第6話 「黒瀬くんの目が綺麗だった件について」
ミレイは朝から落ち着かなかった。
理由は、昨日見てしまった黒瀬アキラの目だった。
前髪に隠れていて普段はよく見えない。
けれど、ほんの一瞬だけ見えた目元は、思っていたよりずっと整っていた。
涼しげで、少し眠そうで、それなのに好きなものを語る時の熱が奥に残っているような目だった。
ミレイは生徒会室でぼんやりする。
リコが言う。
「会長、書類に判子じゃなくて消しゴム押してます」
ミレイは手元を見る。
本当だった。
「これは……新しい承認形式よ」
「嘘が下手すぎます」
リコは机に肘をつく。
「昨日、黒瀬くんの前髪を触ったあたりから変ですよ」
ミレイはびくっとする。
「触ったというより、視界確保のための生徒会的配慮よ」
「会長、それ恋愛漫画だとかなり攻めた行動です」
「攻めた……? 私は誰とも戦っていないわ」
「だからそういうところです」
昼休み、ミレイは廊下でアキラを見かける。
彼はトオルと歩いていた。
髪は相変わらずボサボサ。
眼鏡も少しずれている。
だが、ミレイにはもう知ってしまった事実がある。
(あの前髪の奥に、綺麗な目があるのよね)
そう思った瞬間、なぜか顔が熱くなる。
アキラがこちらに気づく。
「生徒会長、おはようございます」
「もう昼よ」
「時間認識バグでした」
ミレイは笑いそうになる。
やはり話すと楽しい。
そこへ桜庭ユナがやってくる。
「黒瀬くん、昨日の話だけどさ。今度ほんとに髪上げてみてよ」
ミレイの胸の中で何かが鳴る。
(今、何かしら。警報?)
ユナは明るく続ける。
「絶対似合うと思うんだよね」
アキラは困った顔をする。
「僕の髪型変更イベントに需要があるとは思えないんだけど」
ユナは笑う。
「あるよ。少なくとも私は見たい」
ミレイの胸の中の警報が大きくなる。
(これは……生徒会として確認すべき事案?)
放課後、ミレイはリコに相談する。
「黒瀬くんの髪型について、他の女子が関心を持っているわ」
リコは即答する。
「嫉妬ですね」
「違うわ。校内の風紀に関わるかもしれないでしょう」
「髪型に女子が関心を持つと風紀案件なんですか」
ミレイは真剣に考える。
「もし黒瀬くんが急に人気者になったら、廊下が混雑するわ」
「嫉妬ですね」
「生徒会長として、混雑を未然に防ぐ必要があるの」
「嫉妬ですね」
「リコ、同じことばかり言わないで」
「会長が同じ種類の言い訳ばかりするので」
その日の生徒会室。
アキラが手伝いに来る。
ミレイは彼を見る。
前髪。
眼鏡。
曲がったネクタイ。
いつも通りの彼。
なぜか安心する。
けれど同時に、少しだけ思ってしまう。
もう一度、目を見たい。
「黒瀬くん」
「はい」
「その……前髪、邪魔ではない?」
アキラは真剣に答える。
「邪魔です」
「えっ」
「でも邪魔であることに慣れてしまったので、もはや生活の一部です」
ミレイは困る。
「不便に慣れてはだめよ」
「生徒会長は優しいですね」
何気ない一言だった。
けれどミレイは胸を押さえたくなる。
(今のは、何かしら。心の中で椅子が倒れたみたい)
リコが横で小声で言う。
「会長の心内生徒会、荒れてますね」
◆オチ
その夜、ミレイは生徒会日誌に書く。
黒瀬くんの前髪は、改善の余地あり。
少し悩んでから、追記する。
目は綺麗。
翌日、リコに見られる。
「会長、日誌を恋愛メモにするのやめません?」




