第72話 「会長、校内の噂に平静を装えない」
体育祭の翌日。
ミレイは朝から落ち着かなかった。
廊下を歩くと、あちこちで声が聞こえる。
「昨日の借り物競走見た?」
「黒瀬くん、会長連れてったよね」
「一番頼りにしている人って、あれもう……」
「会長、顔赤かったよね」
ミレイは背筋を伸ばし、平静を装って歩く。
(生徒会長として、噂に動揺してはいけないわ)
だが、心の中ではまったく平静ではなかった。
昨日のことを思い出してしまう。
黒瀬くんが運営席へ走ってきた。
息を切らしながら、真っ赤な顔で言った。
「僕が一番頼りにしているのは、白鳥先輩です」
その言葉を思い出すたび、胸が熱くなる。
リコが横に並ぶ。
「会長、顔がにやけてます」
ミレイは慌てる。
「にやけていないわ」
「じゃあ昨日のお題を思い出してました?」
「……少しだけ」
「素直ですね」
生徒会室に入ると、リコがさらに追及する。
「嬉しかったんですよね?」
ミレイは書類を揃えながら答える。
「頼りにされるのは、生徒会長として嬉しいことよ」
「生徒会長として?」
「ええ」
「じゃあ、他の一年生が同じお題で会長を連れてきても、同じくらい嬉しかったですか?」
ミレイは手を止める。
想像してみる。
他の一年生。
知らない後輩。
あるいは烏丸くん。
誰かが「一番頼りにしている人」として自分を連れていく。
それはきっと嬉しい。
けれど、昨日のようにはならない。
胸がいっぱいになって、手を取られた瞬間に心臓が鳴って、走り終わった後もずっと思い出すような気持ちには、ならない。
ミレイは小さく言う。
「……同じではないわね」
リコは満足そうに笑う。
「進歩です」
放課後、黒瀬くんが生徒会室に来る。
彼も明らかにぎこちない。
目が合う。
赤くなる。
視線を逸らす。
また見る。
それだけで、部屋の温度が上がった気がした。
黒瀬くんが言う。
「昨日、来てくれてありがとうございました」
ミレイは微笑む。
「こちらこそ。選んでくれて、嬉しかったわ」
黒瀬くんは固まった。
その反応を見て、ミレイは少しだけ勇気が出る。
「黒瀬くんに頼りにされるのは、特別に嬉しいの」
言ってから、自分で驚く。
本音が出た。
黒瀬くんは完全に停止した。
リコが遠くで小さく拍手している。
◆オチ
その日の生徒会日誌。
体育祭後、借り物競走の件で校内に噂あり。
追記。
黒瀬くんに頼りにされるのは、特別に嬉しい。
リコが読んで言う。
「会長、もう『特別』って書いてますよ」
ミレイは真っ赤になりながら答える。
「特別な後輩という意味よ」
リコは即答する。
「その言い訳、特別に苦しいです」




