第71話 「借り物競走の翌日、校内がざわついている」
体育祭の翌日。
アキラはいつも通り登校したつもりだった。
だが、校門をくぐった瞬間から空気が違った。
女子たちがこちらを見る。
男子たちがひそひそ話す。
先輩らしき生徒まで、すれ違いざまにちらりと視線を向けてくる。
アキラは足を止める。
(何だ、この全校規模の視線イベントは)
教室に入ると、トオルが満面の笑みで待っていた。
「おはよう、青春野郎」
「その呼び名は何だ」
「昨日、全校の前で生徒会長を『一番頼りにしている人』として連れてった男の称号」
アキラは鞄を落としかけた。
昨日のことは覚えている。
借り物競走。
お題。
運営席。
ミレイの手。
歓声。
ゴール。
思い出した瞬間、顔が熱くなる。
(しまった。あれは競技中だったから勢いで動けたが、冷静に考えるとかなり高威力の行動だったのでは)
ユナが近づいてくる。
「黒瀬くん、昨日すごかったね」
「何がでしょう」
「会長のこと、一番頼りにしてるって」
アキラは視線を逸らす。
「お題に対する最適解を提出しただけです」
「最適解が甘すぎるんだよ」
周囲の女子たちも騒ぎ始める。
「会長、赤くなってたよね」
「手つないでたよね」
「もう付き合ってるの?」
アキラは椅子に座ったまま硬直する。
(付き合っている? いや、そんなルートはまだ解放されていない。フラグは乱立しているが、正式イベントは未発生)
トオルが言う。
「お前、そろそろ認めたら?」
「何を」
「会長のこと好きだろ」
アキラは反射的に否定しようとする。
しかし、言葉が出なかった。
昨日、走りながら思った。
ミレイは借り物ではない。
自分にとって、大切な人だ。
その言葉が胸に残っている。
「……まだ、判定中だ」
トオルは呆れる。
「お前の判定、審査長すぎるだろ」
放課後、生徒会室に行くのが妙に緊張した。
ドアの前で深呼吸する。
(昨日の件に触れるべきか。触れないべきか。いや、触れない方が不自然か。しかし触れると自爆する可能性が高い)
意を決して入ると、ミレイがいた。
目が合う。
二人同時に赤くなる。
リコが机の奥で笑っている。
「はい、借り物競走後遺症ですね」
ミレイが咳払いする。
「黒瀬くん、昨日はお疲れさま」
「白鳥先輩も、お疲れさまでした」
沈黙。
アキラは何か言おうとする。
「あの、昨日のことですが」
ミレイも同時に言う。
「昨日のことなのだけれど」
二人は同時に黙る。
リコが言う。
「息ぴったりすぎて逆に進みませんね」
アキラは勇気を出して言う。
「昨日、来てくれてありがとうございました」
ミレイは少し微笑む。
「こちらこそ。選んでくれて、嬉しかったわ」
アキラの心臓が跳ねる。
(選んでくれて嬉しい。これは強い。体育祭後半戦がまだ続いている)
◆オチ
帰宅後、アキラはノートに書く。
白鳥先輩は、一番頼りにしている人。
少し悩んで、さらに書く。
たぶん、それだけではない。
姉のマドカが後ろから覗いて言う。
「お、ようやく自覚イベント来た?」
アキラはノートを閉じる。
「まだ予告編だ」




