第57話 「雨の日、傘を忘れるのはイベントの基本」
放課後、雨が降っていた。
朝の天気予報では曇りだったはずだ。
しかし空は容赦なく泣いている。
アキラは昇降口で立ち尽くした。
傘がない。
(雨。傘なし。放課後。これは学園イベント三点セット)
トオルは傘を持っていた。
「じゃ、俺先帰るわ」
「親友なら傘に入れてくれる流れでは?」
「悪い、今日妹迎えに行くんだ」
「妹イベントには勝てない」
トオルは笑って去っていく。
アキラは昇降口で雨を眺める。
走って帰るか。
図書室で雨宿りするか。
生徒会室に戻るか。
その時、背後から声がする。
「黒瀬くん、傘がないの?」
振り向くと、ミレイがいた。
手には紺色の傘。
アキラの心臓が跳ねる。
(来た。相合傘イベント。あまりにも王道。警戒しろ)
「はい。装備欄に傘を入れ忘れました」
ミレイは微笑む。
「よかったら、駅まで一緒に入る?」
アキラの脳内に選択肢が表示される。
はい
はい
はい
最近、このパターンが多い。
二人で傘に入る。
距離が近い。
肩が触れそうで触れない。
雨音が周囲の声を消す。
傘の中だけ、妙に静かだ。
アキラは直視できない。
(近い。雨音がBGMとして完璧すぎる。これは演出過多)
ミレイが言う。
「黒瀬くん、濡れていない?」
「左肩が少しだけ。でも問題ありません」
「もう少しこっちに寄って」
アキラは固まる。
(寄る!? これ以上!? 安全距離を超える!)
けれど、ミレイは自然に傘をアキラの方へ傾ける。
自分の肩が濡れている。
アキラはそれに気づく。
「白鳥先輩、そちらが濡れます」
「私は大丈夫よ」
「大丈夫じゃありません」
アキラは少し勇気を出して、傘の柄を一緒に持つ。
傘が二人の真ん中に戻る。
手が近い。
ミレイが赤くなる。
アキラも赤くなる。
雨音だけが続く。
◆オチ
駅に着いた後、ミレイが言う。
「黒瀬くんと一緒だと、雨も悪くないわね」
アキラは完全停止。
帰宅後、姉のマドカに聞かれる。
「なんで濡れてないのに顔だけ熱っぽいの?」
アキラは真顔で答える。
「雨の日イベントに直撃した」




