第8話 「黒瀬くんが黒瀬くんじゃない問題」
その日、生徒会室に現れた黒瀬アキラは、黒瀬アキラではなかった。
いや、本人は黒瀬アキラだった。
声も話し方も黒瀬くん。
「装備変更」などと言っているところも、間違いなく黒瀬くん。
けれど見た目が違いすぎた。
眼鏡がない。
前髪が整っている。
目元がはっきり見える。
顔立ちは思っていた以上に綺麗で、背筋まで少し伸びて見える。
ミレイは心の中で混乱する。
(これは黒瀬くん。だけど黒瀬くんではない。いえ、黒瀬くんだけど、黒瀬くんが黒瀬くんとして再提出されてきた感じ)
リコが横から囁く。
「会長、言語化できてませんよ」
「していないわ。心の中よ」
「顔に全部出てます」
アキラはいつも通り、書類整理を始める。
しかし生徒会室の空気が妙に落ち着かない。
女子役員たちがちらちらアキラを見る。
「黒瀬くんって、あんな顔だったんだ」
「前からいたよね?」
「なんで今まで隠してたの?」
アキラは小声でリコに聞く。
「僕は何か校則違反をしていますか?」
リコは答える。
「存在感が急に校則違反です」
「存在感に校則が?」
ミレイは会話に入りたいのに、入れない。
なぜなら、アキラを見ると少しだけ胸が落ち着かなくなるから。
(いけないわ。私は生徒会長。後輩の外見が少し変わったくらいで動揺してはいけない)
そう思った直後、アキラがこちらを見る。
「生徒会長、この資料はどこに置けばいいですか?」
ミレイはなぜか言葉に詰まる。
「そ、それは……そこに……いえ、あちらに……やっぱりこちらで……」
リコが言う。
「会長、資料が三回転しました」
ミレイは深呼吸する。
「黒瀬くん、そこの棚にお願い」
「了解しました」
アキラが背を向ける。
ミレイは少しほっとする。
するとリコが低い声で言う。
「見すぎです」
「見ていないわ」
「棚を見る必要がない角度で黒瀬くんを見てました」
「棚の気配を確認していたの」
「棚の気配って何ですか」
その後、生徒会室に桜庭ユナがやってくる。
文化祭関係の書類を届けに来たのだが、アキラを見つけるなり笑顔になる。
「あ、黒瀬くんいた!」
ミレイの胸の中で、また警報が鳴る。
ユナは距離が近い。
自然に近い。
アキラの髪を見て、
「今日ほんといいね」
と褒める。
アキラは困惑している。
「今日の僕はそんなに珍しい個体なの?」
「珍しいっていうか、普通にかっこいいよ」
ミレイは持っていたペンを落とす。
リコが拾いながら言う。
「会長、嫉妬の落下音です」
「違うわ。重力よ」
アキラはユナの言葉にもまったく気づいていない様子で、
「かっこいいという評価基準が僕には実装されていない」
と言う。
ユナは笑う。
「じゃあ実装しなよ」
ミレイは思わず口を挟む。
「黒瀬くんは、そのままでいいと思うわ」
全員がミレイを見る。
ミレイは自分で言ってから焦る。
「い、いえ、その……急な仕様変更は本人に負担がかかるから」
アキラはなぜか感動する。
「生徒会長……ユーザーに優しい運営みたいなことを」
「運営?」
「ありがとうございます」
ミレイは少しだけ笑う。
外見が変わっても、やはり黒瀬くんは黒瀬くんだった。
そのことに安心する。
けれど、少し困る。
安心したのに、胸のざわざわは消えなかった。
◆オチ
その夜、ミレイは日誌に書く。
黒瀬くんは、眼鏡がなくても黒瀬くんだった。
しばらく考えて、追記する。
ただし、心臓に悪い。
翌日、リコがそれを読んで言う。
「会長、もう日誌じゃなくて恋愛カルテです」




