻した。
同じ魔物でも。
住んでいる場所。
食べる物。
戦う相手。
環境。
それによって。
身体や能力が変わる。
ならば。
「進化も同じかもしれない」
特定の土地でしか満たせない条件。
特定の魔物。
特定の素材。
そういったものが。
進化に関わっている可能性がある。
「世界を回る意味があるんだ」
ただ強い敵を探すためではない。
プルとレイが持っている。
まだ見つかっていない可能性。
それを探すためにも。
色々な場所へ行く必要がある。
ルークは。
地図を広げた。
今いる宿場。
その先。
あと二日。
鉱山都市グランゼル。
「どんな魔物がいるんだろうな」
「ぷる!」
レイも静かに地図を見る。
ルークは。
まだ見ぬ土地へ。
思いを馳せた。
それから二日後。
乗合馬車が最後の峠を越えたところで、御者が前方を指差した。
「見えてきたぞ。あれがグランゼルだ」
「……すごい」
ルークは思わず身を乗り出した。
巨大な山。
その麓に。
街が広がっている。
リーベルとは比べ物にならないほど大きい。
高い石壁に囲まれ、その内側には何階建てもある石造りの建物が並んでいる。
街の奥からは何本もの煙突が伸び、白や灰色の煙が空へ上がっていた。
さらに。
山へ向かって。
巨大な道が続いている。
荷車。
馬車。
冒険者。
鉱夫。
商人。
門の前だけでも。
かなりの人が行き交っている。
「ここが……鉱山都市グランゼル」
「ぷる……!」
プルも馬車の端まで移動し、初めて見る大都市を眺めていた。
レイも立ち上がる。
その銀灰色の瞳は。
街ではなく。
さらに奥。
巨大な山へ向けられている。
ルークも。
同じ方向を見る。
あの山には。
どんな魔物がいるのか。
どんな素材があるのか。
どんな進化の可能性が。
眠っているのか。
「行こう」
ルークは二匹を見る。
「ここで、もっと強くなろう」
「ぷる!」
レイの尻尾も大きく動いた。
村を出て。
リーベルへ。
そして今。
グランゼルへ。
ルークたちの世界は。
少しずつ。
広がり始めていた。




